友達が居て、何てことの無いことで笑い合って、無邪気に遊んだ。そんな、柔らかな日々は、もう帰っては来ないのか。
もはや心しか無くなった氷精。その心でさえも、地に臥した少女を前に完全に死んでいた。広がっていく赤色を見詰め、それでいて何の手も加えない、冷酷な自分。
そう、この悲劇を作り出したのは自分。
希望を砕いたのも自分。
(あぁ……)
全部、自分がやった。
(アタイは、もう……アタイじゃないんだね……)
まだ性懲りも無く世界に望みを持つ自分が居る。きっと、きっと助けてくれる者が居る、と諦めることの出来ない、どうしようもない自分が居る。
現実を見ろ。友達は自分で傷付けたではないか。助けてくれる者は、もう立ち上がれないではないか。何度自分に言い聞かせたら良いのだろう。
全部、自分がやった。
ぜんぶ、じぶんが、やった。
もう限界であった。死んだ心が、漆黒に染まっていくのを自覚しながら、もう止めることが出来なくなっている。
支えを失った心は、力に溺れる体を更なる狂気へと導く。大切なものを全て巻き込んで、戻りたかった場所も壊して、ただ暴れ狂う狂者へと変わっていく。
「ぐッ……く……」
妖夢はその豹変を最も近い所で感じ取った。周囲の気温が暴力的に下がっていく。ピシッ、ピシッと、溢れ出た己の血液が視界の端から凍っていく光景。漂っていた霧は凍結され、結晶となり大地に墜ちていく。
動かなければ自分は氷の中に閉ざされ、無抵抗なまま孤独に絶え逝く。
けれど、
(動か、ない……)
指先は、痙攣かと思う程度にしか動かず、まともに動かせるのは両の瞼だけ。
根本的に己の精神が折れており、体力すらも発揮出来なくなっていた。
頭上では吹雪が渦巻き、凍りついて刃と化した木の葉が舞っている。それらを傍観しか出来ない自分を、心のどこかで許してしまう。それを弱さと認めずに、良い様に変換してしまう自分が居た。
(もう、良いんじゃないのかな……私は、十分頑張ったんだから、さ……)
挑んだけれど、未熟で相対するには程遠く、結局は正当化している。
それが、私なんだ。
これが、私の限界なんだ。
少女は静かに目を閉じる。思い残しはあるけれど、自分の最期にはこれが相応しい。身勝手にそう決めつけることが、出来てしまった。
だけど、そんな終わり方を許容して良いはずがない。世界はそんなに優しくもなく、残酷でもない。
「妖夢さんッ!!」
音を、視界をかき消す吹雪の中に、こちらを呼ぶ叫び声が聞こえた。閉じていた瞼がゆっくりと開いていき、情報が少しずつ入り込んでくる。
「妖夢さん!! 返事してください!! ねぇ!!」
必死にこちらを呼び掛けてくれるその影は、最初は吹雪に隠れてシルエットしか見えなかった。けれど、そのシルエットだけで特定するのは、とても容易なことだった。
背中に生える特徴的な羽。幼さを惹きたてるワンピース。
「な、んで……?」
自分が戦場から遠ざけたはずの少女、大妖精がそこには居た。
吹雪の猛威を両手で何とか防ぎ、懸命にこちらに向かってくる。
「何で、ですか?貴女が言ったからですよ。『やりたいことをやれ』って!!」
真剣な顔をして、大妖精は妖夢と狂者の間に割って入る。二本の足で氷の大地を踏みしめ、妖夢を庇う様に立ちはだかる。
しかし、妖夢に見える足は震えている。恐らく、とてつもない恐怖を背負って立っているのだろう。
「早く、にげてください……貴女なら、まだ、間に合うでしょうから……」
「……貴女の言葉を使わせてもらいますよ。それは出来ない相談です」
「何で……!」
「だって!!」
妖夢の言葉は叫びにかき消される。まるで、この絶望を全て覆すと言わんばかりに大妖精の意志は揺るがない。
「私はもう逃げないって決めたんです! 例え戦う力が無くたってもう逃げないって、そう誓ったんです!! 解決する手段が他者任せの最低なものだとしても、せめてその方の盾になるって決めたんです!! 大好きな友達を救いたいから、私は貴女の隣に立つって決めたんですから!!」
「私の、隣……?」
大妖精は遠回しに告げていた。私達の為に戦ってくれ、と。
傍から聞けば、それは本人が言った通り最低な発言だろう。最も危険な場所に自ら立つことを拒んでいるのだから。その気になれば、失敗したとしても、全ての原因を押し付けることだって出来る。
それを知っていながら、大妖精は妖夢に告げているのだ。
戦ってくれ、と。
「全てが終わった時、私は『悪人』と評されたって構わない。それで、友達が……チルノちゃんを救えるのなら、私は私を殺したって構わない。だから、戦ってください……! お願いします……お願いします!!」
沸々と、心の奥底で何かが沸き上がるのを妖夢は自覚していた。
目の前の少女は、一度ズタズタに打ちのめされ、散々弱音を吐いて、それでも自らの品位を殴り捨ててここまで来たのだ。
自分はどうだ?格好付けて講釈垂れて、自分の不注意で傷を負ったら何もかも諦める?
愚かにも程がある。何も出来ない未熟者なのに、何を傲慢な態度をとっていたのか。のうのうと死のう等、罪を償わずに逃げる様なものではないか。
「私は、どうやら、勘違いをしていたようですね」
償うチャンスは目の前に転がっているではないか。立ち上がることが、第一歩。
体力はまだ戻らない。けれど、気力なら十二分にある。
立てる。立ち上がれる。絶望に屈するのは、もう終いにしよう。弱い自分は心の奥に押し込んだ。
キン、と握り締めたことで大地に当たった刀が音を鳴らし、それを合図に血塗れの体躯がゆっくりと起き上がる。
「行きましょう。だから、援護を頼みます」
「分かりました。これで、決めましょう」
「勿論ですよ」
それ以上の会話は要らない。湧いてくる勇気に、己の力の高まりを感じる。変えてやる、その意志に応じて瞳の色が青く光る。
救う者達と救われる者が正面から激突する。
今更ですが、良ければ感想もよろしくお願いします。
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