美鈴は極めて冷静だった。体を横に向け、レミリアの攻撃に対してどこからでも反応出来るように集中力を研ぎ澄ます。
(お嬢様の攻撃は反応出来ない程の速度ではなかった。自分の力を過信するのは良くないけれど、私程度で何とか出来るかもしれない)
何とか出来たとして、その先でどうするのか。その算段はまだだけれど、もうやるしかない。今の美鈴にとって大事なのは、戦うことだけなのだから。
ただひたすらに静寂が流れていく。互いに相手の行動を窺い、また自らの隙を一切見せようとしない。
(美鈴の判断は懸命ね。実力差は目に見えている訳だから、下手をしたら勝負は一瞬で決まる。だったら、一手目は確実に取らなければならないから)
思考だけを保ち続けるレミリアは、あくまでも冷静を装っている。今の暴走した己の力を曖昧でも分かっているレミリアは、美鈴が勝つ可能性を大方理解出来る。それは。決して高い訳ではなく、寧ろ限りなく零に近い。
(もし、私が手加減したならば万が一の可能性は掴められるでしょうけど……本気になってしまえば美鈴と私では比にならない。それに、美鈴が先手を取ったとして、その後の展開によってはあっと言う間に押し負ける)
考えたところで、やはり何も行動は出来ない。けれど、その先の展開は読むことが出来た。
(つまり、私にとってはいつ動いてもデメリットは無い。ならば、私が取る行動は決まってるわね。このままでいても何も進展はしないのだから)
レミリアがそう思ったその直後だった。その小さな二本の足が赤く彩られた絨毯の床を強く蹴り、一直線に美鈴の懐へと飛び込んでいく。
戦いの再開は極めて一瞬だった。音すらも遅れる様な、刹那の間に美鈴に接近したレミリアは、指を綺麗に揃えた右手を美鈴の腹部に真っ直ぐ突き出す。その尖った爪でもって、その腹部を抉る為だ。
そして、美鈴はそれを読んでいた。レミリアの速度、動き、それらを一瞬確認し、その突き出された右手に自分の右手を添える。そのまま、その一撃を体の横に逸らせ、手を交差させながら左手で掌底を放つ。柔らかい物を潰すような感覚と共に掌底はレミリアの顔に直撃する。
自らの推進力と、その力とは正反対に働く掌底により、レミリアの体は大きく仰け反る。生じた一瞬の隙が有れ、美鈴には十分だった。
攻撃を受け流した時、自然的にレミリアに向いた右肘を躊躇なく突き出す。
鈍い音が響き、レミリアの華奢な体が大きく跳ね飛ばされる。
「余談ですが、私が普段から演武を欠かさない拳法に太極拳があります」
両手を戻し、再び構えを取る美鈴。その声はのっぺりとしていて、いつもの明るい彼女とは懸け離れた冷徹さを秘めている。
「貴方はご存じないかもしれませんが、太極拳は柔の拳法とも呼ばれています」
絨毯の上に倒されたレミリアは、ゆっくりとした動きで体を起こす。先の一撃もレミリアにとっては大したものではないらしく、わざとらしく服に付いた埃を払った。
「柔能く剛を制す。例えどれ程の時間が掛かろうと、お嬢様の体を騙る貴方に自爆の道を教えて差し上げましょう」
美鈴が眼つきに鋭さを籠める。それを引き金に、レミリアが獰猛な笑みを浮かべ、猛撃を開始した。一手一挙動が運命を支配する、それを自覚している美鈴は平静を決して崩さない。
「ん……?」
ぼんやりと、まだ完全にとは言えないが、他に誰も居ない部屋の中で咲夜は目を覚ました。見覚えのあるその部屋は、先程美鈴と戦闘の準備をしたキッチンだ。恐らく美鈴がここまで運んできたのだろうか。彼女の気配りか、咲夜は椅子に座らされていた。
「全く、何なのよ……何か意図があってのことなのかしら……」
素の状態であれ、美鈴とレミリアには実力差が有り過ぎると咲夜は思っている。故に、双方が一対一で勝負をすれば、勝敗は目に見えているはずだ。咲夜はあくまでもメイドであり、そのような戦いに関しては、どう考えても美鈴の方が詳しい。力の差など、美鈴が一番分かっているはずだろう。
だからこそ、咲夜には分からなかった。美鈴が自ら一人になった理由が。
悪意でも何でもない、純粋な善意でこの様なことをしたことが、さっぱり分からなかった。
「まさか、私を戦地から遠ざける為に、わざわざこんなことをしたとでも言うのかしら……」
そうだとしたら、素直に紅魔館の外に運び出せば良いのだ。こんなハイリスクな場所で寝かせておかないで、もっと良い選択も有ったのだ。
咲夜の中で、様々な憶測が行き交う。それでも、一つだけ有る確かなことは、美鈴に猶予は無いということだ。兎に角、一瞬でも早く美鈴の元へ行かなければならない。
一瞬を無限に変えられる咲夜は、まだ残っているバケツを一つ手に取って、キッチンを飛び出した。
大豆御飯は太極拳やその他の拳法にそこまで詳しい訳ではありません。
描写がおかしくなるかもしれません。すいません。