東方覚深記   作:大豆御飯

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この話から、登校時間は固定で午後五時とします。ご了承ください。


第三章 紅く幼い昼時の月
第三章一話 妖の郷の敵


「さて、次のターゲットは誰だったかしら? 確か……」

「あれ、撫子ったらそんなことも忘れたの?」

 

 一仕事を終え、まだ涼しい霧の湖の湖畔で浅茅撫子が休んでいると、何処からか酸漿棗が現れた。前触れを感じさせない登場だったが、彼女等にとってそれは日常茶飯事でしかない。

 無邪気な笑みを浮かべながら棗は撫子に擦り寄る。これもまたいつものことなので、撫子は特に拒絶したりしない。けれど、そんな棗の体に真新しい傷があるのを見て少し表情が険しくなった。

 

「……何かあったの?」

「ん? まぁ、あったと言えばあったよ。成功も失敗も両方ね」

「そう……ま、棗が無事だったから良いんだけど」

「あれ、気にならないの? 何があったかとか」

「どうせ棗のことだから、アイス落としたとかそんな話でしょう?」

「違うよ!! て言うか、そこまで幼くないし!!」

「私から見れば、棗はずっと子供なのよ」

「三歳しか変わらないじゃん」

「そうだったわね」

 

 素のままで会話をする二人は、さながら年相応の姉妹の様だった。まだ彼女等は十五歳と十二歳。裏ではどれだけ冷酷な存在を演じようと、それらは全て偽りの正確でしかないのだろう。

 

「でも、本当に大丈夫? 見るからに痛々しいんだけど……」

「大丈夫だって! ちょっと転んだだけ!」

「本当は?」

「喧嘩した!」

「……本当、無事でよかったわ……変な無理はしていないでしょうね?」

「そんなことしないって」

 

 実際は無理しまくっていたのだが、変な心配を掛けたくなかったのだろう、棗はハッキリとは伝えなかった。少しもじもじしていた棗だったが、不意に撫子に抱きしめられるのであった。低身長の棗の顔は比較的高身長の撫子の豊満な胸に埋まる。割と本気で呼吸を遮られているが、どうやら撫子に気付いている様子は無い。

 一瞬生命の危険を感じた棗は、持てる力を思い切り使って撫子を引き剥がす。少し残念そうな表情を浮かべる撫子だが、棗が噎せているのを見て申し訳なさそうな表情に変わった。

 

「ふぅ……少しは自重してよぉ」

「ごめんなさい。少し感情が入ってしまったわ」

「うん、次からは気をつけてね?」

「善処するわ」

 

 とは言え、あの柔らかさやら何やらが羨ましくて忘れられない棗であった。絶対に三年であそこまでの成長は出来そうにない現実に、内心泣いている棗十二歳。

 

「さて、と。次のターゲットは誰だったかしら?」

「あれ、さっきも言ってなかったっけ?」

「そうだったかしら? 決めといたはずなのに思い出せないのよ」

「……ボケた?」

「そ、そうじゃない……はずよ。まだ若いもの。いつもの忘れ癖よ」

 

 割と本気で狼狽える撫子。普段から物を失くすことや忘れることが多い彼女にとって、この話題は禁止事項なのだ。

 

「本当に忘れたの?」

「情けないことにね……」

「ほら、言ってたじゃん。何だっけ、紅魔館の当主だとか何とか」

「そう、それよ!! 紅魔館当主、レミリア=スカーレットよ!! いやぁ、覚えていてくれてありがとう!」

「普通忘れないよ」

「そうよね……」

 

 大事なことを忘れたことが、相当堪えているのだろう。一々ダメージを受ける撫子であった。

 紅魔館当主レミリア。幻想郷のパワーバランスの一角を握る紅魔館の頂点に立つ最高峰の妖である。純粋に力の強い吸血鬼であり、更には運命を操る力をも持つ非常に強力な存在だ。その実力はこの幻想郷でも十の指に入ると言っても過言ではないだろう。

 裏を返せば、そんな彼女を狙うということは相応のリスクが伴ってくる。まして、相手はレミリアだけでなく紅魔館なのだ。時を操るメイド長を中心に、決して侮れない戦力が揃っている。

 

「我ながら、危ないところに出向くものね」

「……怪我しないでよ? 帰ってきてよ?」

「安心しなさい。私はそう簡単に傷ついたりしないわ」

「本当?」

「えぇ」

 

 心配そうな顔を浮かべる棗の頭を、撫子は優しく撫でた。

 

「そう簡単に居なくなるようなら、私は最初から貴女達と一緒に居たりしないわ。それに、棗もさっき戦地からこうして戻って来てるじゃない」

「私は私じゃん」

「でも、棗に出来たことは、きっと私にも出来るのよ。例え、使える力が棗程優秀じゃなくてもね」

 

 二人は、共に限りなく似た違う力を持っている。総合的には等しい力だが、戦いという面でなら明らかに棗の方が強い。

 だからこそ棗は心配しているのだ。

 けれど、撫子にとって戦力は関係無いことなのだ。

 

「それに、戦わずともレミリアを落とすことは出来るわ」

「……どうやってさ。ぶつからないとダメじゃないの?」

「『力』を中心に据えた棗だったらね。『物』を中心に据えた私なら、別の方法が有るわ」

 

 撫子の顔はいつになく得意気だった。姿勢を正し、湖畔の反対に見える紅魔館を見据えて彼女は続ける。

 

「それじゃあ行ってくるわ。氷の妖精の延長戦にね」

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