東方覚深記   作:大豆御飯

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エピローグ
八月のある日


 八月の暑さは体が焼けてしまいそうになる。室内に居ても蒸し風呂か何かのようにただひたすらに暑く、外に居るのと大差ない。普段からそんなに熱いと言うのに、今日はまた一段と暑かった。だからこそ、本を読む気にもなれないし、何かを書き記す気にもなれない。道を行けば陽炎が見えることもあるけれど、逆にそれは夏らしくて好きだった。そんな人里を阿求と小鈴は歩いている。

 

「……へぇ、それで、その異変を起こした四人組がこの人里でお店を始めたの」

「そうなの。食事の提供を始め、家事の手伝いや里の外に出る時の護衛まで何でもこなす万事屋だそうよ」

「今はそこに向かっている訳ね。でも何か用事があったりするの?」

「ん、その、お昼御飯でもどうかなと。で、一人だとちょっと恥ずかしいから、定休日でどうせ暇な小鈴を誘ったって訳。大丈夫、会計は私が持つから」

 

 どうせ暇、と躊躇なく言われたことに小鈴は頬を膨らませた。人里の通りはこんな猛暑でも活気に溢れ、あちらこちらから賑やかで大きな声が聞こえてくる。ほんの一か月ほど前に一日、動きを囚われた天狗によって静寂に包まれていた。あのことがもう嘘のようだ。あの日と違う今日の燦々と照りつける太陽も、その変化を体に感じさせる。

 

「……でも阿求もさ、それは名目上なんでしょ?」

「……そんなことないわお」

「お?」

「……コホン。んっ、まぁ、そのね、色々あるのよ。先の異変のことをちゃんと残せていないと言うのが実の所。秘密主義者の神社の巫女には話を聞き出せないし、そもそもそこまで深く関与はしていなかったって話だし。ならば、やはり首謀者に聞くのが手っ取り早いじゃない」

 

 人差し指をクルクルと回しながら阿求は答える。正直そのあたりのことはさっぱりな小鈴は「ふぅん」と生返事をした。

 

 暫く阿求に着いて行くと、道の先に見慣れない建物を見付けた。木造なのは見て分かるけれど、全体的に白く塗装されていて、お洒落な印象を与えてくる建物だ。低い柵に囲われたその庭の花壇には草花が植えられ、その隣では何か野菜を育てているのだろう畑がある。他の家屋に比べてとりわけ大きい訳ではないけれど、それでも大きいと言えば大きい。

 

「あそこ?」

「そう。名前はまだ決まっていないらしいわ」

「へぇ……いつの間にこんなのが建っていたのかしら」

「建築には妖怪や天人も関与したって噂に聞いている。だからこそ、でしょうね。こんな短期間であれ程の建物を建築できたのは」

「そんな妖怪が居るんだ」

「妖怪だもの」

「なるほど」

 

 近付くと、大きな窓から中の様子を窺える。その窓際の四人掛けの席では妖夢と鈴仙、そして美鈴という変わった組み合わせの三人が洋菓子と紅茶を楽しんでいた。そこにケーキなる甘味を乗せたお盆を持って、見慣れない長身の女性が来る。店員なのだろうか、店の外見と同じく白いエプロンを身に着けているのが分かった。そのまま空いている席に腰掛け、三人の談笑に混ざる。その奥の席には永琳と輝夜らしき人影がこれまた同じように紅茶を楽しんでいるのが見えた。

 小鈴はただ綺麗な女性だなぁと思っただけだが、阿求にはそれが件の異変の首謀者の一人である撫子だと分かる。神社での宴会以来、幻想郷の色々な所に出向いていると言う話を聞いてはいたけれど、実際に見るのは初めて。外見は本当に何の変哲もない人間そのもので、妖怪が化けている様な気配も無かった。

 

 恐る恐る入口の小さな門を通り、開いたままの扉から店内へ。どこもかしこも同じだと思っていた鬱陶しい程の暑さはパタリと途絶え、代わりに全身を涼しい空気が包んだ。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 すると、こちらを見付けた撫子が立ち上がってそう言った。同席の妖夢達の視線も集まり、阿求はつい会釈をする。

 

「初めまして。だから、ご来店は初めて、よね?」

「えぇ、まぁ……」

「ここは頼まれれば余程のことでない限り何でも請け負う何でも屋。店内でできるのは大体食事だけだけど……どうする?」

「お品書きはあるかしら?」

「あぁ、そうね、ごめんなさい。先ずは席に案内するわ。こっちに来て」

 

