「不自然に寒くなってきた……」
鳥が逃げてきたであろう方向へと急ぐ妖夢も、遂にその変化に気付く。まだ肌を刺す程の寒さではないものの、これから進むにつれて寒くなると推測すると、この温度変化は許容出来るものではない。
「この森を超えると湖で行き止まり……となると、原因はこの森の中に在るって考えるのが妥当、か」
ふと足を止め、入口よりその森を見る。大きく息を吐き、目を閉じる。
きっと、この森に入ればもう自分は後戻りしない。振り向く最後のチャンスは今しかないからだ。
そんなことを悠長に考える自分を、妖夢は思わず嘲笑していた。
小さな体を中心に弾幕が展開された。その一弾一弾に大量の空気が叩かれ、大太鼓を全力で叩いたような音が響き、巻き込まれた大量の木の枝がへし折れ、宙を舞う。
スペルカード。
それは、『殺し合いを遊びに変える』為に生み出された。もし、もしもの話、そこから『遊び』の概念が消えたとしたらどうなるのか?まさしく、ルールすら理解出来なくなってしまったら、一体どうなってしまうのだろうか?
答えは、至極単純で、
(やるんだ……!)
この世に在って良いとは思えない、
(息を止めるつもりで…やるしかない……!)
やらなければやられる。そんな、ありふれた殺し合いに変わるのだ。無論、その世界に手加減は無い。
白一色で統一された弾幕は標的の周囲を囲い込む。本来ならば、余程冷静でなければ心理的圧迫により無抵抗なまま餌食となる。そして一発でも当たってしまえば連鎖的に攻撃を与えられただろう。
しかし、
「……ッ!!」
標的の表情が少し歪んだ直後、弾幕が内側から破壊された。
「嘘……でしょ!?」
力技で抉じ開けられたという衝撃が大妖精を包み込む。それでも次の一言を発する時間は無い。
クダケチレ。そう口が動いた様に見えた時には、氷槍が、ピタリと、左胸に、標準を、合わせていた。アワセテイタ。
少女は絶叫し、凍り切った大地を全力で蹴る。でも足りない。永久機関のように生み出される槍は立ち止まることを許してくれない。ただ無差別な破壊を巻き起こし、ギロチンの紐を少しずつ削っていくように大妖精を追い詰める。さらには破壊された大地を覆っていた氷や凍りかけていた樹木は地面に散乱し、生死の係る少女の努力を嘲笑うように妨害する。
(このままじゃ、こっちがやられちゃう……)
槍の放たれる速度はすでに大妖精の速さを上回り、いくつかの槍は小さな体躯を掠めていた。もはや出し惜しみをしている場合では無い、と今更に確信した少女は、二枚目のスペルカードを引き抜く。
「無風『白光の檻』」
その弾幕に動きは無い。静止して、ただ空中に漂う無数の白弾があるだけで、相手を狙うこともしない。
その変わり、相手の視界も行動も抑制する、白弾による檻であるが。
苛烈を極めた連撃は、狙いを定められなくなった瞬間に止まる。またしても、その森に静寂が訪れた。
「……私とチルノちゃんが初めて出会ったのは、もう何年前になるのかな……」
小さな声が響く。足を止めた少女は、ただ呟く。
「楽しかった、な……」
その一言で、別れを告げた気持ちになれた。
そんなかき消すように、まるで離そうとしないとしているかのように檻が砕かれた。
それと、最後のスペルカードが唱えられたのに、果たして時差はあっただろうか。
「台風『常温の吹雪』……!!」
一昔前のこと、少女はその友人に憧れていた。友人の心の強さに、純粋な実力に、その明るい人柄に、少女はひたすらに憧れていた。
君が好きだ、と。君の様になりたい、と。
伝えたくても恥ずかしくて伝えられなかったその一途な思い。それをせめて形にしようと、自分だけでも忘れない形にしようと作った、最高にして最愛の、スペルカードだった。
全方位、全角度から相手を狙う、正真正銘の弾幕。それは、不可能と呼ばれる寸前の量で、標的を仕留めにかかる。
しかし、標的も黙ってはいない。無数の槍を射出し、そして振り回して白弾を正確に叩き落す。
(抜ける……!)
全てをかけると決めた数秒前に未練は置いてきた。まだ心は死んでいないけれど、残酷になれた数秒前に、過去も置いてきた。
そして、この戦いの終末と共に、このスペルカードも破り捨てると決めた。例え、何度も復活を遂げられる妖精と知っていても、一番好きな人に牙を向けた自分を、許せないから。
(これで、お別れ、だよ)
遂に、固い守りが崩れた。暖かな時の終わりが始まった。
なのに。
「……いやだ。」
大妖精は、そんな声を聞いた。
「大ちゃん、と、別れたく、ない。」
それは、ほんの小さな奇跡だったのかもしれない。大妖精を救えることが出来るのに、最後には救うことの出来ない、悲しい奇跡だったのかもしれない。
冗談みたいな音がして、大地が隆起する。
「え?」
色々な現実が重なって、大妖精はなす術も無く打ち上げられた。
冷静な目で見れば、それはあまりにも巨大な霜柱。地中の雨水を大量に冷凍させた氷塊。そんな物理的なことは、大妖精の目には、微塵も入っていなかった。
途端に相手は氷塊から冷気を抜き、大質量が液化した。出来上がったのは、黒い、深い、冷たい、大きな沼だった。
大妖精は動かない。
(私には、やっぱり無理だったよ……)
闇の中に吸い込まれる。黒く染まってしまう。抵抗も許されない。
だからこそ、捨てられない希望もあってしまった。
「間に、会え……ッ!!」
沼に浮かぶ孤島の様な切り株を蹴った、緑色をした乱入者がそこには居た。