東方覚深記   作:大豆御飯

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第二章六話 魔法使いの選択

「どうなったの……?」

「分からないわ。ただ、好ましい状況じゃなさそうだけど」

 

 文のスペルカードが途切れたすぐ後に、二人は己のスペルカードを解除した。スペルカードを宣言したままにして、咄嗟の出来事への対処が遅れると不味いと思ったのだ。

 弾幕によって荒らされた視界が、徐々に回復していく。跳ねた泥の匂いや焦げた匂いが一層濃くなっていく。刹那が過ぎる度に増していく緊張。

 だんだんと飽和状態に近づく緊張。それが、限界まで入れた風呂の水が溢れる様に、一瞬で溶けた。

 意識の無いアリスが二人の元に投げ飛ばされてきたのだ。骸の様に手足を投げ出したアリスが足元で伏している。けれど、二人にアリスに深く反応している余裕が無かった。

 目線の先に、目を背けたくなる人影が現れたからだ。

 

「中々危なかったよ。三人とはいえ、よく私をここまで追い詰めたよ」

「……ハンデ有りでも、突破出来なかった様ね」

「その通り。そのお姉さんはもう使えないから返すけど、もう一人居たお姉さんはこっちで有意義に使わせてもらうから」

 

 へらへらと笑いながら、こちらに歩み寄ってくる棗。その傍に、共に戦っていたはずの文の姿は無かった。

 言葉が口から出てこない。余計なことを言うだけで、崩れかけで保っている何かが全て瓦解すると確信できる。

 

「霊夢」

「……何よ」

「逃げてもらえるかしら?」

「何でよ。二対一の方がまだ……」

「いえ、それは慢心よ」

 

 もう、パチュリーに隠す気は無かった。普段の会話の声で霊夢に言う。

 

「貴女は、単騎で戦う方がずっと強い。周りへの被害を何も考えずに、存分に力を振るえれば、貴女はあの天狗と私を同時に相手取れる実力者なのよ」

「だからって、私が逃げればパチュリーはどうするのよ」

「……最初から、結論なんて決まってるのよ。終わりよければ全て良し。それがこの世の理だから」

 

 言ったパチュリーは、霊夢より一歩前に出る。それに呼応した棗の笑顔が、より残虐性を纏っていった。

 だからって、認められるはずがない。

 それが最善と言われたって、認めて良い筈がない。

 何よりも、これ以上の犠牲を受け入れること等出来はしない。

 

「嫌よ」

「……何故」

「理由なんて言わない。パチュリー一人に良い所を持って行かれるなんて御免だわ」

「何言ってるの?」

「理解しなくて良いわよ。意地でも戦ってやる」

「そう」

 

 パチュリーは、そこで説得を諦めた。

 もう何を言っても無駄だと悟った。もう、決して揺るがないだろうと察した。

 そして、パチュリーは何処までも優しかった。

 

「じゃあ」

「えぇ。一緒にぶっ飛ばすわよ」

「さよなら、霊夢」

 

 告げるのはたったそれだけ。

 いつの間にか、彼女の右手には一枚の紙が握られていた。それは、紛れも無くスペルカードそのもの。

 木符『シルフィホルン』

 それは、風に舞う木の葉をイメージしたスペルカード。ただし、今はそれはスペルカードと言う遊びの範疇を超えた、殺傷するに足る力を持つ。故に、発生する風は生半可なものではなかった。

 味方からの不意打ちを予期していなかった霊夢は、なす術も無くアリスと共に上空へと投げ出されてしまう。

 

「あのバカッ……!」

 

 悪態を付きながら体を制御し、何とか視線を下に向ける。

 パチュリーが右手の親指を立ててこちらに向けている。よく見ると、口を動かしていた。

『頼んだわよ。貴方は幻想郷の希望なのだから』

 そう動いていた。

 

 霊夢の中の何かが折れかけていた。また目の前で犠牲が増えるのか。望んでもいない選択で、無くて良い犠牲が増えるのか。

 

「……」

 

 もう、最後にしよう。

 一世一代の覚悟を無駄にしないで、機会を窺え。猪になって、勘を頼りに解決する異変はもう終わったのだから。

 

「ありがと」

 

 小さく、本当に小さく霊夢は呟いた。

 そして、森の出口へと、アリスを抱えて飛んでいく。

 

 

 

「お姉さん、中々優しいね」

「そうでもないわよ」

「そう? ま、良いか」

「始めましょうか。貴女の一方的な戦いを」

「お姉さんも逃げていれば見逃していたかもしれないのに」

「火水木金土符『賢者の石』。私の使命は逃げることでも、勝つことでもない。出来る限り時間を稼いで、残った者達に希望を繋ぐこと。その為なら、百年生きたこの命、散らしてみるのも一つの華よ」

 

 無謀だって構わない。

 

「……さようなら、レミィ」

 

 永久の孤独に生きる、魔法使いの最期の舞が人知れず幕を開けた。

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