 束ねた長い髪を揺らし、撫子が促す様に歩いていく。阿求はその直ぐ後ろに着いて行き、店内をボーっと眺めていた小鈴も慌てて着いて行く。

 案内されたのは裏庭を見渡せる席。表に面した席とは違い、そこに広がっているのは子供が走り回って遊べそうな芝生。木と周りの建物に囲まれた秘密基地の様な場所だ。その片隅でアリスとこれまた見慣れない少女……それはエリカだろうか、が人形劇の練習らしいことをやっていた。

 

「どうぞ、こちらお品書きになります」

「おすすめは何かしら?」

「紅茶とパウンドケーキの組み合わせ。スイーツ全般は芙蓉が担当しているのだけど、パウンドケーキは本当に格別なの」

「そうなのね。なら、私はそれで。小鈴はどうする?」

「私? んー……うん、私も同じのをください」

「かしこまりました。では、少々お待ちください」

 

 撫子は深く礼をする。束ねた髪が流れ、ふんわりとした香りが漂った。

 

「あ、そうだ。私からもう一つ、注文をして良いかしら?」

「注文、ですか? 可能な限りならなんでも承るわ」

 

 キョトンとした表情を浮かべる撫子と小鈴。だが、小鈴は言わんとするとことを直ぐに察して視線を窓の向こうに向けた。

 

「後々、個人的にですが貴方方からお話を伺いたいのです。時間が空いている時で構いません」

「お話? あぁ……なるほど。貴方が」

 

 撫子も納得した様に頷いた。

 阿求は微笑みを浮かべ、目的を示す様に愛用の万年筆を取り出す。

 

「そう、私は幻想郷の書記。貴方達の過去を無闇に詮索は致しません。ただ、貴方達とこの幻想郷の未来を描く、その第一歩としてどうかお力添えできたなら、と、そう思っています」

「そういうことならば、寧ろこちらからお願いしたい位だわ」

「ありがとう」

 

 隣で交わされる約束を聞きながら、小鈴は頬を緩めた。

 

 この世界は好奇心にあふれている。

 何かが終われば何かが始まり、誰かと別れると誰かと出会う。一瞬一瞬を切り取るのはとても簡単で、長く見つめることはとても難しい。

 ただ何となく流れる、たった今も直ぐ隣で流れている時間は、果してどれ程の重みがあるものなのか。客観的には分からない。

 

「では、そういうことで、よろしくお願いします」

「かしこまりました。それでは、少々お待ちください」

 

 もう一度礼をした撫子は小走りに厨房であろう場所へと駆けて行った。

 

『ただいまぁ!! 次の配達ある?』

『あぁ、棗おかえり。ちょっと厨房の手伝いに回ってもらえるかしら。芙蓉はパウンドケーキをお願い』

『任されたよぉ。あ、そうだ。冷蔵庫がちょっと不調っぽいから、見ておいてもらえると助かるなぁ』

『本当? んー……流石に機械の生成は無理があったかしら。もうちょっと構造とか調べておかないと』

『それ以前の問題だと思うんだ。電気無いし』

『無いなら作れば良いんだぁ』

 

 聞こえてくるのは、そんな楽し気なやり取り。客に聞こえていると言うのは問題なのかもしれないけれど、阿求も小鈴もそれを不快とは思わなかった。

 ただ、ありふれた光景が、ありふれた温かさを生む。庭の片隅ではアリスとエリカが手を叩いて喜んでいた。

 

「夏も、悪くないじゃない」

「そうねぇ。読書には向かないかな」

「……本当、貴方って本の虫ね」

 

 顔を見合わせてくすくすと笑い合う。やはり、そこにあるのは、何てことの無いやりとりだ。

 

 いつか世界から顔を背け、悪に染まって絶えようとした。その出来事はもう変えられない。

 けれど今、その少女達はまた新たな道を行く。きっとその道は険しくもあるのだろう。本当に辛い、誰にも打ち明けられないような出来事が引っ切り無しに襲い掛かってくるのかもしれない。

 だけど、彼女達はもう、自ら選んだその道を、後悔することはないだろう。

 

 この世界は、輝いている。

 きっと、今実感している以上に、必ず光がある。

 

