破壊。
圧倒的力の暴力が生み出したのは、まさにそんな戦闘だった。
視界に入る物が全て壊れていく。無事なものと言えば、攻撃の範囲から外れた天井位か。
机も椅子も、部屋を仕切る扉さえも、壊れ、粉砕され、地面を飾る塵へと変わる。
もはや、ここに広がるのは醜い平面だけ。
「……はぁ」
口元から垂れた血を拭い、軽く息を吐く美鈴。けれど、喉に血塊でも詰まっているのか、その息は少しくぐもっている。
ただ、口元に止まらない流血は服を汚し、更なる不快感を生んでいく。
それは美鈴に限った話ではない。傍らでレーヴァテインを構えるフランドールもまた、身に纏う赤い服を更なる赤色に染め、可愛らしい金髪も所々血で染まっている。
「……参ったね。結構頑張ってるつもりなんだけど……」
フランドールが彼女らしくない声を漏らした。
先に見据える相手は、服が汚れてはいるものの、それ以外の目立った被弾の痕は無い。
そう、二人で攻撃を始めたあの瞬間から、有利を取れたことは一度も無いのだ。可憐に踊る様に攻撃をし、そして避ける。時に攻撃を受け止め、カウンターをも加えていく。
美鈴とフランドールは、ただ掌で踊らされているだけの様に、全く何もすることが出来ない。
「どうしますか……?」
「どうするも無いよね。正面突破しか無さそうだし」
レーヴァテインを握る手に力が籠る。その気配を察して、美鈴は思う。
そう、分かっている筈だ。正面突破は不可能だと。
本気を出していないレミリアにすら正面から挑んで何度も敗れたのに、先程よりも確実に手を抜いていない今のレミリアに正面突破が通じる訳が無いのだ。
ならば、どうするべきか。
必死に考えを巡らし、視線は自然と宙に向かう。
そして、目に入ったのは、天井だった。高さ故に、まだ何の被害も受けていない天井。
(天井……? 待てよ……?)
仮に天井が崩れたとしよう。その先に何がある?
言うまでもないだろう。上の階の部屋だろうが関係ない、全て抜けてしまえばその先に広がるのは唯一つ。
果てしなく広がる空だ。
「妹様」
「何、めーりん?」
「天井、この上を全部貫きましょう。それで、きっと解決できます」
「天井……」
釣られて、フランドールもぼんやりと見詰める。
そして、笑った。
確かに、これを使えば誰だってこの吸血鬼を始末できる。
「悪いこと考えたね」
「申し訳ありません」
「いいよ。めーりんに賭ける。きっともう、それしか無いんだろうね」
かしこまりました、と小さく呟く。
その次の瞬間には一気に駆けだしていた。
他でも無い、レミリアの懐に向かって。
(兎に角、グングニルを誘発させよう。妹様のレーヴァテインでも良かったけど、それだと妹様のリスクが大きくなる)
レミリアの攻撃の中で、瞬間的最高速度と攻撃力が最も高いと言えるグングニル。まして、力が増幅している今ならば、天井を崩壊させる威力があっても何もおかしくない。
では、何をするべきか。
こちらも出せる最高速で突っ込めば、その一撃を誘うことが出来るのではないか? 互いの速度が合わさり、受ける側にとってほぼ回避困難な一撃になるのだから。
そして、それは思惑通りだった。
美鈴を見るレミリアの口角が不吉に歪む。
(来いッ……!!)
心の中で叫ぶ。
そして、正に思うがままだった。レミリアが右手を大きく掲げたかと思うと、その手に一発の光弾が生み出される。
そして、ほぼ前兆無しに右手が振り下ろされた。空気を裂く様な音を聞くより早く、美鈴は横に倒れ込む。地面に散らばった何かの破片が皮膚を裂くが、そんなことを気にしている時ではない。射出されたグングニルは美鈴を掠めた後、一直線上に居たフランドールへと向かう。
「妹様ッ!!」
「任せて」
微笑みを浮かべながら、フランドールはレーヴァテインを両手で構える。
そして、
向かってくる神槍を掬いあげる様に、一気に振り上げた。
衝撃と閃光、そして爆音が部屋を駆け巡り、そしてグングニルが軌道を鋭角に返る。
丁度、レミリアの上辺りの天井に向かって。
レミリアは焦りの色を見せ、そして後ろに下がろうとする。
「させま、せんよ……!!」
しかし、遅かった。
予め動きを考えていた美鈴が、レミリアの足にしがみ付く。それでも、今の彼女ならそれ位一瞬でほどけるだろう。
一瞬は掛かるけれど。
頭上より、轟音が響いた。
曇り空から僅かに漏れる太陽光が、邪魔なものを押しのける様に瓦礫を落とし、荒れた室内を極所的に照らす。
その瞬間レミリアの体内を巡る力のシステムが停止した。あれほど莫大に占めていた暴走は太陽光が消し飛ばし、そしてレミリアの体そのものを蝕み始める。
ただ、美鈴はそれを許さなかった。
乱雑に振りほどかれたけれど、もう一度、今度はレミリアを包み込む様に飛びつく。
そして、太陽光が届く範囲を外れたところ、空からレミリアを庇う様にその幼い体を地面に離した。
「……う、ぁ……」
「……申し訳ありません。こうするしかなかったのです」
声ならぬ声に、美鈴はただ押し殺した様に呟くしかなかった。
実行し、解決したのはそれで良い。けれど、まさかこのままレミリアは消えてしまうのではないか。そんな嫌な想像が頭を蝕み始める。
背後に心配そうなフランドールの気配を感じたが、今は反応出来なかった。
その時だった。
小さな手が美鈴の頬を撫でた。
驚いて目を見開くと、目の前にはレミリアの微笑み。伸ばされた右手が、美鈴の頬に触れている。
「何を、謝っているのよ……」
「お嬢様……」
「それは、私の、台詞よ……」
掠れた小さな声が漏れるだけ。
けれど、不思議と鮮明に聞こえる。
「ごめんな、さい……そして、ありがとう……」
そして、レミリアは笑みを浮かべた。
私は消えたりなんてしない。そう、唇が動いた。
何よりも求めた声が、耳を通る。
たったそれだけのことが、美鈴の中の何かを破った。
零れ落ちた一滴が、レミリアの頬を優しく濡らす。