結局、当たらなければ意味が無い。どれだけ強力な一撃を見舞うことが出来たとしても、相手に当たることが無ければ全てが無意味。
我ながら、安い挑発に乗ってしまった、と傷だらけの棗は少しばかり後悔するが、全ては過ぎ去ったこと。手負いの現状では、小細工を使わずに撤退するのは容易ではないだろう。その上、どういう理屈かは分からないが、目前の敵である小町は距離を操る。
それを考えると、世界そのものに干渉しなければ逃げることは不可能であると言えるだろう。
「……面倒臭いね」
「そうかい? あたいとしては、中々に楽しいんだけど」
笑みの混じったその言葉を聞いて、棗は顔を歪めた。
楽しい。つまり、小町は本気を出していないこととなるのだ。認めたくはないが、棗自身はある能力を封じて戦っていたこと以外は全力で戦ったつもりではある。
小町の言う通り、『外』と『中』の相性が最も大きな要因なのだろうが、それでもここまでの差が生まれてしまうというのか。それが、納得いかなかった。
「しかし、アンタはまだ全力じゃないじゃないか。さっきの穴も含め、まだ隠し玉はあるんじゃないかい?」
「だからって、そうそう使うもんじゃないよ」
「そう、か。どちらにせよ、使うなら早めに使うことをお勧めしよう。勝負を売ってきた者にそうそう慈悲をかけるあたいじゃないんでね」
「つまり、私を殺すと? お姉さんの探し人の情報を握る、他でも無い私を?」
「白昼堂々、単身で博麗の巫女の前に姿を現したこともあるし、ここまで痛めつけられてもまだ逃走を考えない辺り、アンタには共犯者が居るだろう。そいつに聞き出せばそれでいい」
淡々と並べられた言葉に、嘘偽りの心は無い。いざとなれば、彼女は本当に棗を殺し、次なる相手に手を掛けるのだろう。
それはそれで一つの結末。選択肢として存在するものの内の一つなのだろう。
ただ、棗はそれではダメだと思った。
棗は、他人には何処までも残酷になれる存在だけれども、心を許した相手には際限ない優しさを注ぐ存在でもあるのだ。
心の奥底では、彼女も外見相応の少女でしかないのだから。棗は、決めた。
「分かったよ」
「お、乗り気になった?」
「全力を出してあげる。だから、さっさと決着にするよ」
宣言した。
内だけの干渉を、外の世界へと向ける。使いたくはなかった手段で、目の前の小町だけは黙らせると決めた。
ただ一つ、小町が浮かべた笑みを見逃したのが失敗だったかもしれないが。
「行くよ」
「何処からでも相手をしてあげるよ」
棗がその掌を宙にかざす。それだけで、空間に穴が開いた。何色とも取れない奇妙な色のその穴に、棗は躊躇なく飛び込んだ。
その場に居るのは小町だけになる。ふと赤い髪が風に揺れた。
その直後、小町の背後の空間が割れた。亀裂が走り、まるで硝子の様に砕けた。
「後ろ……!」
咄嗟に小町はその亀裂と自分の距離を離す。安全圏に退避し、冷静に次に起こることに対処するためだ。
しかし、
「逃げられると思った?」
冷徹な声と共に、小町の背中が蹴り飛ばされた。来ると思ってなかった位置からの攻撃に、小町は反応する暇も無く地面に倒される。
泥が口の中に入り込み不快感を生み出すが、それに細かく反応している時間はない。俯せの状態から急いで起き上がり、棗の居るであろう方向に向き直る。
だが、そのことに集中し過ぎて、またしても背後に生まれた穴に気付けなかった。
背中に衝撃が走る。同じように蹴られたと気付くのに時間は掛からなかったが、棗の移動を理解出来ない。
今度は俯せのまま、冷静に考えようとする。何か不自然な点は無いか。有り得ない点は無いか。
結論は簡単。その全てだった。
「お姉さんの操るものは、所詮この世界のものよね」
「……まぁ、そうなるね」
「でも、私の操ったものは、あの二人を沈めた力と同じで、この世界のものじゃない」
何かの皮肉かの様に、棗は言った。
「条件が同じなら、ごり押し出来るんでしょう? なら、今のお姉さんに勝ち目は無いんじゃない?」
「無いね」
棗の予想とは裏腹に、小町はハッキリと答えた。まだ、その余裕は消えていないことに、棗は若干の苛立ちを浮かべる。
「ただ、アンタは世界を嘗め過ぎているかもしれない」
「どういうことよ」
「いずれ分かるさ。ただ、あたいはアンタの突破方法を既に見付けたけれど」
「そう。成功すると良いわね」
「そう思うよ」
交わされた言葉はそれだけ。
二人の操る者は、再び戦いを始める。