東方覚深記   作:大豆御飯

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最終章終話 悪くない世界

 気が付けば宗教勧誘をしてきたあの宗教家を傍から眺めていた。何やら揉めているのだろうか、額をぶつけるような勢いで黒い笑みを浮かべて何やら言い合っている。ただ、それは殆ど白蓮と神子で、加奈子は傍から眺めて偶に茶化しているだけのようだ。

 何と言うか、人間臭い。芙蓉は彼女等のことを達観した人達だと思っていたからか、その光景は少々拍子抜けだった。同時に親近感を覚え、何故かしら安心する。

 何も特別な訳ではない。ただ、ある道を究めただけの存在。

 無礼ではあるかもしれないけれど、根本的な所では自分も彼女等も変わらないのではないかと薄々思っていた。

 

「やぁ、退屈しているみたいだね。ちょっと付き合ってもらえるかい?」

 

 そんな芙蓉に小柄な少女が話しかけてきた。頭から生える大きな二本の角が象徴するのは鬼であるということで、持っている瓢箪に酒でも入っているのかラッパ飲みをしている。

 

「あぁ、いいよぉ。えっと……」

「伊吹萃香。鬼だよ。まぁ、警戒はしていないと思うけどね」

 

 そう言いながらも瓢箪に口を付けてガブガブと飲み続ける。鼻に着いた臭いはやはり酒だろうか。この少しの時間だけでも、萃香は余程酒に強いのだなと芙蓉は確信する。

 

「芙蓉、だっけ? 取り敢えず、戻ってきておめでとうで良いのかな?」

「まぁ、そうだねぇ。願ったり叶ったりぃ」

「そうか。それじゃ、乾杯だ。お酒注ごうか?」

「あ、お願いしますぅ」

 

 芙蓉は自分が渡された桝を萃香に差し出す。近くにあった日本酒の瓶を持ち、萃香はその桝に注ぐ。月明りを怪しく反射する透明な液体に芙蓉はつい見惚れていた。

 

「それじゃ、乾杯」

「かんぱぁい」

 

 瓢箪と桝を合わせ、コンと軽い音がする。酒は今日初めて飲んだのだが、思いのほか口に合う。外では未成年は飲酒禁止だとか決められていたためにその機会すらなかったが、いざ幻想郷のこの宴会に参加してみると、そんな法等存在していなかった。

 そう、この幻想郷にはきっと、何かを縛り付けるものが無いのだろう。あれだけ殺し合った相手とこうして平然と酌み交わすあたり、明確な善悪の基準すらないのかもしれない。

 それは、芙蓉にとって理想郷だった。それに気付かずに暴れていたことを今更ながらに後悔する自分と、今になってでも気が付けたことに感謝している自分が居る。

 日本酒の角の無いまろやかな甘みが頬を緩める。

 

「良い飲みっぷりだね。これは新しい飲み友達ができたかな?」

「いやいやぁ、まだ酔ったことも無ければましてお酒を飲むのは初めてなんだぁ。そう判断されると困るよぉ」

「ありゃあ。そうかい。まぁいいさ。鬼の酒量に付いて来ることができる飲兵衛はそうそう居ないから」

「むっ、そう言われると無理にでも飲まないといけないなぁ」

「あぁ、ぶっ倒れない程度にね。偶に誰かしら飲み潰れさせて、霊夢に怒られるんだ」

「それは災難だねぇ」

 

 二人顔を見合わせてくすくすと笑う。最早宗教家かは蚊帳の外だ。

 あ、そうだ。そう言った萃香はふと立ち上がる。どうかしたのかと待っていると、萃香は何かが乗った皿を取って来た。

 

「それは……?」

「ふろふき大根。掛けているのは肉味噌。まぁ、ちょっとした肴さ。まだ温かい様だし……二人で突こうじゃないか」

「……ありがと」

「何、肴が無いと酒は進まない。話に花を咲かせるのも良いけれど、やっぱり腹を満たすに越したことはない。一つの料理を誰かと突いて飲む酒もなかなか良いもんだよ」

 

 トン、と、お盆に乗せたままその皿を地面に置いた。そして箸を手渡し、自分も箸で二つある大根の内一つを一口大に切り取る。いただきますと小さく言ってから頬張り、美味しそうに満面の笑みを浮かべた。正直な所、芙蓉は野菜全般それほど好きではないのだが、そんな顔を見ていると、どうしても食べたくなってくる。

 箸の持ち方も良く知らない。見よう見まねで箸を握り、大根に刺す。それはとても柔らかくて、芙蓉の知らない感触だった。

 箸で切り分けた大根を挟んでも、逃げて上手く挟めない。萃香の面白がるような視線を睨みつけ、五回目で漸く口の中に運んだ。

 

「ん……おいし」

「そうかいそうかい。ま、もっと欲しかったら私の分もあげよう」

「えぇ、大丈夫だよぉ。そんなわざわざ……」

「遠慮することはないさ。今宵の主役はそちらなんだしさ。とは言え、本当に欲しかったらの話さ」

 

 言うと萃香は瓢箪を傾け、ガブガブと酒を飲む。釣られる様に芙蓉も酒を飲むと、なるほど萃香がこの料理を勧めた理由が分かった。確かに何も食べずにただ飲むだけでは味気ない。

 

「……どうさ、こんな生活も悪くないと思わない?」

 

 そんな時に萃香が聞いてきた。

 

「悪くないっていうか……憧れていたんだよぉ。ずっと、ずっとね」

「憧れていた、ねぇ……」

「……今思えば、あれだけ暴れたのも、ずっとずっと、ただ救って欲しかっただけなんじゃないかなぁ」

 

 ふろふき大根をまた一口頬張り、芙蓉はふと視線を下げる。

 凡そ半分無くなった大根。空の月とは対照的に不完全だ。だけど、それ位が何故か良くて、箸を動かしていた手が止まる。

 

「同情とか、哀れみとか、そんな目で見られたい訳じゃなかったんだろうねぇ……誰かが差し伸べてくれる手に、死に物狂いで縋ってみたかった。だけど、現実は私達がその手をはねのけていたってのが正しいかなぁ?」

「そっかぁ」

「だから、うん。悪くないっていうより寧ろ、嬉しいんだ。今度こそ差し出された救いの手を握ることができて。それこそ、そうさぁ、怪しいとは思うけど、真面目に宗教勧誘設けたりしてさ……そして萃香も、こうして酌み交わしてくれて。この世界は四人だけじゃない。もっと広い、そう気づくことができただけで、嬉しいんだぁ」

「……そっか」

 

 萃香は微笑んだ。

 瓢箪の酒を呷る。

 

「悪いね。酒の席なのに、前振りも無く話を切り出して」

「いやいやぁ、気にしないでよ。どんな話でも楽しいんだぁ」

「良いねぇ純粋なの。ところで、後ろの小さな宗教戦争は放っておいても良い?」

「良いんじゃないかなぁ? 普段の彼女達のことは知らないけど……ほら、仲良さそうだし」

 

 二人は振り返り、相変わらず額をぶつけ合う白蓮と神子を見てクスッと笑った。

 そこにあるのは、新しい平凡。またあの四人と過ごす、四人以上の世界。

 

 具体的にこれから何をしようとは決めていない。これからは迷惑をかけず、生きたい様に生きてみたい。ささやかな望みを抱いて、ふろふき大根を頬張った。

 




次回、最終回です!!
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