東方覚深記   作:大豆御飯

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第三章七話 二色の紅

 カツン、と紅魔館の廊下に革靴の音が響く。ゆっくりと、一歩一歩確実に且つ堂々と進むレミリアは、さながら女王の様だった。

 しかし、それは真の彼女ではなく、力に取り込まれた偽りの姿。外見に変わりは無くとも、表層的な内面は冷酷にただ血を追い求める存在と化している。

 

(見事に誰も居ない。咲夜か誰かが全員を退避させたのかしら)

 

 深層的な内面に残った彼女の本当の心はあくまで冷静であった。自分の置かれた状況を飲み込み、それでいて楽しむレミリアは本当に落ち着いている。

 

(果たして、それが幸となるか不幸となるかよね。確かに被害は減るけれど、咲夜自身に掛かる負担は確実に大きくなる。どう考えても、狙いは咲夜ただ一人に限定されるのだから)

 

 無表情のまま、淡々と廊下を歩いていく。体の制御を奪った力も、特に荒れる様子が無い。少なからず本当の自分の影響を受けているのだろうか、そんな考察を挟みながらも、レミリアは頭を休めない。

 自分の従者を試しているかの様なレミリアは、ただ咲夜に残っているであろう光明を探る。

 

(如何に私の弱点を突くか、そこがポイントとなるのは間違い無いわよね。咲夜のことだから、吸血鬼の弱点なら網羅してると思うし、その中で咲夜が何を選択するかよね)

 

 自分で自分を倒す手段を考える。そんなあまり体験しないこと自体を深く味わう暇は無い。何よりも、レミリア自身の自覚していない焦りが、兎に角何かを考えないと平静を保つことを許してはくれない。

 そんな時だった。レミリアの耳に小さな足音が聞こえた。制御の奪われた体は自然的にそちらへと向く。

 そこに居たのは、

 

(フラン……!?)

 

 紛れも無くレミリアの妹、フランドールだった。何かを求める様な笑みを浮かべるフランドールに、レミリアは何か不穏なものを感じ取る。今の状況では絶対に相対してはいけなかったと確信出来る、そんな何かを感じ取る。

 先程まで心に合った楽しみが一気に冷めていく。奥底で燻っていた焦りが、一気にレミリアの本心に喰らい付いてきた。

 

(何か……何か手は無いの……!? フランと戦うことになってしまえば、どう考えても互いの被害が大き過ぎる。何とか回避したいけど、体の制御が出来ない以上何も出来ない……!)

 

 考えれば考える程、レミリアは自分を追い詰めていく。けれど、その焦りも今の体に現れることは無く、ただ無表情にフランドールと相対している。

 

「お姉様……?」

 

 フランドールの僅かに疑問の籠った声が響く。焦りを募らせるレミリアの思いも虚しく、時は刻一刻と流れていく。その一瞬一瞬で焦りが募っていくレミリアの本心の思いは世界には届かない。

 無慈悲にも、レミリアの体はスカートのポケットから一枚のスペルカードを引き抜いた。

 神槍『スピア・ザ・グングニル』

 それは、たった一段の弾を極限まで破壊に特化させた特異なスペルカード。出現させた球を潰してしまう程の力で握り、大きく振りかぶる。目を背けようともそれが出来ない現実に、レミリアは抵抗することは出来ない。

 空を裂き投げ放たれたその一弾は、その名の通り槍の様に変形する。耳を劈く様な轟音を撒き散らし、一直線にフランドールの首筋を狙う。

 けれど、その一撃がフランドールを貫くことはなかった。その直前に、他でも無いフランドールによって阻まれたのだ。

 

「禁忌『レーヴァテイン』」

 

 あまりにも巨大な炎の剣。槍の一撃が当たる直前にその剣でもって弾いたのだ。フランドールを中心に衝撃が辺りを駆け巡り、廊下の窓が震える。

 刹那的に増した極度の緊張がその場を支配する。二度三度、何かを払う様に剣を振ったフランドールは、先程浮かべていた笑みを残酷なものへと変化させる。

 

「お姉様だったのね。さっき感じた戦いの衝撃の元凶」

 

 更に剣を振り払い、一歩一歩近付いてくる。具体的な戦闘力の差は上手く把握出来ないけれど、レミリアの考える通り、強大な力がぶつかり合えば、当事者よりも周りの被害が大きい。まして、それが当事者にとっても命懸けの戦いならば、周りへの被害は更に大きくなる。

 だからと言って、何が出来る訳でもない。今のレミリアに出来ることは、精々最も危険な所から眺めることしか出来ない。

 

「どうやら今のお姉様は、本当のお姉様じゃないみたいだし、止めてって言っても無駄だろうしね」

 

 迫ってきたフランドールとの距離は、遂に絶対的な範囲に入る。二人ならば一度の跳躍をするだけで懐に入り込める絶対的な範囲。

 一触即発の状況の中、火蓋を切る言葉が響いた。

 

「手加減は無しだよ。どっちが強いか、決着にしよう」

 

 

 

 

 

 淡々と戦いの準備を進めている咲夜と美鈴の二人。黙々と作業を続けていたからか、既に水は十分すぎる程の準備が出来ていた。

 

「さて……もう良いかしらね」

「……そう、ですね。これだけあればかなり抑制出来ると思います」

「後は、お嬢様を如何に食堂に誘い込むかよね。安全面を第一に考えると、出過ぎた囮も良くないし……」

 

 二人が考え込んでいる、その途中だった。

 突然、紅魔館全体が大きく揺れた。地震のそれとは大きく異なり、大きな衝撃によって強引に揺さぶられている様な感触。あまりに突然の出来事に二人は辺りを見回す。けれど、そこにあるのはキッチンの地味な壁だけだ。

 

「何があったのかしら……!?」

「分かりません……ただ、自然的なものではないのは確かです」

 

 今の二人にとっての危険性が少ないと分かると、直ぐに状況の飲み込みに入る。

 

「じゃあ、誰かの手によって起こされたと言うことよね」

「そうなります。だとすると、現状考えられるなら……」

「お嬢様、ね」

 

 咲夜の言葉に美鈴が頷く。認めたい訳ではなく、寧ろ美鈴は豹変した後のレミリアと対峙したことも無い。どのような状態かは分からないけれど、対峙経験のある咲夜の同意は、美鈴の考えを裏付けると言うに足るものだった。

 

「つまり、逆にチャンスですよ」

「お嬢様の場所が比較的容易になったとか?」

「そうです。紅魔館全体を揺るがした程ですから、もしも断続的に起こしてくれるならば必ず相応の音が伴います」

「その音を頼りにしたら、お嬢様に会えるって訳ね」

「上手くいけばの話ですけど」

 

 控えめな美鈴の付け足しを聞き流した咲夜は、少し考えてから美鈴に支持を出した。それから、咲夜は一人でキッチンを出て行った。

 

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