東方覚深記   作:大豆御飯

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最終章三話 綺麗な夜空の下

 少々飲んだだけなのに、既に平衡感覚があやふやになっている。一瞬でも和中とは思ってしまったが、自分よりもガブガブとお酒を飲む天子を見ていると、そうでもなさそうだった。と言うか、人間ならとっくに酔い潰れている様な常軌を逸した酒量。渡された桝を置いた棗の愛想笑いは引き攣っていた。

 

「あいつ等は人間じゃないからな。酒の量を合わせていると死ねるぜ」

「あ、そ、そうなの?」

「と言うか、棗はもう知っているだろう。ここには人間の方が少ないってこと位さ」

 

 笑いながらそう言った魔理沙は二杯目の桝を呷る。酒の席のことを全く知らない棗ではあるが、外見年齢とその酒量は明らかに食い違っているなとは思っていた。

 

「お酒が進んでいないようですが……いかがです?」

「あ、いや!! ちょっともうフラフラしているので……」

「そうですか。無理をなさらぬよう。気分が悪くなったとしたら、横になれる場所は用意しますよ」

「ありがとね」

 

 衣玖の気遣いに礼を言い、山菜の天ぷらに箸を伸ばす。嘗ては敵だった中に気が付けば取り込まれ、そして酌み交わしているこの現状に疑問は感じていなかった。

 ただ、綺麗な夜空を見上げているだけで幸せ。それだけで、満たされていた。

 何かが欲しい訳ではなかったけれど、気が付けば欲していたかもしれないものが全てここにある。それだけで満足できる。

 

「それでアンタ。私の再戦はいつ受けてくれるのかしら」

「さ、再戦!? なんでよ!!」

「負けたままじゃ終われないのよ。あれじゃアンタの勝ち逃げじゃない!!」

「幼いですよ、総領娘様。今この席でするべき話ではございません」

「良いじゃない、無礼講なんだしぃ」

 

 頬を膨らませて抗議する天子とそれを無視する衣玖。魔理沙は魔理沙で「変わらねぇなぁ」と呟いていた。

 

「さってさて、突然ですが取材させていただいても大丈夫でしょうか!?」

「ひっ!? しゅ、取材!?」

「おい文。急に出てくるもんじゃないぜ」

「あやややや、これは失敬。で、どうです? 悪い話ではないと思うんですよ」

 

 天子を押し退け、何かしらを文花帖に書きまくっていた文が近付いてきた。天子は憤慨したが、衣玖に押さえつけられている。なんとも無残なその光景を前に棗は顔を引き攣らせた。また文が何かしら書いているので覗き見てみると『天人が従者に取り押さえられる。むごい』という簡素なメモ書きが。

 

「……あの、取材って何なの?」

「あぁ、私はこう見えて新聞記者でしてね。厚かましいとは思いますが、やはり今回の異変の件を貴方の口からも何か聞いておきたいのです。勿論、貴方が黙秘したいことは無闇に聞こうとは思いません。ただただ、私は色々な視点から今回の異変を纏めておきたいだけなのですから」

 

 ふわりと文は微笑んだ。だが、隣から魔理沙が口を挟む。

 

「止めておけ。コイツ偏向報道の塊だぜ。碌なことを書いたためしがない」

「誤解ですよ。私は幻想郷一早くて新鮮な情報を清く正しく書き記す正義の伝統ブン屋です。そんなことするわけないじゃないですか」

「お、そうか。と言う訳でまぁ、取材を受ける分には何も言わんが、発言には注意することをお勧めするぜ。困ったら私が傍に居てやるから」

「あ、ありがと……」

 

 魔理沙は胸をドンと叩き、棗の肩に手を回す。突然の行動に棗は戸惑い、その手を振り払った。なんだよぉと魔理沙は呟き、桝の中の酒を飲み干した。

 魔理沙が居てくれるのならば大丈夫だろうか、なんてことを思い、棗は文の取材を受けることにする。大丈夫だ。変なことを言わなければ結局変な記事を書かれることも無いのだ。文の目が不敵に光ったのは置いておいて、棗は文に向き直った。

 

「おや、天狗の取材か。邪魔でなければ見学させてもらっても構わんか?」

「むっ……」

「あっ、貴方は……」

「マミゾウじゃ。佐渡の二ツ岩じゃよ」

 

 すると、また天子を押し退けて新たに入り込んできた。それは結構な厚着に狸の耳を持つマミゾウ。押し退けられた天子はいい加減涙目になっていて、衣玖に宥められている。

 マミゾウは丁度棗と文を隣にする様な場所に座ると、文に挑発的な視線を送った。この二人は何か確執とかがあるのだろうか、何も知らない棗は首をかしげる。

 

