東方覚深記   作:大豆御飯

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第二話 心を渦巻くもの

朝涼。

夏と雖も日差しは低く、気温の上がりきっていない束の間の涼しさ。

そのささやかな休息の空気に包まれて霊夢は目を覚ます。そのままの空ろな表情で顔を洗い、ぼんやりしたまま寝間着から着替える。妙に肌がしっとりしていると思ったら、昨晩は雨が降ったらしく、雨滴が軒先から滴り落ちている。しかし、空にはまだ雲が立ち込め、圧迫感を生み出す。

 

「不安定な空ね……」

 

単純に思ったことを口に出したところで、返される言葉は無い。いつもと変わらないことなのに、何故か今日はそれが寂しく感じた。

ぼんやりと朝食の準備をし、たった一人黙々と食べる。いつもと同じ、代わり映えのない平凡なはずなのに、霊夢の心には漠然とした虚しさが広がる。いつもは気の知れた数人と食卓をかこんでいる、そんな錯覚さえ頭を過っていた。

ただ機械的に目の前の食べ物を口に運ぶ。その一連の動きの最中、箸に取った一粒の米が滑り、膝に落ちた。それを右の指で摘みながら、何となく考えてしまう。

 

「魔理沙……」

 

 またな、と言い残して帰っていった霊夢の知人。その姿が、どこか心に引っ掛かり、意識の外に外れることがない。ただ何となく送ってしまったあの瞬間は、本当にその程度で良かったのか。もっと深く、そして重要な時間ではなかったのか。

 本当は、魔理沙は自分に何かを求めていたのではないか。

 自分は、その信号をみすみす見逃したのではないか、と。

 その禅問答じみた思考は、頭の中に蟠りを作り出し、心の中にすら雲を掛けていく。

 

「あぁもう!  何で私がこんなことを考えなくちゃいけないのよ!!」

 

答えの見えない、暗い迷路から強引に逃れようと、霊夢はより黙々と箸を動かす。しかし、冷めてきた味噌汁は、美味しくなかった。

 

 

 

 朝食の始末を終え、またいつも通りの日課が始まる。壁立て掛けていた竹箒を握りはしたものの、どこか集中出来ない。二つの眼は焦点が定まっておらず、心だけが、ここではないどこか遠い世界に行ってしまったようだった。それは、単純にぼんやりしていると言うよりも、何かを失った時のように、虚無感が漂っているようにも見える。そんな、人形のような霊夢にかけられる声があった。

 

「あややや?  霊夢さん、今日は何だか元気がありませんね」

「ん……? あぁ、文じゃない。どうしたのよ」

 

 訪問者は射命丸文。幻想郷にすむ多種多様な妖怪の中でも、特に初会性の高い天狗。その中で、自ら新聞記者を名乗り、『文々。新聞』を発行しているのが、この射命丸文だ。

 

「どうしたって、いつものように新聞勧誘ですよ。どうです? 私の新聞、購読してみませんか?」

「いらない」

「そうですか。残念です」

 

 これもまた、いつも繰り返される他愛も無いやり取り。なので、文も特に気にすることなく、受け流すだけだった。

 しかし、いつものように流れるやり取りに、覇気もなく漠然と委ねるだけの霊夢を、文は不思議に感じる。そのやり取りが終わると、また生気の抜けたように掃除する霊夢に、文は堪らず聞いてみた。

 

「あの……最初から元気がありませんが、本当にどうしたんですか?」

「……何でもないわ。何でもないのよ」

 

 その言葉を発した姿に、どこか陰りがみえたが、これ以上言及しても何も進展しないと思った文は、それ以上の詮索はしなかった。しかし、このまま無言でいるのも、何となく心地悪い。だからと言って、これと言って話す内容も無い。色々考えた文は、共通の知人の話を持ち出すことにした。

 

「そういえば、昨晩のことですけど、突然魔理沙さんが私を訪ねてきましたよ」

「本当に!?」

「え? えぇ、隠す理由もありませんし……」

 

 思いがけない過剰反応に文は若干戸惑うも、霊夢の元気の無さの原因が片鱗を覗かせた気がした。そして、もし垣間見えたものが真実ならば、霊夢と魔理沙の間か、魔理沙自身に何かあったことに変わりは無い。そうならば、少なからず文にも影響を及ぼすものであることは容易に想像がついた。

 しかし、そう考えている途中でも霊夢は必至に質問してくる。

 

「それは何時頃!? どんな目的だったの!?」

「お、落ち着いてください! 取りあえず落ち着いてくださいって!!」

「ご、ごめん……」

 

 文に言われて、何とか平静を取り戻す霊夢。それでも文への質問を止めない。この心に渦巻く蟠りを払拭したいからだ。

 

「それで……魔理沙とはどんなことがあったの?」

「そうですね……特にこれと言ってあった訳ではありませんが。ただ、『何となく来ただけ』と言ってきましたね」

「何となく来ただけ、か……他には? アリスと喧嘩したとか言ってなかった?」

「アリスさんと喧嘩、ですか? それは言ってませんでしたね。でも、服が汚れている理由を聞くと、『新しい魔法の開発に失敗した』と返ってきました。あとは、そのことで手伝って欲しいと言われましたね。私はあまり魔法に詳しくないので、止むを得ず断りましたが」

 

 どこか引っ掛かる。当然だが、霊夢と文が魔理沙にした質問は違う。しかし、その答えは全く違う。両方事実だと言えばそれまでなのだが、それにしても不自然だ。パズルのピースを間違えて嵌めるかのように、何一つとして組み合わさらない。

 もしや、アリスとの喧嘩を新聞のネタにされることを恐れたかとも思ったが、いくら幻想郷の少女が起こす騒動を新聞にしているとは言え、個人的な喧嘩をネタにはしないと容易に考えられる。でないとマナーも悪い。

 

「でも……」

 

 そんな霊夢の思考に、文の呟きが入り込んだ。

 

「あくまでも私の見解ですが……魔理沙さんは焦り、そして怯えていたようにも見えました。まるで、何か隠し事をしているかのように」

 

 その言葉を聞いたとき、頭の中の歯車が噛み合ったような感覚になった。と同時に、とても嫌な予感が脳裏に浮かぶ。普段はそんな雰囲気を見せない、男勝りのその少女がちらと見せた僅かな弱み。今までにない具体性を伴って、霊夢に悪い予感を起こさせる。

 

「別れ際……魔理沙は何て言った……?」

「またな、とそれだけですね。」

 

 またしても、どうしようもない嫌な予感が全身を駆け巡る。

 

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