東方覚深記   作:大豆御飯

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訳合って文章がいつもと違う感じかもしれません。
気にしないでください。


第三章十三話 砕け、その果て

(へぇ……ここに来て咲夜が戻って来たのね。舞台としては文句無しかしら)

 

 濡れそぼった体が再び動き始めた頃、レミリアの心は沸々と湧き上がる歓喜を感じていた。それが、果して何によるものかは分からないけれど、兎に角心が湧きたっていた。

 それは同時に、片隅にある不安を生み出させる。それは、体だけでなく、この残った心や意思までもが力に支配されていっているのではないかという、漠然とした不安。今この絶望的な状況に歓喜し、楽しむその心理こそが、何よりも証拠として十分過ぎる。

 思い返せば、この戦いが始まった当初から、楽しみと焦りを繰り返す様に感じてきた。それは、冷静に考えると普通の心理状況ではない。

 

(なるほど……もしかしたら、私自身の猶予も無いのかもしれないわね)

 

 けれど、レミリアは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 不安を打ち消して、段々と強まっていく破壊欲求。それは、レミリアは気付いていないけれど、もう止まることを知らない段階まで登っていた。

 

 

 

 

 

「本当に、戦うんですか……?」

 

 ナイフを構える咲夜の隣、美鈴が震えながらそう呟いた。既にいつもの明るさは消え失せ、咲夜すらも見たことがない怯えた表情を浮かべている。

 それに対して、咲夜は美鈴を一瞬見ただけで、それ以上の反応を示さなかった。ただ、美鈴にだけ聞こえる様な小さな声で、少しだけ告げる。

 

「今までだって何度も何度も負けてきた筈よ。私は、たった一度の敗北で戦いを投げ出す様な腰抜けを雇った覚えは、人生で一度も無いわ」

 

 氷の様な一言。告げた咲夜は笑わない。

 いつの間にか両手に指には三本ずつナイフが挟まっている。

 合図は無かった。レミリアと咲夜の目が合った瞬間に、時間が再び動き始める。

 数え切れない程の深紅の弾が部屋を包み、それに匹敵する程の量のナイフが空気を裂いて突き進む。

 音と衝撃が部屋を震わせ、呆然と立つ美鈴の長い髪が揺れる。

 物量に紛れた二人の姿は今、美鈴の眼には映らない。美しくも残酷なその光景を前に、美鈴はぽつりと呟いた。

 

「何でそう、無駄な足掻きをするんですか……?」

 

 紅と銀の幕の向こうから、悲痛な叫び声が聞こえた。

 

「分かってるじゃないですか。無駄だって」

 

 紅が銀を段々と飲み込んでいく。

 

「敵う訳、ないんだから」

 

 紅が銀を消し去り、そして深紅の幕の中から見慣れた人影が吹き飛ばされていた。一瞬前まで綺麗だった筈なのに、今は服が引き裂かれ、思わず目を逸らしたくなる程血を流している。

 結局、無駄だった。

 深紅の弾幕は美しく散り、その中心にはその発動者たるレミリアが君臨している。

 その紅い眼が、美鈴を捉えた。

 

「……う、あぁ……やってくれるじゃない……」

 

 その時、くぐもっているけれど確かに聞こえた。ボロボロになった咲夜の、か細い声が。

 

「何美鈴を狙ってるのよ……まだ私は、倒れてないわよ」

 

 膝に手を突いて、よろめきながら立ち上がる。その右手には一本の銀のナイフが握り締められており、明確な殺意を浮かべている

 もはや正常とは懸け離れたその風貌に、美鈴は足を竦ませていた。

 雄叫びを上げて、咲夜が再びレミリアに立ち向かう。先程と同じ様に大量のナイフを設置し、物量でもってレミリアを無力化させようとする。しかし、攻撃を受け、弱り切った咲夜の攻撃等、先程よりも無力。

 レミリアはたった一段の紅い光弾を握り締め、それを全力で投げ放つだけだった。

 空気を裂き、荒らし、飛来するナイフを乱雑に吹き飛ばし、満足に動けない咲夜へと容赦無く向かっていく。

 時間は無かった。

 致命的な急所を外れたことは、まだ幸いだったかもしれない。

 腹部の中心よりも右側、横腹の辺りを深紅の光弾が貫いた。湿った音が壁に反響し、その体が宙を舞う。光弾よりも紅く黒い液体が飛び散る。その全てが、一瞬で終わった。

 床に叩き付けられ、口から鮮血を吐き出した咲夜。それでも、まだ動いていた。

 いや、動くと言うには不完全過ぎる。手足を僅かに痙攣させる様な、そんな程度のものだった。

 今度こそ、レミリアは美鈴を見据えた。

 けれど、美鈴は、そんなものを眼中に入れてなかった。

 僅かに首を持ち上げた咲夜、その口元が動いているのをハッキリと見たからだ。声は出ない。けれど、確かに口は動いていた。

 

 例え骸になろうとも、私は抗ってやる。

 それが、私の忠誠だから。

 

 美鈴が見ていないことに気付いたのか、レミリアもまた咲夜の方を見た。まだ、僅かに動いている。

 だから、レミリアは排除することにした。大した理由は無い。ただ、暴走する力が叫んでいるから。

 レミリアに蹴られた床が大きな音を上げる。鋭く尖ったレミリアの手の爪が、真っ直ぐ咲夜の首筋に向かっていく。

 

 美鈴の中の何かが壊れた。奥底で、ずっと抑えられていた何かが解き放たれた。

 戦地において、味方を骸に変えることは簡単だ。味方を生きたままにすることは、何よりも難しい。

 腐ることも簡単だ。立ち上がることは難しい。

 

 例え如何なる世界であろうとも、逃げることは簡単だ。逃げ続けることも、墜ちていくことも簡単。

 けれど、簡単なことを選べば、必ず代償が付き纏う。

 

 だから、美鈴は選んだ。

 

「させない……」

 

 右手に一発の光弾を生み出す。

 それを、ただレミリアを狙って投げた。

 こんなところで、終わらせて堪るか。

 

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