東方覚深記   作:大豆御飯

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第三章十二話 紅の戦い

 レミリアの小さな体からはとても考えられない、強烈な蹴りが放たれる。もはや生物のそれとは思えない、鋼鉄の杭の様な過剰な一撃が、美鈴ただ一人に向けて放たれる。その足に空気が圧縮され、爆発する様な音が爆ぜた。

 美鈴は避ける素振りを見せない。ただ、その足の裏に合わせる様に体を後ろに動かして衝撃を和らげる。それでも冗談の様な衝撃が胸部を貫いたが、美鈴は気にせずにその足を掴み、回転させながら横に投げる。

 それでもレミリアは度重なる攻防でボロボロになった床に足をつけ、隙も見せずに再度攻撃を仕掛けようと強く蹴り出す。右手の紅く鋭い爪を突き出し、美鈴に突き刺す為に。

 それを漠然と予想していた美鈴は直ぐに態勢を整え、その攻撃に対応した。体を回し、左手で攻撃を逸らせレミリアを背中側に流し、すかさず右肘を側頭部に直撃させる。鈍い音が鳴り、今度こそレミリアの体がボロボロの床に転がる。

 二、三歩距離を取り、再び構えを取る。その美鈴の体には、この戦いの中で出来た真新しい傷が幾つも有る。けれど、その痛みを顔には出さず、あくまでも無表情のままだった。

 

「ふぅ……」

 

 先程から何度も繰り返した極限のやり取り。気を抜いた代償は即ち命。極限の緊張に弱音を吐くことも許されない。

 

(チャンスが無い限りは絶対に攻めないこと……堅実に、何よりも慎重に……)

 

 同じ言葉を何度も何度も心の中で繰り返す。頬を垂れた汗が伝い、場面に似合わないくすぐったさを感じる。後方に上げた左手で頬の汗を拭い、唾を飲み込む。起き上がるレミリアのゴソゴソとした音以外には何も聞こえない。

 ゆっくりと、レミリアが再び立ち上がる。口元からは血が垂れて、身に纏う白い服は所々破れている。それでも、力に溺れるレミリアは笑っていた。

 背中に生える漆黒の翼を広げる。レミリアの身長程もある両翼の長さは、美鈴に威圧感を与えてきた。

 そして、その口が開かれた。嗜虐的な笑みのまま、決定的な一言を口にしたのを美鈴の眼は捉える。声は聞こえないけれど、確かに告げていた。

 

 飽きた、と。

 

「マズい……!?」

 

 美鈴の中の何かが明確に叫んでいる。だからこそ、美鈴は全力で横に跳んだ。拳法や戦法をかなぐり捨て、本能のままにボロボロの床に俯せに倒れ込む。

 その直後だった。美鈴が立っていた場所を、深紅の光弾が貫いた。空を裂き、音すらも裂いて放たれたその光弾は、その射線上に有った太い柱を容赦無く破壊した。

 大量の破片と化した柱が美鈴に降りかかる。大小様々な破片は単純な落下の速度や断片の鋭利さによって痛みを生み出す。けれど、そんな些細なことに意識を配る猶予は無かった。両手両足を使い、俯せの状態から必死に柱の陰に隠れる。たった今の破壊を見ればそれはあまりにも無意味であるとは思えたが、遮蔽物が有ることでとても小さな余裕が生まれる。それでも、それは物音一つで弾けそうなものでしかないが。

 次の一撃がいつ来るかは分からない。レミリアが歩いて回りこんでくる可能性もある。美鈴はそのどれ程か分からない時間を使って兎に角考える。

 

(どうする……? もう、受け流すとか、緩和するとか、そんなことが通用する様な力じゃない……仮にその戦法を続けたとしたら、確実に私の体が壊れる……!!)

 

 その時、隠れていた柱が轟音を上げた。巨大な塊は一瞬にして数多の破片へと成り下がり、真後ろに居た美鈴に襲い来る。細かい破片を目に入れない様に、固く目を瞑り、別の柱の陰に全力で飛び移る。柱に手を突いて隠れたと確信した美鈴は目を開き、素早く部屋の中の残りの柱の数を確認する。その本数は、今この柱を含めて二本。ただし、たった今の移動よりも距離が離れ過ぎている。

 つまり、この柱を壊されてしまえば、隠れることは出来なくなる。

 

(もう、やるしかない……!! 受け身は無理だって分かっているなら、やられる前に……もう、やるしかない……!!)