「むぅ……まぁ、良いです。貴方は同業者ではありませんから、情報の奪い合いになることも無いでしょう」

「ふぉっふぉっふぉ、そうじゃな。そりゃあ助かる。何、邪魔はせんよ。儂とてこの少女に関わった一人じゃからの。まぁ、大したことはしておらんが……やはりこうなった以上、関わる権利くらいはあるじゃろうて」

「あーはいはいそうですねぇ。それじゃあまぁ、私としても聞きたいことは一つなので、手短にいきましょうか」

「え、一つ?」

「はい、一つです。異変の件、とは言っても、その内容に触れる訳ではございません。聞きたいことは一つ『今ここに帰ってくることができて、どのように思っているか』ただこれだけです」

 

 文はまたふわりと笑った。隣ではマミゾウがうんうんと頷き、魔理沙が何かしらの串を口に咥えてこちらを見ている。天子は拗ねてひたすら酒を呷っている。

 

「どのように、思っているか……?」

「えぇ。実際、何処かでは抵抗があると思います。あの異変から今日に至るまで、色々な方に話を伺いました。この幻想郷にはスペルカードルールなるものがあります。故に、実際に命の駆け引きを真面目にしたことがあるものは殆ど居ない。その中で、この異変では色々な方が明確に命を脅かされ、また貴方達を倒さんと全力で戦いました。それ故、双方共に今この結果に動揺している所があるとは思います。見る限りでは明るく振る舞っていようともここは酒の席。そうせざるを得ないと言うのが本音でしょう。だからこそ、私はまず貴方の本心を聞きたい」

「私の、本心……」

 

 棗はふと空を見上げた。

 あの異変の中でも自分は最後に空を見上げた。確かに、綺麗だった。もう一度見てみたい、叶うのならいつまでも見ていたいと思ったあの空。

 時間と色こそ違えども、それは今目の前の空に広がっている。

 満足。それが今、意識しなくても浮かんでくる単純な思い。嘘偽りは無いし、思っていることに間違いは無い。

 

 それが本心となるとどうなのか。

 目の前に居るのは、自分が殺してしまう程の必死さで牙を向いていた敵なのだから。

 

 

「それは……その、怖いよ……」

「怖い、ですか」

「……だってそうじゃない。まだ生まれて二十年も経っていない子供のくせに、やれ殺す殺さない。世界がどうだのこうだの、何度体験したって慣れるもんじゃない。昨日の敵は今日の味方。そう思える程、単純な訳ないじゃん」

「そうですよねぇ……」

「仕方のないことじゃ。人は妖怪とは違う。故に殺す殺さないなんてことはあまりにも大き過ぎるのじゃよ」

 

 マミゾウは杯を呷った。

 

「……儂から聞いても良いじゃろうか? 棗さえよければその答えを記事にしても構わん」

「良いですよ。棗さんは?」

「えぇ、お構いなく」

「そうじゃな……これから先、お主の今までとは真反対の生活が待っているじゃろう。何処にでもある生活に、何処にでもある悲劇。何処にでもある喜びと、何処にでもある諍い。お主にそれを耐える自信はあるか?」

 

 マミゾウの眼鏡が月の光を反射して、その瞳にどんな光を浮かべているのかが分からない。

 けれど、口元は笑っていた。

 だからこそ、棗の心も一瞬の不安から解かれ、安らぐ。

 

「勿論よ。寧ろ大歓迎なの。自身も何も、自然と耐えてしまう他無いじゃない」

「……そうかい、それは良かった。なら安心じゃな。ブン屋」

「そうですね。まぁ、そこの楽観主義な魔法使いと同じ道を歩みそうですが……良いでしょう。不安も恐怖も、その気持ちさえあれば何も阻むことはできませんから」

 

 山菜の天ぷらを口いっぱいに頬張っていた魔理沙が「むごぉ!!」と何か言ったが、二人は全く気にしない。それどころか、棗が使っていた桝に酒を注ぎ、二人も互いに新たな酒を注いだ。

 あぁ、乾杯ね。

 棗の口元が緩む。

 

「それでは、ささやかですけれど……新たな仲間を歓迎しまして」

「乾杯!!」

「あぁ……!!」

 

 音頭をマミゾウに盗られた文が悲痛な声を上げる。

 棗は笑った。

 

 掲げた桝から零れた酒の雫が天子の額に当たり、天子がまた憤慨する。棗の周りの賑やかな夜は長そうだ。

 

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