最終章一話 宴会の端
星と月の輝く賑やかな夜。宴会の席は大盛況だった。あの異変に直接関わった者も居れば、そうでない者も居る。全貌を知らない霊夢にはその区別はできないけれど、絶え間なく咲く笑顔を遠巻きから眺めていると、もう終わり良ければ全て良しだと決めつける。
そして、その笑顔の中にはあの四人も混ざっていた。
撫子は妖夢や鈴仙と酒を酌み交わしている。しかし、何処か遠慮している様子なのは酒を飲んだことが無いからだろうか。
棗は天子や文に絡まれている。特に天子の目はいつになく嬉々としており、対応に困っているのか肩を組まれたままオロオロと戸惑っている。
そして芙蓉はエリカと一緒に宗教勧誘を受けている。特に守矢神社の勧誘が激しい。苦笑いの芙蓉に対し、エリカは若干怯えている。
それは、たった四人増えただけの変わらないいつもの宴会。境内を照らす提灯が風に揺れ、至る所から食べ物と酒の食欲をそそる匂いが漂う。時折起こるいざこざは笑ってうやむやにされてその内消えて、弱者も強者も誰も彼もが皆、同じ場で語らい酒を酌み交わす。
そう、たった四人増えただけの変わらないいつもの宴会。
けれど、今この瞬間をこうして何事もなく送れることが何よりも幸せなのだ。
「よう霊夢、こんな所に居たのか」
「あぁ、魔理沙ね。向こうに居なくても良いの?」
「ちょっと抜けてきただけだぜ。何、直ぐに戻る」
霊夢が一人居たのは賽銭箱の前。そこに頬が赤くなった魔理沙が近付いてきた。持っている桝の内側は透明な酒が残っている。
魔理沙はそのまま霊夢の隣に腰を下ろすと、その残っていた酒を一息に呷った。酒が喉を通ると音が鳴り、飲み干すと手の甲で口元を拭う。何処か男勝りなその仕草を見ていると、魔理沙は不思議そうに視線を合わせてきた。
「どうかしたか?」
「……あんた、変わらないわねぇ」
「お互い様だぜ」
魔理沙はにししと笑うと桝を置き、両手を後ろについて空を見上げた。
「なぁ、霊夢。あの時は確か、夕方だったよな。それも、夜に移り変わる直前の」
「あの時? あぁ、あの時ね」
「そうだ。私が、アリスと何だかんだあったって言いに来たあの時だ」
懐かしむ様な表情を浮かべて魔理沙は小石を蹴り飛ばした。僅かに顔を傾けて霊夢と目を合わせ、いつになく安心した様にほぅと息を吐く。
件のアリスは宴会場の片隅で人形劇を開いている。チルノや大妖精を中心とした妖精達に加え、宗教家から逃げてきたエリカ等が食い入るように見詰めている。別の所を見れば、ワインを片手に持つレミリアがチラリチラリと見ているのを隣で咲夜が笑っていたり。やはりそれはいつも通りの光景で、その彼女と何かがあったなんて、霊夢はまだ信じ切れていない部分がある。
けれど、確かに魔理沙は誰よりも早くあの異変と戦った。そして今、その時のことを思い出してはこうして懐かしんでいる。
「……霊夢。今更だけど、もう一度、言っても良いか?」
「何をよ。何でも言ってみなさい」
「ただいま。帰って来たんだぜ。この幻想郷に、私達の郷にな」
魔理沙は二カッと笑った。霊夢も柔らかく微笑んで「おかえりなさい」と一言だけ告げる。
「……何て、しんみりしたのはらしくないよな。まぁ、何だ。またこうしてこの場で酌み交わすことができて良かったぜ」
「そう。まだ始まったばかり、存分に楽しみなさいよね」
「そうだな」
魔理沙は宴会の方に視線を戻すと、スッと立ち上がった。そのまま一度霊夢を見て「じゃ、またあとでな」と告げると、小走りにその喧騒へと戻っていく。
そして霊夢はまた一人残される。頬杖を突いて暇そうに髪を弄り溜息を吐く。誰かと話をした後にこうして外から眺めるだけと言うのはどうにも寂しさがある。いい加減お酒の一杯でもと思い、霊夢は僅かに腰を浮かせた。
「あら、漸く動くのね」
「……あんたにそう言われると動きたくなくなる」
そんな霊夢の肩が、誰も居なかった筈の背後から掴まれた。
