東方覚深記   作:大豆御飯

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第一章八話 小さく強い意志

 友達が居て、何てことの無いことで笑い合って、無邪気に遊んだ。そんな、柔らかな日々は、もう帰っては来ないのか。

 もはや心しか無くなった氷精。その心でさえも、地に臥した少女を前に完全に死んでいた。広がっていく赤色を見詰め、それでいて何の手も加えない、冷酷な自分。

 そう、この悲劇を作り出したのは自分。

 希望を砕いたのも自分。

 

(あぁ……)

 

 全部、自分がやった。

 

(アタイは、もう……アタイじゃないんだね……)

 

 まだ性懲りも無く世界に望みを持つ自分が居る。きっと、きっと助けてくれる者が居る、と諦めることの出来ない、どうしようもない自分が居る。

 現実を見ろ。友達は自分で傷付けたではないか。助けてくれる者は、もう立ち上がれないではないか。何度自分に言い聞かせたら良いのだろう。

 全部、自分がやった。

 

 

ぜんぶ、じぶんが、やった。

 

 

もう限界であった。死んだ心が、漆黒に染まっていくのを自覚しながら、もう止めることが出来なくなっている。

支えを失った心は、力に溺れる体を更なる狂気へと導く。大切なものを全て巻き込んで、戻りたかった場所も壊して、ただ暴れ狂う狂者へと変わっていく。

 

 

「ぐッ……く……」

 

 妖夢はその豹変を最も近い所で感じ取った。周囲の気温が暴力的に下がっていく。ピシッ、ピシッと、溢れ出た己の血液が視界の端から凍っていく光景。漂っていた霧は凍結され、結晶となり大地に墜ちていく。

 動かなければ自分は氷の中に閉ざされ、無抵抗なまま孤独に絶え逝く。

 けれど、

 

(動か、ない……)

 

 指先は、痙攣かと思う程度にしか動かず、まともに動かせるのは両の瞼だけ。

 根本的に己の精神が折れており、体力すらも発揮出来なくなっていた。

 頭上では吹雪が渦巻き、凍りついて刃と化した木の葉が舞っている。それらを傍観しか出来ない自分を、心のどこかで許してしまう。それを弱さと認めずに、良い様に変換してしまう自分が居た。

 

(もう、良いんじゃないのかな……私は、十分頑張ったんだから、さ……)

 

 挑んだけれど、未熟で相対するには程遠く、結局は正当化している。

 それが、私なんだ。

 

 

 これが、私の限界なんだ。

 

 

 少女は静かに目を閉じる。思い残しはあるけれど、自分の最期にはこれが相応しい。身勝手にそう決めつけることが、出来てしまった。

 だけど、そんな終わり方を許容して良いはずがない。世界はそんなに優しくもなく、残酷でもない。

 

「妖夢さんッ!!」

 

 音を、視界をかき消す吹雪の中に、こちらを呼ぶ叫び声が聞こえた。閉じていた瞼がゆっくりと開いていき、情報が少しずつ入り込んでくる。

 

「妖夢さん!! 返事してください!! ねぇ!!」

 必死にこちらを呼び掛けてくれるその影は、最初は吹雪に隠れてシルエットしか見えなかった。けれど、そのシルエットだけで特定するのは、とても容易なことだった。

 背中に生える特徴的な羽。幼さを惹きたてるワンピース。

 

「な、んで……?」

 

 自分が戦場から遠ざけたはずの少女、大妖精がそこには居た。

 吹雪の猛威を両手で何とか防ぎ、懸命にこちらに向かってくる。

 

「何で、ですか?貴女が言ったからですよ。『やりたいことをやれ』って!!」

 

 真剣な顔をして、大妖精は妖夢と狂者の間に割って入る。二本の足で氷の大地を踏みしめ、妖夢を庇う様に立ちはだかる。

 しかし、妖夢に見える足は震えている。恐らく、とてつもない恐怖を背負って立っているのだろう。

 

「早く、にげてください……貴女なら、まだ、間に合うでしょうから……」

「……貴女の言葉を使わせてもらいますよ。それは出来ない相談です」

「何で……!」

「だって!!」

 

 妖夢の言葉は叫びにかき消される。まるで、この絶望を全て覆すと言わんばかりに大妖精の意志は揺るがない。

 

「私はもう逃げないって決めたんです! 例え戦う力が無くたってもう逃げないって、そう誓ったんです!! 解決する手段が他者任せの最低なものだとしても、せめてその方の盾になるって決めたんです!! 大好きな友達を救いたいから、私は貴女の隣に立つって決めたんですから!!」

「私の、隣……?」

 

 大妖精は遠回しに告げていた。私達の為に戦ってくれ、と。

 傍から聞けば、それは本人が言った通り最低な発言だろう。最も危険な場所に自ら立つことを拒んでいるのだから。その気になれば、失敗したとしても、全ての原因を押し付けることだって出来る。

 それを知っていながら、大妖精は妖夢に告げているのだ。

 戦ってくれ、と。

 

「全てが終わった時、私は『悪人』と評されたって構わない。それで、友達が……チルノちゃんを救えるのなら、私は私を殺したって構わない。だから、戦ってください……! お願いします……お願いします!!」

 

 沸々と、心の奥底で何かが沸き上がるのを妖夢は自覚していた。

 目の前の少女は、一度ズタズタに打ちのめされ、散々弱音を吐いて、それでも自らの品位を殴り捨ててここまで来たのだ。

 自分はどうだ?格好付けて講釈垂れて、自分の不注意で傷を負ったら何もかも諦める?

 愚かにも程がある。何も出来ない未熟者なのに、何を傲慢な態度をとっていたのか。のうのうと死のう等、罪を償わずに逃げる様なものではないか。

 

「私は、どうやら、勘違いをしていたようですね」

 

 償うチャンスは目の前に転がっているではないか。立ち上がることが、第一歩。

 体力はまだ戻らない。けれど、気力なら十二分にある。

 

 立てる。立ち上がれる。絶望に屈するのは、もう終いにしよう。弱い自分は心の奥に押し込んだ。

 

 キン、と握り締めたことで大地に当たった刀が音を鳴らし、それを合図に血塗れの体躯がゆっくりと起き上がる。

 

「行きましょう。だから、援護を頼みます」

「分かりました。これで、決めましょう」

「勿論ですよ」

 

 それ以上の会話は要らない。湧いてくる勇気に、己の力の高まりを感じる。変えてやる、その意志に応じて瞳の色が青く光る。

 救う者達と救われる者が正面から激突する。

 




今更ですが、良ければ感想もよろしくお願いします。
アドバイスやらなんやら、色々お待ちしております!
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