 陽の光は今空高く、大地に生きる全てを照らす。

 遠い昔も、昨日も、今日も、そしてこれからも。

 




あとがき



 改めまして、大豆御飯でございます。
『東方覚深記』これにて完結です。連載開始は丁度二年前で、終わった今もそれが実感できません。と言うか、処女作なのに初完結作品じゃないのはどうなんだ。一番伸びなかった作品なのに、自分の中で唯一ランキングに載った作品でもあり、思い入れは半端ではありません。

 まず、ここまで読んでくださった皆様。
 本当に、本当にありがとうございます!!
 もう感謝してもしきれません。正直に言うと、ここに至るまで何度も連載を止めようと思っていました。ですが、やはり応援してくださった皆様の期待に応えようとその度に向き合い、そして今があります。本当に、ありがとうございました!!

 今でこそ、こうしてハーメルンに投稿していますが、この作品は初め小さなノートに延々と書いていました。それこそ、友達に見せると言っても見せていたのは二人だけ。自分もその時にはまさかここまで来るとは思っても居ませんでした。活動環境も大きく変わり、知識も増えた今の作品を当時の自分が読んだらどう思うのだろうか。


 さて、自分語りも程々に、作品についてですね。
 タイトルの『東方覚深記』の覚深は当然ながら造語です。自分の心の底に秘める思いを曝け出す、そんな意味合いで作った訳ですが、それをうまく表現できていたでしょうか。フランとか、慧音とか、割とうまくいったと思いたい。
 そして何より、四人のオリジナルキャラクター達です。最年長の撫子、妹分の棗、間延びした話し方の芙蓉とロリのエリカ。何処まで活きていたかは自分では判断しづらい所ですが、でもやれるだけやれたかなとは思います。後、やはり幾分説明不足かなと思うところが多いので、多分ちまちま修正加えるかなぁとも。
 何が善か、それとも悪か。これを決めるのはかなり難しいことで。勝てば官軍とは言いますが、それによってもみ消される汚い側面があったりするのもまた事実。だからこそ、自分を貫くことが大切だと、彼女達はそう思ったのでしょう。悪として育った、そう決め付けることで生き方を見付けたと言いますか。
 実際、こんな極端な話ではなくても、謙遜を越えて自虐をすることは誰しもあることではないでしょうか。自分もそうだったし。それは違うんだと真正面から言ってくれる人って意外と少なくて、自分に自信が無ければ暗い道を肯定することもあるでしょう。
 これはまぁ、そんな話です。抑え込んだ思いを世界に打ち明けてみようと、そんな話です。何かのきっかけで、人生なんて180度変わる。それは時に理不尽であり、この上ない救いにもなる訳で。その救済の結果彼女達が手にしたのは、ただ平和に暮らす、それだけなんです。

 小難しい話ばかりだとあれなんで、制作の裏話も。
 実は登場させる予定だったキャラクターも結構いるんです。こいしとか正邪とか。でも、限界でしたね。努力せねば。もっと言うと、地底編とかも考えていましたし、幽香とかがあの状態に至るまでの話も書く予定ではありました。はい、案の定のガバガバさです。申し訳ありません。
 撫子や棗がやった暴走は、相手の体内に異物や異界の力を強引に生み出すことで、所謂アレルギー反応を起こしたって感じです。作中で説明しろ。申し訳ありません。
 そして、明確に主人公が定まっていないのは、これが初めての東方二次創作であり、色々なキャラクターを使いたかったというのが本音です。ここまで霊夢や魔理沙が空気になっている戦闘ものも少ないのではないでしょうか。後、作者が妖夢好きって言うの結構わかりやすく表れていますよね。


 改めて、本当に終わったんだなぁと。どんな物語にも必ず終わりはありますが、制作する側としてその終わりに立ち会うと、また特別思い入れがあります。これから先続く筈の物語はもう、世界に新しく飛び出していくことはなくなって、作品を手にした色々な人の中で続いていく。本当の結末は千差万別で、自分はこの作品の一割ですら理解していないのかもしれませんね。


最後にもう一度、今まで読んでくださった全ての皆様へ、ありがとうございました!!
いつかまた、違う作品でお会いできたら光栄です。自分をここまで走らせてくださったこと、本当にありがとうございました!!

 では、また。その時までごきげんよう!!


 2017年10月14日  大豆御飯

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