東方覚深記   作:大豆御飯

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最終章四話 純粋であること

 アリスが人形劇をするといつも誰かしら幼い子達が集まる。それは昔からずっと変わらない。人里の夏祭りでは里の子供達が、そしてここでは妖精達が。子供達、厳密には子供の心を持った子達はそれぞれ差があっても純粋だ。だからこそ、物語を心から楽しんでくれる。人形は自分の手足の様に動かせるけれど、語り口はそうはいかない。緊張と言うものは何度やっても解れないもので、公演中はいつも喉が渇き切っているし、何度か噛むこともある。けれど、それを過度に指摘する様な子は殆ど居ないし、それが直接作品への評価に影響したりはしない。

 彼女は自分に拙い所があるのは認めている。だからと言って、それを理由に自分の世界が必要以上に下に見られることが何よりも怖い。

 

 その人形劇は今、今宵の幕を閉じた。

 

「ふおぉ!! うおぉ!!」

 

 最前列で目を輝かせ、手を叩きまくるチルノ。その隣でこれまた惜しみない拍手を送ってくれる大妖精。何故かクルクル回りながら飛び跳ねているメディスンとその保護者なのかは知らないけれど、腕を組んだまま不敵に笑う幽香。その他にも手を叩く妖精が居て、その後ろで見慣れない少女がジッとアリスの方を見詰めていた。

 

「皆、今日はありがとう。今日の公演はもうしないけれど……またいつか、何処かの講演で会いましょう!!」

「おぉ!!」

 

 アリスは椅子から立ち上がって深く礼をすると、また大きく拍手が起こり。そして妖精達は三々五々に散っていった。達成感に包まれるアリスはその声が全て聞こえなくなった時にゆっくりと顔を上げた。

 そこにはまだ立っていた。不思議な雰囲気の少女。表情こそ硬いけれど、その目は確かに輝いている。気に入ってくれたのかしら、そう思ったアリスは思わず頬を緩めた。

 

「……彼女は糸杉エリカ。件の異変の主犯格の一人であり、思考を新たに加える力を持つ少女よ」

「……急に後ろに立たないで貰えるかしら。驚いてしまうのだけれど」

「そうね……申し訳ないわ。こうして外に出ること自体慣れていないもので」

「慣れる慣れないの問題かしら……」

 

 背後から気配を感じさせずに話しかけてきたのはパチュリー。いつもの暗い雰囲気は夜になりより一層暗くなっている。紅魔館の図書館に行く時によく同じ状況になるからか、アリスは然程驚いたりはしなかったけれど、取り敢えず肩を小突いた。

 睨まれた。何か怖いけれど特に何も言わないことにする。

 

「後それと、そっちでわくわくしながら見ていたのがレミィよ。紅魔館の主であり、我が儘で有名ね」

「それは公演していて分かっていたわ」

「その後ろでその姉を楽しんでいるのがフランドールね。姉妹の立場が逆と言う意見は受け付けないわ。姉妹の関係を違和感なく明記している本を読んだことが無いから」

「あら、そう。まぁ、いいわ」

 

 酔っているのだろうか。紅魔館の吸血鬼姉妹は大概変わり者だけれど、今のパチュリーはそれ以上におかしい。なので、取り敢えず流す様に受け答えをした。

 

「それで、どんな用事かしら? わざわざパチュリーの方から話し掛けてくるなんてそうそうあることではないし」

「そうね……取り敢えず先ず一つ、あの死神の船頭が貴方のことで色々とあること無いこと言い触らしていたから、暫くは何かと警戒をしておく方が良いわ」

「は?」

「何だったかしら、魔理沙がどうとかこうとか……」

「あっ。いや、それは何でもないわ。気にしないで」

「……そう。まぁ大丈夫よ。幾らあのサボタージュ常習犯でも魔理沙本人に伝える様なことはしないわ」

「……」

 

 何故だろう、頭が痛くなってきた。ふと見ればこちらに何かを察した様なレミリアが咲夜に取り押さえられている。それをフランドールに笑われ、小さな姉妹喧嘩が勃発していた。

 その向こうでは件の死神船頭こと小町が上司である映姫にこってり絞られている。何かしらやらかしたのだろうか、それを見ていると気分が幾分すっきりした。

 そして少女、エリカは相変わらずこちらを見ている。

 

「何か話しかけてあげたら? 彼女、見た所臆病で奥手の様だし」

 

 パチュリーがそう背中を押した。とは言ってもアリスはアリスで何と話し掛けて良いのかが分からない。腕を組み、首を傾げるアリス。それを見たパチュリーはワザとらしく大きな溜息を吐いた。それに少々ムッとしたアリスだが、パチュリーが何かを呼び寄せる様に手を振っているのを見て、その先を見る。その先に、赤っぽい髪色の女性が二人、談笑していた。美鈴と華扇だ。