振り返らなくても分かる、その手の感触と気配。けれど霊夢は振り返り、その顔を見詰めた。
八雲紫。
怪しげな微笑みを浮かべる妖怪の賢者が賽銭箱の隣に立っている。
「異変解決お疲れ様、と労うべきかしら? 何はともあれ、やはり酒の席と言うのは賑やかなものね」
「アンタこそ向こうに居なくて良いの?」
「酒の席の楽しみはそれぞれですわ。今の私は貴方に少し話をしたい気分なの」
怪しげな微笑みは崩れない。霊夢はもう一度大きく溜息を吐くと、喧騒へと視線を戻した。
戻っていったばかりの魔理沙は早速棗に絡んでいる。馬が合ったのだろうか、それとも棗が天子から逃れる為に無理に合わせているだけなのか、そのどちらであっても霊夢の目にはとても楽しんでいる様に見えた。
「……その前に聞きたいんだけどさ、消えたらしいあの四人が今この場に居るって言うのは、どうせアンタの仕業なんでしょう?」
「そうね。隠す意味も無いし。そう、竜胆芙蓉達四名をこの幻想郷に呼び戻したのはこの私。色々手間取ったし、正直言うと最初はそんな予定は無かったのだけれど……あのエリカと言う少女が貴方の中に『彼女等が存在したと言う証拠』を残していたからこそ、そして貴方がそれに支配されたことで呼び戻すきっかけになったとでも言いましょうか」
「その証拠って何よ」
「誰しもが抱く、誰にも言えない感情。まして人と言う矮小な存在こそ強く抱いてしまう自虐や嫉妬。根本に触れる疑問。貴方は妖怪を退治する使命を負う巫女でありながら、しかし実際に退治すべきは秩序を乱す存在。表面上と内側の差異は貴方を歪ませていた。その証拠とはその歪みを明確された状態よ。そうされるだけで、意思あるものは皆時限式の爆弾になってしまう」
さぞ面白そうに紫は言うけれど、霊夢はそれを笑えなかった。
その差異の中にあったつい先程の自分を理解しようとも、どうにもできない。何が言いたいのかももう分からない。板挟みに近いけれど、挟む板が無い様な極めてあやふやな状態だった。
「糸杉エリカはあの年齢でありながら、そういう差異を明確にする能力を持っているの。空間を操る芙蓉、者を操る撫子、力を操る棗。そして、その中に思考の雫を加えることで、彼女達の生み出す異界をよりこの世界に近付ける。それがエリカ。物体に意思を持たせて暴れさせ、そして既に意思のあるもの……この異変の具体例でいえば射命丸文やパチュリー=ノーレッジの意思を思うがままに歪ませ、望んでもいない行為を強要することができた」
「それはまた厄介な……そしてそれに私もまんまと引っかかった訳ね」
「そういうことよ。本当、お疲れ様。後で魔理沙達に感謝しておきなさい」
頭をポンと叩かれた。不服を浮かべる霊夢を紫は無視してそのまま撫でる。
何故か魔理沙と天子が言い争いになっている。それを棗と衣玖が宥め、隣で文が目を輝かせながら文花帖にせっせと何かしらを書いていた。その近くではエリカとチルノ等が美鈴で遊んでいたりする。
「……なんちゃってね。実は最初から彼女等を歓迎する気でいたのよ。騙された?」
「だとは思ったわよ」
「あらー」
「……そもそも、アンタがあれほど消せだの言うことが怪しいのよ。今言った証拠の話だってそう。そんなもの今考えたこじつけで、境界を操るアンタだからこそ彼女等との世界との境界をあやふやにした。それだけのことでしょう」
「……ま、大雑把に言えばね。そうよ。私は最初から彼女等を追放する気は無かった。いつものように異変解決に向けて誰かに倒されて、最終的に歓迎される。霊夢の築いてきたそんな流れに、私も一度乗ってみたかったのよね」
もう一度、霊夢は深く大きく溜息を吐いた。
もう何だか色々と損した気分だ。次に会う時は人里の和菓子を要求すると心に決めて、また紫をギッと睨む。
「そして何よりも、今貴方に言いたいのよ」
「……何よ」
「幻想郷は全てを受け入れる。それはこんなにも美しく残酷なことであり、同時に酔狂な私の望みでもあるのよ」