東方覚深記   作:大豆御飯

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第二章 過ぎ去った別れの先に
第二章一話 船頭と上司


 舟と言うのは便利なもので、岸に繋げておけば流されることも無く良い感じに揺れる。言うなれば揺り籠の様なものだ。三途の川の畔で小野塚小町はいつもの様に横になってウトウトしていた。サボタージュとも言う。

 

「にしても、平和だねぇ……」

 

 働き者が聞けば大激怒しそうな状態と言葉ではあるが、そもそも彼女はそんなことを一切考えずにただ単にダラダラしていた。

 しかし、そんな小町とて単なるバカではない。一見無防備なこの格好だが、それでも警戒心最大にしていつでも察知出来るようにしている存在が居る。

 例えば、まず挙げるとしたら上司である。同様に背の低い上司、緑髪の上司、怒りっぽい上司、説教臭い上司、案外優しい上司も挙げられる。全部同一人物であるが。そんな上司は今の様に仕事の疲れを癒している(サボタージュ)と突然現れてお説教してくるのだ。

 例えばこんな感じに。

 

「小町」

「ふおぉう!? え、映姫様!? い、一体どうしたんですか!?」

「どうしたもこうしたもありますか。目を離すと直ぐにこうなんですから……ね?」

 

 警戒とは何だったのか。筒抜けじゃないか。等と文句を浮かべても時既に遅し。何やら黒い笑みを浮かべる上司、四季映姫を前に高速で正座に移行する小町。この辺だけは良く出来た部下である。

 対する映姫はと言うと、浮かべていた黒い笑みも束の間、いつもの様な真面目な顔に戻る。そんな些細な変化に反応した小町に対して映姫は言う。

 

「まぁ、サボタージュのことは後日みっちりしっかりとことん説教しますが……今日は少しばかり頼みがあって来たのです」

「頼み? あたいに、ですか?」

「勿論です。小町なら安心して信頼できますからね」

 

 意外にも信頼してくれていた、と言う勝利の笑みをグッと堪え、続く話を聞く。

 

「頼みと言うのは、霧雨魔理沙を見つけ出してもらいたいのです」

「……はい?」

「ですから、霧雨魔理沙をですね」

「いえ、それは分かったんですが……でもどうしてですか? 別に寿命が来てる訳でもないですよね?」

「はい。そんな至極単純なことでなく、もっと深刻なことです。先程、寿命の管理を行う死神の方から申し出がありました」

「どんな申し出ですか?」

 

 小町が真剣に話を聞いているのを確認しながら、映姫は更に続ける。

 

「昨晩を最後にこの世界から『霧雨魔理沙』と言う存在が完全に消失した、と言うのです」

 

 思わず小町は怪訝な顔になる。それも無理のないことで、『存在が世界から完全に消える』と言うのは、絶対に有り得ないからだ。

 通常、人及び生ける者はこの世かあの世のどちらかに属している。特異な例として、輪廻転生の輪から外れた天人が挙げられるが、天人は天界に属している。つまり、必ずこの三世界のどこかに個人は存在していなければおかしいのだ。

 

「え、映姫様? それは何かの勘違いだったりしないんですか?」

「残念ながら。私も最初は半信半疑でしたが、しかとこの目で確認しました。名簿のどこを探しても彼女の名は記されていなかったのです」

「なるほど……映姫様が本当と仰るのなら、やはり間違い無いんですね」

 

 ゆったりと小町は立ち上がり映姫に背を向ける。先程までの表情は何処へやら、その瞳は何かを真っ直ぐ捉えていた。

 

「仮にあたいが魔理沙を見付けられなかったとして、彼女の処遇はどうなるんですか?」

「まだ決定はしていませんが……可能性としては『形式上の死』が第一になります」

「他の可能性は?」

「『最初から全ての世界の何処にも存在していなかった』です。つまり、魔理沙の存在は幻想だったと結論付けることですね。いずれにせよ、到底許容出来るものではありませんがね……」

「なるほど……」

 

 更にその目を細める小町。そんな小町を見て申し訳なくなったのか、その小さな体を更に小さくした。

 

「無理難題を頼んでいるのは十分承知しています。それでも、黙っている訳にはいかないのです。それに……」

「皆まで仰らなくても大丈夫です。全て理解しましたから」

「いや、その私は頼みをしているだけなので、その、理解が必要な程深いことは何も言ってないのですが……」

「つまり、映姫様は心の整理を付けられていないのでしょう? 誰よりも死を見詰め、向き合ってきたからこそ、知り合いのこのような終わり方を拒んでいるのでしょう? 貴女は閻魔である前に、あたいと同じで心の有る一人の存在に過ぎないのですから」

 

 映姫に振り返った小町は無邪気にも笑って見せた。

 そう、この話を初めてから小町の目は、悲しげな映姫の姿をあまりにも鮮明に映していたのだから。誰よりも映姫と共に居る時間が長い彼女だからこそ、その様子を見逃す訳が無かった。

 慣れた手つきで岸から舟を離した小町は再び映姫に背を向ける。

 大鎌と小町だけを乗せた舟はゆっくりと流れ始めた。

 

「必ず見付けてみせましょう。ですから、どうか吉報をお待ちあれ」

 

 霧深い、先の見通せない奥の世界へと進み行く死神の舟。その舟以外の浮上を禁ずる三途の川の上の孤独を、果して映姫に理解出来るだろうか。

 

「お気をつけてください。油断は大敵ですよ!!」

 

 小さな体で精一杯の声を送る。

 その答えは背中越しに立てた親指だった。

 

「いってらっしゃい。貴女の吉報をお待ちしていますよ、小町」

 

 もう一度、誰にも聞かれない声で映姫は声を送った。

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