 

 柱に隠れたまま、静かに両の拳を握る。それと同時にレミリアの一撃が放たれた気がした。

 強く床を蹴り、自ら遮蔽物の影を離れる。二本の足を床に押し付け、しっかりと態勢を整えたその時には柱は粉砕されていた。

 粉塵が宙を舞う。

 再び面と向かってレミリアと対峙した美鈴は、両肘を曲げてゆっくりと構えに移行した。

 

「八極拳……」

 

 それは、『柔』ではない『剛』の拳法。

 キッとレミリアを睨みつけ、反撃の狼煙を上げる。

 

「いざ、尋常に!!」

 

 声はそれだけで十分だった。

 真正面から、何の小細工も無しにレミリアに立ち向かっていく。その無謀とも言える姿にレミリアは更に獰猛な笑みを浮かべて弾幕を展開する。それは、幕と言うよりも壁に近い密度で、もはや全てを回避しきることは無謀にも思える。

 ただ、美鈴には最初から避けるつもり等無かった。雄叫びを轟かせ、自分に最も近い一弾に向けて右肘を全力で振り抜く。

 風船が割れる様な音が室内に響いた。あまりにも強烈な一撃を受けたその光弾はベクトルを正反対に変え、更に幾つもの小さな光弾に分裂した。拡散し、互いにぶつかり合い、美鈴が作った小さな火種は爆発的に広がって、その弾幕に風穴を開けた。

 その間も一切足を止めることなく、レミリアに対して攻撃が当たる絶対のところまで到達する。至近距離まで近付いて来た美鈴に反応したレミリアが透かさず右手の爪を突き出してくるが、美鈴の方が一瞬だけ動きが速い。

 鈍い音が響く。回す様に放たれた美鈴の右肘が、的確にレミリアの左頬に炸裂した。

 けれど、レミリアは表情を崩さない。衝撃で顔は横を向いたが、その向きを治すことなく左手の爪を突き出す。

 湿った音が響き、爪が刺さった美鈴の右肩から鮮血が滴る。骨にまで達した一撃に、その表情が苦痛に歪むが、行動そのものは決して止めない。傷を負った右腕を無理やり動かしてレミリアの左腕に絡ませ、ガラ空きの腹部に左肘を連続して打ち込んでいく。一撃打ち込む度に肉を潰す様な嫌な感触が伝わってくる。

 けれど、そこまでしてもレミリアは笑っているた。丁度五発目の肘を打った直後のこと、突然美鈴の腹部に衝撃が貫いた。体内の全てのものが逆流する様な強烈な吐き気が込み上げ、体格差を無視して美鈴の体がいとも簡単に吹き飛ばされる。

 それが、レミリアの膝蹴りによるものだと気付いたのは、柱の破片が乱雑に散らばる床に背中を強打した時だった。肺の空気が押し出され、呼吸が派手に乱れる。しかし、止まっている時間は明らかに致命的。

 体は既に言うことを聞かなくなってきているけれど、震えながらも美鈴は上半身を起こす。

 ただ、目の前に広がっていたのは、深紅の弾幕だった。

 頭や腹部と言った限定的にではなく全身を、防ぎようのない衝撃が叩いた。

 美鈴に出来たことと言えば、精々両手で頭部を守る程度。そのなけなしの防御でさえ、圧倒的な物量で弾かれ、解かれ、無意味へと退化する。

 美鈴の中で、何かが壊れた。

 弾幕の猛攻が過ぎた時、そこに転がっていたのは血塗れの美鈴。もう動く気配は無く、両の瞳に光は無い。何とか出来る、そう思っていた過去の己は殺され、今はもうその傲慢の罪を受ける程度の存在まで成り下がっていた。

 

「は、はは……」

 

 乾いた笑みが零れる。ゆっくりと歩み寄ってくるレミリアはまだ笑っている。

 果たして、本当のレミリアがこの状況を見たら何と言うか、今はそれを想像する余裕すら持っていなかった。

 

 ただし、それは今の美鈴だけ。他の全員がそんな状態な訳が無い。

 

 美鈴の目と鼻の先にレミリアの小さな靴が映る。視界を上げる気力も無いが、何となく見下されているのは分かった。

 きっと、止め。

 目を閉じることもせず、漠然と遠くを眺めていた。

 そんな美鈴の目を覚ます様に、目の前に突然滝の様な水が落ちてきた。レミリアを濡らし、その動きを止めたその水は果たして何か。疑問を浮かべた瞬間には、瞳に映る景色そのものが変わっていた。それどころか、床に臥していた筈なのに、今は二本の腕に抱えられている。

 

「確か、逃げる時は一番危ない所に逃げろって言ったわよね」

「へ、え……?」

「その通りにしたらこの様よ。一体どう落とし前を付けてくれるのかしら」

 

 起こる様な声。それは、いつも聞いていた、どこか優しさの籠った声。

 

「生き残ったら説教よ」

「……咲夜、さん……?」

 

 美鈴を抱えているのは紛れも無く咲夜だ。目は真っ直ぐに美鈴を見詰めて、暗に視線で言ってくる。

 これで終わりなのか、と。

 

「何で、来たんですか……」

「美鈴が私を逃がす為に昏倒させたのは理解した。それで、美鈴に言われた通りに逃げたらこうなった。それだけよ」

「普通に、逃げればよかったのに……」

「生憎と、私は指示に忠実な人間なのよ」

 

 美鈴を床に立たせながら、咲夜は続ける。

 

「さぁ、次は何をしたら良い?」

 

 美鈴が返答するよりも早く、咲夜は太腿のナイフホルダーから一本の銀のナイフを手に取った

 




くどい様ですが、大豆御飯は拳法にそこまで詳しい訳ではありません。
『普通はそんなことしないよ』的な動きを書いている場合が有ります。
申し訳ありません。
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