東方覚深記   作:大豆御飯

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第五話 魔法使いの朝

 アリス=マーガトロイド。

 元々は人間でありながら、妖怪としての『魔法使い』へと昇華した稀有な存在。人間ではなくなったために、本来なら食事も睡眠も取らなくてよくなったのだが、人間としての名残か、食事も睡眠も人間と同じように取っている。住居は魔法の森に構えており、その森で迷い、運良く彼女の家を見付けると快く泊めてくれると言う。やはり、人間であった以上、人間への親近感は強いのだろう。

 そんな彼女も、いつもと変わらずに朝食の仕度をしていた。厳密には、彼女が操る人形が仕度をしている。たくさんの人形の動きには無駄が無く、実に手際が良い。人形を完全に己の手足にしている。そんな錯覚さえ生みかねない程、彼女の技術は素晴らしいものである。

 しかし、外見上はいつものように無駄が無くとも、内では何かが決定的に違った。

 

(おかしいわね……朝食の準備だけなのに、尋常じゃない疲労が生まれてくる……)

 

 いつもなら、歩くよりも楽に行っている作業のはずなのに、今は何故か額に汗さえ伝っている。必死に勉強した後のように体が重く、熱は無いのにベッドに倒れ込みたいとさえ思う。

 

(昨日に原因があるのかしら……)

 

 異常だ、と感じ取った彼女は即座に人形の行使をやめ、残った作業を自分自身で片付けながら考える。

 昨日の午前中は人形を作ることで終わったはずだ。気が付くと昼時だったので、一度切り上げて昼食にした。その途中に迷ったと言う人が訪れてきたので、昼食を終えて人里に送った。ついでに、人里で食糧や雑貨類、布や糸を補給して人里から出る頃には既に夕刻。急ぎ足で家に戻り、夕食や入浴を済ませた頃には日が暮れており、人形を完成させたら直ぐに寝た。

 過度に魔法を使うところは一切無かったはずだ。そのはずなのに、

 

(魔法を使うと感じる疲れ……一体どこから来てるというのかしら……?)

 

 完成した朝食を運びながら、必死に考えてみる。しかし、幾ら考えても答えには辿り着けず、得体の知れない嫌悪感がこびり付く感覚に陥る。

 作った人形に問題があるのでは、とパンにバターを塗りながら、実際に完成させた人形を見てみる。それも、特に変わった様子は無く、別段位置が変わっている訳でもない。そして、他の人形も何一つとして変化が無い。人形は何の問題もない、そう確信しながらあらためて朝食に向き合う。

 バターの滲みたパンを控えめに齧りながら、別の可能性を考える。例えば、睡眠途中に大量の妖力を使ったという可能性である。しかしながら、そんな可能性は皆無に等しい。今までそんなことを経験したことも聞いたこともないからだ。かつ、意識して行うことを、無意識下で行うとは到底考えられない。

 ついでに、皿に盛ったサラダをフォークで口に運びながら、一番の極論を考えてみる。それはすなわち、

 

(実は、私が昨日と思っているのは全部一昨日の出来事で、本当の昨日に何か大変なことがあったか……)

 

 紅茶を口に含みながら、思わず鼻で笑っていた。温かい液体を喉に通らせた後、つい言葉が漏れていた。

 

「そんなことある訳ないじゃないのよ」

 

 再びパンを齧りながら、分厚い雲の切れ目を見ていると、考えていたことがバカらしくなってきた。そもそもが『疲れる』だけのことなのだ。そんなことに一々反応していたら切りがない。日常生活に大きな支障がある訳でもない。深く考える必要は微塵も無かったのだ。

 最後の一切れを咀嚼しながら今日の日程を考えることにした。

 

(久々に魔理沙の家にでも行ってみようかしら)

 

 思えば最近あまり会ってなくて、寂しいとさえ思っていた。そして、片付けをしようと椅子から立った時、玄関の呼び鈴が鳴った。

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