東方覚深記   作:大豆御飯

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第一章三話 変えることの意味

 木の間を通り抜ける度に、身を包む気温が下がっていく。冬と勘違いするほどのそれは風に流され、薄着の大妖精の肌を刺す。

 これ程の冷気を発することの出来る存在に、大妖精は心当たりが無い。彼女が知る中で冷気を生み出すことが出来る唯一の存在であるチルノですら、周囲一帯の気温をこんなにも下げることは出来ないからだ。

 しかし、本当にそうであるのか。先を急ぐ大妖精は疑問を浮かべる。チルノが見せるいつもの力の奥底に、本当は強大な力が眠っているのではないか。それこそ、妖精という弱小な殻を破りかねない大きな力が。

 

「だとしたら……この冷気の中心には、間違いなくチルノちゃんが居る。でも、どうして唐突にこんな力を行使し始めたのかの説明にはならないけど……」

 

 いくらその少女に乱暴なところがあるからと言って、こんなことをする様な性格ではなかったはずだ。むしる、もっと小さな、それでいて無邪気な悪戯に力を使っていた。

 では、彼女に何があったのか。少なくとも、何もない訳は無いだろう。その真実を確かめようと決意した大妖精の目が、少しばかり鋭くなる。

 その直後の出来事だった。自分の周り全方向から硬い石に亀裂が入る様な音が響く。

 それは、変貌の音だった。つい一瞬前までにあった森の景色は消え、代わりに白い氷の世界が構築されている。気温の異常な低下が、まるで日常茶飯事に思えてしまう程、その刹那の変化は現実を離れていた。

 カツン、と氷の上を小さな足が踏んでいる。

 

「やっぱり……」

 

 その正体は、いつも通り水色を基調とした服を身に纏っている。しかし、その瞳は赤く変色し、その周囲に霧を生み出し、あたかも不可侵の領域を作り出しているようだった。

 でもそれは、無邪気さが無くても、あどけなさが消えたとしても……

 

「……チルノちゃん……だったんだ……」

 

 両者の間に沈黙が生まれる。氷が広がる音だけが響き、足を止めた二人はただ見詰め合っている。

 

「チルノちゃん……何が……何があったの……?」

 

 恐る恐る大妖精は口を開いた。変わり果てた友人にことばは伝わっているのか、それとも伝わっていないのか。目の前の存在を、己の友であるか理解しているのか、していないのか。もはや、客観的にはその判断すら出来なくなった友人へ、小さな声を伝える。

 言葉の返しは無かった。ただ、少しの陰りが見えた直後に行動で示された。

 チルノが右手を上げる。それが何かの鍵になったのだろうか。殺人性を宿した透明な槍が形成される。

 

「……ッ!?」

 

 もはや声を挟む隙も無い。大妖精はその場から全力で横に跳ぶ。

 嗜虐的な音を上げ、顔があった空間を槍が貫くのを一瞬だけ見届け、大妖精は倒れた体を無理やり起こし、遮蔽物たる木の陰に滑り込んだ。気持ちを切り替え、臨戦態勢に移る。

 破壊音と共に、第二の槍が木を易々とへし折った。

 

「う、そ……!?」

 

 宙を舞い、刎ね飛ばされた木は地に落ち、氷の大地を粉砕した。パラパラと宙を舞う木片と氷の欠片を浴びながらも、大妖精は瞬きすらも出来なかった。

 歪な切り株を挟み、両者の動きが止まる。

 

「そうか……そうなんだね……」

 

 自虐的な笑みを浮かべた大妖精は、己の服に付くポケットに右手を入れた。

 

「もう、楽しかった時は、遠い昔に置いて来ちゃったんだね……」

 

 もしかしたら、昔も戻って来るかもしれない。けれど、大妖精には、何故かそれが淡い幻想な気がした。そう思わないと自分が消えてしまう、と確信したのだ。

 倒せなければ、自分が消える。

 倒さなければ、自分以外の誰かも消える。

 そう、心に言い聞かせるために。大妖精は、過去を諦めて、目前の存在を『敵』と捉えた。

 

「もう、終わりにしよう。何もかも、あの瞬間も」

 

 確かに、それは自己中心的な考えだけれど。世界一醜い考えだけれど。

 変わり果てたかつての友を、破壊に走る化け物にするよりかは良いだろう。

 それが、大妖精の小さな友情だったのかもしれない。かつての友の口角が、ほんの少しだけ上がっていた。

 ポケットの中から、一枚の紙を引き抜いた。

 

「微風『静かなる風の精』!」

 

 それは、かつての友に勧められて作った、初めてのスペルカードだった。

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