東方覚深記   作:大豆御飯

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第二章三話 敵対的な少女

「誰……?」

 

 その声は誰が発したのだろうか。もしかしたら私かもしれないし、私じゃないかもしれない。それ位、空気に溶け込んだ小さな声だった。

 

「誰かって? 知りたい?」

 

 その少女はとても無邪気に尋ねてくる。まるで私達を試すかの様に、笑みを浮かべて尋ねてくる。少女自身には何の悪意が無くても、問われている私達としては背筋を撫でられる様な不快感を誘ってきた。

 果たして、何も隠さずに返答して良いのか。それすらも分からない。

 分かっていることは、不味いということ、ただそれだけだった。

 

「あれ、急に黙っちゃってどうしたのさ」

「……どう答えたものか、考えているのよ」

「へぇ、普通に聞けばいいのに。アンタの名前は何ですかって。今はそこまで警戒しなくても大丈夫よ」

「なら聞くわ、アンタ誰よ。わざわざ私達の前に出てきたってことは、何の関係も無い通行人ってことは有り得ないでしょ」

 

 私は敢えて強気に出ることにした。文やアリス達も私に任せる様で、私の斜め後ろで浅い呼吸音を響かせている。

 

「そうだよねぇ。そう思っちゃうよねぇ」

 

 挑発的に、それでも無邪気に少女は笑う。

 

「私は酸漿(ほおずき)(なつめ)。言うなればお姉さん方の敵であり、お姉さん方が一番求めている存在かな?」

「私達が、求めている……?」

「んー、求めているって言うのは間違いかな? 正確には憎んでるの方が正しいかも。どちらにしても、倒すことを望んでいることに間違いないんだから、そのために求めてたり……あ、日本語がおかしくなっちゃったな」

「ちょっと、憎んでるってどういうこと?」

「少し考えたら分かるよ。気付いたら最後、ここは恨みと殺意と血の混じった修羅場と化すだろうけど」

 

今度こそ、その少女、棗は悪意に満ち足りた顔で笑った。心を逆撫でして、自分の思い通りにことを進めようとしているのか。たった一人で私達に相対する棗の顔からは、全ての善性が消えている。

 緊張を深める私の耳に、小さな声で文が話しかけてきた。

 

「……霊夢さん」

「……何よ」

「……気付きましたか? 私達が彼女を恨む理由を」

「……おおよその見当は付いてる。だけど、それをはっきり言って良いのか分からないの」

「……どのみち、彼女は言うでしょう。その時に理性を保つことが重要です。興奮して争いになれば……」

 

 改めて文は私達を見回す。

 射命丸文、パチュリー=ノーレッジ、アリス=マーガトロイド。そして私、博麗霊夢。

 自惚れるつもりは無いけれど、ここに居るのは幻想郷きっての実力者だと思っている。けれど、文はそんな生温い言葉を言ってはくれなかった。

 

「勝ち目はありません。よほどの奇跡が無い限りは、ね」

「……そう」

「……だから、冷静にことを運びましょう。棗さんの思い通りにしないように」

 

 見ると、アリスとパチュリーも視線だけをこちらに向け、目で頷いていた。

 今までに無かった緊張が、言葉では表せられない感覚が私達を支配する。相手はたった一人だというのに、単純でかつ不明確な事実が私達を拘束している現状は、こんなにも厳しいものなのだろうか。

 沈黙を決め込んだ私達に棗はつまらなそうな顔を向けてきた。

 

「……おもしろくないなぁ、黙り込んじゃって」

「生憎と、こっちも様子を窺ってる状況なのよね。迂闊に喋ると思ったら間違いよ」

「そっかぁ。まぁ、迂闊に喋らないって言ったってことは、私が恨まれている理由は分かってるってことだよね」

「……」

「黙秘、かぁ」

 

 少しだけ残念そうな顔を浮かべたけれど、間を置かずしてその表情も消える。代わりにつまらなそうな顔を浮かべながら言った。

 

「ま、良いさ。お姉さん方が何しようたって居なくなった人が戻って来る訳じゃないし、私には何の害も無いし」

「居なくなった人……?」

「あ、やっぱり喰い付くよね。分かってるくせに分かってないフリしてさ」

 

 その言葉に反応したのは、果して正解だったのだろうか。

 そんな問の答えは分からないけれど、棗の反応を見てみる限りは良かったとは思えなかった。そして、思った時にはもう気付いていた。

 きっと釣られた魚の様に相手の思うままのレールに乗せられる、と。

 

「そうよ。名前は忘れたけど、黒い魔法使いのことよ。お姉さん方がここに来た原因なんでしょ、その人の消失」

「……正確に言えば、真実を知るため、だけど」

「ふうん。何にせよ、お姉さん方も暇だよねえ。たかが一人の為にここまで来るなんてさ」

 

 たかが一人。

 きっと、それは安い挑発だったのだろう。下手な子供騙しで、だけれど確実に怒りを買うことの出来る安い挑発だったのだろう。

 冷静になれ。

 言葉にするのは何よりも簡単だけれど、実行するとなれば話は変わってくる。

 私は、いや私達はその安い挑発を耳にして、あの面影を愚弄された瞬間から、何かの堰に亀裂が走るのを自覚した。

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