 パチュリーの手招きに気付いた二人は互いに目を合わせ、自分の顔を指差す。パチュリーは頷いて答え、エリカから見えないように彼女を指差し、ついでアリスの顔も指差した。それだけで意図を察した二人は迷うことなくエリカに近付いていく。

 

「どうかしました?」

 

 エリカの肩をそっと叩いた美鈴は、彼女と視線の高さが同じになる様にしゃがむ。

 

「あ、え……」

「大丈夫。彼女達もまた、貴方とお話がしたい様ですから」

 

 その隣で華扇も同じ様にしゃがんで話し掛けた。恐怖心を抱かせないように浮かべる柔和な笑みは効果があったのだろうか、エリカはまだ少しオドオドとしているけれど、ゆっくりとアリスの方に近付いてきた。

 

「あ、あの……にんぎょうの、おねえちゃん……」

「何かしら。お姉ちゃんはなんでも聞くわよ」

 

 アリスもしゃがんで答え、同じ様な笑みを浮かべる。変りようの早さに隣のパチュリーはわざとらしく溜息を吐いた。

 

「その……すごかった、よ……!! いつかまた、みてみたい!! ……です」

「ありがとう。そう言ってくれると、この人形劇を開いて良かったって、心から思えるわ。大丈夫、いつかまた必ずやるわ。きっと今日よりすごいのをね」

「ほんとう!?」

「えぇ。それなら、約束をしましょう。指切りげんまん」

「うん!!」

 

 アリスが差し出した小指にエリカが自分の小指を絡ませ、約束の歌をアリスが歌う。

 二人を傍から見るパチュリーも、思わず口元を緩めた。子供の様な無邪気さ、純粋さを失わないことが羨ましく思える。本ばかり読んできた理屈っぽい自分ではもう得られそうにないその心が、近いのに遠く感じられる。

 

「いかがいたしました、パチュリー様?」

「……何でもないわ。気にしないで。ただ、そうね……輝いているって、やっぱり素晴らしいこと。美鈴、貴方の様にね」

「は、はぁ……輝いている、ですか」

「……なんてね、嫉妬よ。取り立てて言う様なことじゃないわ。だから気にしないで」

 

 自嘲気味にそう言って、パチュリーは髪を払った。パチュリーの隣に来た美鈴は「ん、んー?」とか言いながら何かしら考えていたが割と直ぐに諦めて頷く。美鈴がこちらに来たことで自然と華扇も近付いて来た。

 

「嫉妬する位なら、偶には自分を忘れて欲に走ってみると良いでしょうに」

 

 華扇はキョトンとした顔でそう言う。

 ただ、その欲に走ると言う言葉が、何故か心に突き刺さった。それは決して痛い訳ではない。そうではないけれど、まるで突き刺された様な感覚に襲われたのだ。

 

 自嘲気味な表情は変わらない。

 パチュリーは僅かに顔を上げた。

 

「……この異変は結局、主犯となる四人が自らの欲を抑えて尚も自分達らしく世界に名を残そうとした。そう言う異変で良いのよね」

「どうでしょうか。私は聞いた所最後の最後しか関与していませんから……全てを知っている訳ではありませんし」

「……私は最初しか関与していないわ。それは今どうでも良いの」

 

 自前の人形をアリスが幾つか手に取っている。エリカにあげるのだろうか、偶に「どれが良い?」なんて聞いている。

 子供は純粋だ。こういう時も遠慮したりしない。好き嫌いも良し悪しもはっきりと口にする。ただ純粋に、そのものだけを見て、無駄な情報を全て度外視して。

 

 遠くで掴みながら喧嘩する吸血鬼姉妹も、怒られる小町も。

 

 ふと周りを見てみると、結局欲に忠実で純粋で無邪気な誰か氏らは山程居るのだ。

 あの異変の対極に位置する様な誰かは、身近に居る。

 

「でも、そうね……」

 

 パチュリーは美鈴に向き直った。

 

「どうかしました?」

「今度、私の大図書館で……運動会でも開いてみましょうか。妖精達を呼んだら楽しそうね」

「えぇっ!? でも、大事な本が……」

「欲を満たすために遠慮はしない。大丈夫よ、本は全てこの私が完璧に守り抜いて見せるから」

 

 自信満々に自分の胸を叩いたパチュリーは華扇の方も見る。誘導したからには手伝ってもらおうという思いなのだろうか。華扇は「仕方ありませんね」と予想していた様に呟くと、持っていた桝の中の酒を一息に呷った。

 

 余談だが、これについて一番頑張るのは、この話を陰で聞いていた小悪魔である。

 

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