紅魔館には妖精メイドやらホフゴブリンやら大量の召し使いが居る。広大な屋敷を端から端まで掃除をするのは流石に無理があるからだ。量より質、例え何人かがサボろうとも関係無いのだ。
ただし、その何人かがあまりにも多過ぎると話は変わってくる。
「はぁ……」
紅魔館メイド長、十六夜咲夜は長い廊下の真ん中で少し溜め息を吐いた。別に今やっている掃除が辛いと言う訳ではなく、自分以外に掃除をしている者が居ないというこの状況に溜め息を吐いたのだ。
確かに、今までの経験で分かってはいるのだ。妖精メイドは根本的に自分のことで精一杯なのだと。何かイベントがある時しか妖精メイドは当てにならないのだと。
分かっていても、心の片隅では期待している自分が居る。と言うか、ホフゴブリン位手伝ってくれても良いじゃないか。
今まで数多もの回数熟してきた掃除も、少しは楽をしたい。そんな小さな願望を胸に抱く咲夜であった。
「この廊下が終わったら食堂ね。その後は美鈴の様子も見に行かないと」
いつまでも愚痴を浮かべる訳にもいかない。気を取り直した咲夜はモップを左手で握り、空いた右手で音を鳴らした。
途端、咲夜以外の全てが止まった。正確には、世界そのものの時間が止まったのだ。様々な動が静へと変わった中、咲夜は掃除を再開する。
この時間の止まった中で掃除にどれだけ時間を掛けようと、実際の時間は刹那の時も経たない。妖精メイドが動かない分咲夜が全てしなければならないので、こうでもしないと一日では終わらないのだ。
手際よく丁寧に、それでかつ素早い彼女の動きには何一つとして無駄が無い。極限まで洗練された動きは見ている者が居たのなら感動を与えていたかもしれない。しかし、いまこの光景を見る者は誰一人として居なかった。
程無くして廊下の掃除も終わり、時間は再び動き出す。何も知らない者が見たら、廊下が一瞬で綺麗になる異様な光景だが、生憎と見ている者は居なかった。
「さて、食堂に行こうかしら。ついでに少し休憩も挟みましょうか」
掃除道具を抱えて食堂へと歩き出す。館内移動と雖もこの屋敷は広い。部屋を移動するだけでも一苦労だったりする。
移動の途中、バケツの水を変える為に炊事場によって見れば妖精メイドが自分の朝食を作っていた。どう考えてもゲテモノになりそうな味付けの朝食を見て頭を痛めながら、咲夜は用が済むと炊事場を離れた。
紅魔館の食堂は無駄に広い。無駄と言ったのはまさにそのままで、一度に五人程しか食事をしないのに席が百程有ったりするからだ。特にここでパーティを開くことも無く、まさに無駄に大きい食堂なのだ。メイド長を務めている咲夜自身、この広さをたまに疑問に思ったりする。声にはしないけれど。
「さてと、始めましょうか」
食堂の掃除はテーブルがある分やることが多い。のんびりしている時間は無さそうだ。床の上にバケツを置きモップを入れて濡らしながら、ざっと全体を見渡す。急げば一時間程で終われるので、昼食には間に合いそうだと考えた咲夜は能力を使わないことにした。
さて昼食はどうしたものか、等と考えながらジャブジャブしていると、食堂の扉が大きな音を立てて開け放たれた。
「扉は静かに開けなさい!」
「そ、それどころじゃないんですよぉ!!」
咲夜の注意を流したその妖精メイドは切羽詰まった様子で咲夜へと走り寄ってくる。
「何があったのよ」
「お、お嬢様が……お嬢様が!!」
「お嬢様がどうしたの?」
「暴走しているんです!!」
何を言っているのか、お嬢様の暴走何て日常茶飯事ではないのか。と怪しげな視線をその妖精メイドに送る咲夜だったが、一瞬でその状況が変わった。
館内に甲高い悲鳴が響いたのだ。
「何……?」
「だから、お嬢様が……!!」
咲夜の記憶が正しければ、今の悲鳴は妖精メイドの内の一人のもので間違いないだろう。
では、その妖精メイドに何があったのか。様々な予想を立てるが、中々これと言った答えが浮かんでこない。
ならば、目前の妖精メイドの言葉しか信じるものは無いのではないだろうか。お嬢様が暴走しているというその言葉を。
「教えて、暴走って具体的には?」
「は、はい! えっと、その……突然暴れ出しまして、他の仲間が止めに入ったのですが既に言葉が通じる状態では無く、今は無差別に破壊活動を……」
相当焦っているらしいその妖精メイドは早口で教えてくれたが、いまいち実感が湧かない。実際に見た方が早いと判断した咲夜はその妖精メイドに一つの命令をした。
「貴女に一つ指令を与えるわ」
「は、はい! 何でしょうか?」
「速やかにこの館内から私とお嬢様以外の全員を退避させなさい。お嬢様は吸血鬼だから今は外には出られないから」
「で、でも私じゃ……」
「弱音を吐いている時間じゃないわ。少しでも遅れるとどれ程の存在が消えるか分かったものではないの。時間なら稼ぐから」
「……最善を尽くしますが、あまり期待はしないでください……」
「最初から過度な期待はしてないわ。だから、貴女でも間に合う様に私が時間を稼ぐと言っているの」
少し語気を強めた咲夜の言葉にその妖精メイドは少したじろいだが、やがて決意を固めた。
「……分かりました。やってみます」
「頼むわ」
「咲夜さんも、御無事でお願いします」
「生憎と、主君の前で力尽きる無様な従者じゃないの」