東方覚深記   作:大豆御飯

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第一章七話 たった一人の剣士

 カツン、と澄んだ音が響く。

 背後を振り返ってみれば、大量の木に隠されて、大妖精の姿は微塵も見えなくなっている。

 

「今度こそ、一対一か……」

 

 先刻の戦いは、大妖精が居たからこそ逃げることが出来た。しかし、その少女は今隣に居ない。両手が自由を得た故に、十八番たる二刀流を行うことが出来るが、それですらも気休めにしかならない。相手は虚空から無限と思える程に凶器を生み出すのだから。

 つまり、持久戦になればなるほど敗北の可能性が高まる。具体的な打開策は何も無いけれど、それだけはハッキリと理解出来ている。

 

「気を、引き締めないとね……」

 

 妖夢は深呼吸をした。

 既に当たりの空気は真冬の様に下がっており、相手が近くに居ることを意味する。刹那が過ぎた瞬間に戦いが始まるかもしれない。極限の状況の中で、ゆっくりと刀に手を掛ける。

 抜刀術には多少なりとも自信がある。

 全ての神経を周囲の気配に集中させ、その瞬間を待ち構える。風が頬を掠めた。

 

 直後、数多の破壊が一斉に到来する。

 

 それは、もはや白い壁だった。氷の槍と槍の隙間をさらに別の槍が埋める。回避等と言う行為は、その破壊の前では無謀でしかない。

 だが、妖夢は冷静だった。数秒の間も作らず正確に状況を判断し、そして解析する。目を細め、右手に握り締めた白楼剣を一気に引き抜いた。

 まず、その刀の峰でもって先頭の槍を粉砕する。手首に鈍い衝撃が走ったが、それを完全無視した妖夢は、空中に漂う氷の破片に視線を移す。楼観剣を握る左手に力が入る。

 そして、幾つもの破片を楼観剣の側面でもって正確に叩いた。叩かれた破片は別の破片とぶつかり合い、互いに予測不能な方向へと散っていく。更に、その破片は飛来する槍を側面から当たることで、その軌道を決定的に狂わせる。

 数多の破壊は一撃すらも妖夢を傷付けることは無かった。

 

「手荒い歓迎ですね」

 

 二刀を構え直した妖夢は、先の攻撃をそう評価した。改めて、この戦闘の無慈悲さを自覚しながら、妖夢は一点を睨みつける。

 その視線の先には、やはり水色の影が居る。容姿だけを見れば、まだ幼い少女。その小さな体に、果たしてどれ程の苦しみを背負っているのか。

 

(友達、か……)

 

 まだ、目前の少女を思う者が居る。

 

(幸せなのね。私が言えることじゃないだろうけど)

 

 自分にも、思ってくれる主君が居る。

 ならば、自分も相手も本当に対等。言い訳は出来ない。正々堂々ぶつかる以外の選択肢は無い。

 もっと言うのであれば、誰も悲しまぬ結末を作ることが出来るのは、

 

(私だけ。そんなの考えなくても分かってる)

 

 先の戦闘で、何か変えると断言したのだ。有言実行は最低条件だろう。

 気合を入れ直した妖夢は、真正面から突撃する。強く氷の地面を蹴り、大きく跳ね上がる。己の身長を超える程跳躍した妖夢は、一つのスペルカードを詠唱する。

 

「断迷剣『迷津慈航斬』ッ!!」

 

 二本の刀を大きく振りかぶり、落下の速さも利用して一気に叩き付ける。その刀は蒼白の光を纏い、見かけ以上の攻撃範囲でもって標的を狙う。

 行動がオーバー過ぎた故、威力はあろうとも寸前で避けられてしまう。しかしそれは想定内のこと。着地した妖夢は曲げた膝をバネに飛び出し、相手に反撃の隙を与えない。

 無防備な相手の胸の中央に強烈なタックルを見舞った。

 小さな体が、まるで木の葉の様に宙を舞う。

 

(このまま、反撃させずに一気に叩く!!)

 

 持久戦でなければ僅かにでも光はある。その光に照らされ続ければ、打開することは可能なはずだ。

 

「六道剣『一念無量劫』!!」

 

 踏み込む時間は無い。そう考えた妖夢は、自分の周囲を高速で斬りつける。その一筋一筋から放たれる弾幕でもって追撃を加えるのだ。

 辺り一帯の景色が光で埋め尽くされる。苛烈な物量で一気に攻め上げることは有効な手段の一つと言えよう。事実、いくつかの弾が敵を捉えた感触はある。だが、その攻撃には一つの弱点があった。

 突然前方から何かが爆ぜた音がする。それはドミノの様に連鎖的に周囲に伝播していき、遂には妖夢の背後からも聞こえた。攻撃を続けながらその状況を考察していたのは、果して正解と言えたのか。

 横槍を入れられるはずの無い過剰攻撃が、強引に外側から崩壊させられた。変わるに待っていたのは相手の弾幕。それも、所々凍りかけた弾幕の破片だった。

 鋭利な刃が、千の方向から襲い掛かる。

 刀を振り回していたままの妖夢では、その防御不能の攻撃を避けることは不可能。

 

 数多の刃が妖夢の肌を、肉を引き裂く。裂かれた緑の服の断片と、噴き出した大量の血飛沫が宙を舞う。人語ですらなくなった少女の絶叫は、弾幕の音によって無残にもかき消される。

 

 カラン、と氷の大地に音が響く。

 己の攻撃で相手の姿を見失うこと。あれだけ短期決戦で仕留めようとしていたにも関わらず、確実な一撃よりも物量に頼ったこと。それが、失敗の理由だった。

 音と共に大地に落ちた二本の刀は、数度跳ねた後に動かなくなる。

 弾幕は全方向から飛んできていたために、派手に吹き飛ばされるなんてことはなかった。ただ、全身を引き裂かれた妖夢に立つ力は残っていない。支えを失った人形の様に、カクリと膝から崩れ落ちた。

 

「あ、ぐ……あ……?」

 

 疑問の声も言葉にならない。どこが間違いだったのかもまだ気付けない。

 

(い、一体……何、があった、の……?)

 

 俯せになり、広く接した氷の大地に体温を奪われていく。それでも原因を掴もうと、首だけをゼンマイ人形の様に動かして必死に探した。

 そして、見付けた。こちらを見下す相手の掌中にある一枚のスペルカードを。

 

(凍符……『マイナスK』……?)

 

 実際に手合わせしたことは無かったが、聞いた話によると、弾幕を急激に冷凍させて生じた弾幕内部と外部との温度差で弾幕を破裂させる弾幕だと聞いた

 つまり今自分に差し向けられたのは、それを限りなく増量したものなのだろう。

 そこまで考えて、ようやく現実に追い付けた。しかし、今更何だというのか。全身から血を流し、起き上がる力の無い自分に、今更何が出来るというのか。

 何故か、笑みをこぼしていた。

 

「未熟、者なの、に、見栄を張るものじゃ、なかった、わ、ね……」

 

 不思議と悲しみが少ない。自分の欠点を自覚して死ねる等と、英雄気取りでもしているのか、分かりはしない。

 けれど、悔しかった。まだ、終わりたくなかった。

 それなのに何もできない自分を嘲笑いながら、目を閉じるしか出来ない自分が、そこには居た。

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