「どうなったの……?」
「分からないわ。ただ、好ましい状況じゃなさそうだけど」
文のスペルカードが途切れたすぐ後に、二人は己のスペルカードを解除した。スペルカードを宣言したままにして、咄嗟の出来事への対処が遅れると不味いと思ったのだ。
弾幕によって荒らされた視界が、徐々に回復していく。跳ねた泥の匂いや焦げた匂いが一層濃くなっていく。刹那が過ぎる度に増していく緊張。
だんだんと飽和状態に近づく緊張。それが、限界まで入れた風呂の水が溢れる様に、一瞬で溶けた。
意識の無いアリスが二人の元に投げ飛ばされてきたのだ。骸の様に手足を投げ出したアリスが足元で伏している。けれど、二人にアリスに深く反応している余裕が無かった。
目線の先に、目を背けたくなる人影が現れたからだ。
「中々危なかったよ。三人とはいえ、よく私をここまで追い詰めたよ」
「……ハンデ有りでも、突破出来なかった様ね」
「その通り。そのお姉さんはもう使えないから返すけど、もう一人居たお姉さんはこっちで有意義に使わせてもらうから」
へらへらと笑いながら、こちらに歩み寄ってくる棗。その傍に、共に戦っていたはずの文の姿は無かった。
言葉が口から出てこない。余計なことを言うだけで、崩れかけで保っている何かが全て瓦解すると確信できる。
「霊夢」
「……何よ」
「逃げてもらえるかしら?」
「何でよ。二対一の方がまだ……」
「いえ、それは慢心よ」
もう、パチュリーに隠す気は無かった。普段の会話の声で霊夢に言う。
「貴女は、単騎で戦う方がずっと強い。周りへの被害を何も考えずに、存分に力を振るえれば、貴女はあの天狗と私を同時に相手取れる実力者なのよ」
「だからって、私が逃げればパチュリーはどうするのよ」
「……最初から、結論なんて決まってるのよ。終わりよければ全て良し。それがこの世の理だから」
言ったパチュリーは、霊夢より一歩前に出る。それに呼応した棗の笑顔が、より残虐性を纏っていった。
だからって、認められるはずがない。
それが最善と言われたって、認めて良い筈がない。
何よりも、これ以上の犠牲を受け入れること等出来はしない。
「嫌よ」
「……何故」
「理由なんて言わない。パチュリー一人に良い所を持って行かれるなんて御免だわ」
「何言ってるの?」
「理解しなくて良いわよ。意地でも戦ってやる」
「そう」
パチュリーは、そこで説得を諦めた。
もう何を言っても無駄だと悟った。もう、決して揺るがないだろうと察した。
そして、パチュリーは何処までも優しかった。
「じゃあ」
「えぇ。一緒にぶっ飛ばすわよ」
「さよなら、霊夢」
告げるのはたったそれだけ。
いつの間にか、彼女の右手には一枚の紙が握られていた。それは、紛れも無くスペルカードそのもの。
木符『シルフィホルン』
それは、風に舞う木の葉をイメージしたスペルカード。ただし、今はそれはスペルカードと言う遊びの範疇を超えた、殺傷するに足る力を持つ。故に、発生する風は生半可なものではなかった。
味方からの不意打ちを予期していなかった霊夢は、なす術も無くアリスと共に上空へと投げ出されてしまう。
「あのバカッ……!」
悪態を付きながら体を制御し、何とか視線を下に向ける。
パチュリーが右手の親指を立ててこちらに向けている。よく見ると、口を動かしていた。
『頼んだわよ。貴方は幻想郷の希望なのだから』
そう動いていた。
霊夢の中の何かが折れかけていた。また目の前で犠牲が増えるのか。望んでもいない選択で、無くて良い犠牲が増えるのか。
「……」
もう、最後にしよう。
一世一代の覚悟を無駄にしないで、機会を窺え。猪になって、勘を頼りに解決する異変はもう終わったのだから。
「ありがと」
小さく、本当に小さく霊夢は呟いた。
そして、森の出口へと、アリスを抱えて飛んでいく。
「お姉さん、中々優しいね」
「そうでもないわよ」
「そう? ま、良いか」
「始めましょうか。貴女の一方的な戦いを」
「お姉さんも逃げていれば見逃していたかもしれないのに」
「火水木金土符『賢者の石』。私の使命は逃げることでも、勝つことでもない。出来る限り時間を稼いで、残った者達に希望を繋ぐこと。その為なら、百年生きたこの命、散らしてみるのも一つの華よ」
無謀だって構わない。
「……さようなら、レミィ」
永久の孤独に生きる、魔法使いの最期の舞が人知れず幕を開けた。