「……はぁ、厄介なことになってしまったねぇ」
「どうしたのさ、さっきまでの威勢はどこに行ったの?」
棗が言った通り、条件が揃った瞬間から、小町は劣勢となった。それでも小町は棗の動きを先読みし、何とか粘っている。しかし、それは勝ちを齎すものではなく、時間稼ぎの様なものでしかない。もはや、小町に勝ちの望みは無いに等しい。
泥に汚れ、至る所に打撲の跡や擦り傷が刻まれた小町は、それでも体の芯を真っ直ぐに立っている。
「私の突破方法、見付けたんじゃないの?」
「それを実行するに足る隙が見付けられなくてね。
「そう、つまんないの」
「そう言うなら、隙を作って欲しいよ。アンタによりも、隙を見付けられないことに厄介だと言ったんだから」
劣勢に立たされてなお、小町の余裕は消えていなかった。口の端を僅かに上げて見せた笑みは、まだ負けを考えていない。本当に、一瞬の隙を見つけて一発逆転をしてくる様な、根拠の無い不安が棗の心の底で渦巻き始める。
「……さっさと決める方が良いわね」
「だったら、あたいも一つ賭けにでるとしようか」
「出来るもんならやってみると良い。私は、そんなことさせないから」
自分が言い終わるより早く、棗は動き出していた。空間に穴を作り出し、やはり躊躇無く飛び込んでいく。
対する小町はその場で静かに目を閉じる。全ての神経を聴覚に集中させ、目で反応出来ない出現場所を音で判断するためだ。
スッと、全ての雑音が消える。ただ必要な音を聞き漏らさないように、小町は完全に意識の空間に入り込む。
静寂の意識の中、体感的に左側から硝子の割れる様な音が炸裂した。一瞬で反応した小町は、両手に握った大鎌を後方へ向けて全力で薙いだ。
鈍い衝撃が両手に伝わる。今までの棗の行動から出現位置を予測したが、それは上手くいったらしい。しかし、その衝撃から分かる通り、手に伝わった感触は肉を裂いたそれではなかった。
「惜しかったね」
目を開くと、鎌の先端よりも内側に入り込んだ棗が、鎌の柄を両手で握っていた。見かけ重視の大鎌故の弱点がここに来て露見した、と思いながらも小町は次の手を考えようとする。
だからこそ、棗は次の行動を速やかに実行した。具合的には、力任せにその鎌を振り回したのだ。この世界の力とは少しばかり違う棗の力は、生身の人間では到底不可能な力技を強引に成し遂げる。鎌を握る小町を振り回したまま、全力で木に投げて叩きつけた。
不完全な悲鳴を上げ、小町の体が不自然な方向に曲がる。衝撃で体の芯が貫かれ、その手から遂に鎌が零れ落ちた。
一瞬にして立つ力を失ってしまった小町の目に、一対の足が映る。ただ、どれだけ届きそうなものでも、もはや干渉することは出来ない。
「いやぁ……上手くいったと思ったんだけどねぇ」
「流石に、ここまで完璧に読まれるとは思ってなかったけどね。お姉さん、惜しかったわ」
最後にして最大の称賛を送り、そして棗は宣言通り、小町もまた魔理沙達と同じ運命をたどらせることにした。
意識のあるままにしたのは、彼女なりの優しさの表れか、せめて最後に真相を見せてあげようと思ったのだろう。自分に相性を教えてくれたことに感謝の意を籠めて、彼女にだけは真相を教えてあげようと。
「それじゃあ、さようならね」
静かに手をかざす。言葉では表せられない音と共に、『この世界』と『違う世界』を結ぶ穴が開かれる。徐々に、その穴に体を飲み込まれていく小町。
その横顔にまだ諦めではない笑みが浮かんでいたのは、やはり失敗だったのかもしれない。
「なるほどね」
「……何?」
体の大半が飲まれた小町から漏れた声に棗は純粋な疑問を浮かべた。
次の瞬間、圧倒的な光量が棗の視界を奪った。何かが爆発したかの様な光は視界だけでなく、瞬間的に平衡感覚すらも曖昧にする。なので、棗にはその光の出所がまだ分からなかった。
もし遠くからその光景を見ているものが居れば、直ぐに理解していただろう。
その光は、世界を繋ぐ穴から放たれていたことに。
「く、そ……何が起こったの!?」
何かが真横を通り過ぎた感覚がして、棗は無理にでも目を開き、過ぎていった方向へと視線を向ける。
そこには、ぐったりとした一つの影を抱える一人の少女の姿が、曇り空の切れ目から射した陽の光を浴びて、シルエットとして浮かび上がっていた。
その影からハッキリとした声が聞こえる。
「星符『ドラゴンメテオ』!!」