東方覚深記   作:大豆御飯

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第四章七話 二人の人間

「慧音」

 

 直前、妹紅は小さな声で言った。

 

「二人を頼む」

 

 瞬間、妹紅は一気に前に出た。撫子との距離を詰める為、そして満足に動けそうにない妖夢と鈴仙を守る為に。

 そして、それに撫子は答えた。四本の腕を器用に動かして、妹紅を返り討ちにしようとする。

 放たれた四本の腕。その予測不能の動きの間隙を、妹紅はすり抜けた。

 

「な、ん……!?」

 

 流れる様に、少しの思考も挟まずに絶対の距離まで近づいた妹紅は、撫子の驚きの声を無視して撫子の右腕を掴む。

 そのまま、躊躇いも無くその右肘をへし折った。

 

「化け物と雖も、やっぱり痛いんだろう?」

「そう思っているなら止めて欲しいわね……!!」

 

 言うことを聞かなくなった腕を庇う様に、撫子は妹紅を押し飛ばす。華奢な腕からは想像できない力が強引に距離を離し、戦闘に空白が生まれる。

 

「……やってくれたわね」

「生憎、人間は長く生き過ぎると躊躇を忘れてしまうんだ。今回も、まぁ勘弁してくれ」

「長く生き過ぎると、ねぇ……」

「それよりも、アンタだって人間だろう? 気配で分かるよ」

「そう見えるかしら?」

「少なくとも、私にはね」

「そう……」

 

 右腕に白い物体を纏わりつかせ、強引に動く様にしながら、撫子は呟く。

 

「それでも、私は化け物なのよね」

 

 生えた。四本だけではない、新たに二本の腕が。

 妹紅は横目で慧音の方を確認する。物陰に隠れているが、どうやら二人を無事に助けられたようだ。ならば、もう守ることを意識する必要は無いだろう。指の関節を鳴らし、心のスイッチを切り替える。

 それに対する撫子は宣言した。

 

「形状変化『ショットユニット』」

 

 計六本の腕の内の二本の形が変わった。他のしなやかに動く腕と違う、筒状に固まった二本の腕。名前と形状から、どの様な機能なのかは容易に想像がついた。

 

「本気みたいだね」

「そうね。貴方になら本気を出しても良い気がした」

「それは光栄だな」

「貴方には……私達と同じ匂いがするから」

 

 爆音が鳴り響いた。

 二本の腕、文字通りの砲台から純白の砲弾が発射される。

 

「精々楽しませてよ」

 

 妹紅はそう呟いた。

 刹那、その白い砲弾に対抗する様に、妹紅を中心に鮮やかな弾幕が展開された。

 それは、ある魔法使いに『究極の弾幕』と評された弾幕。

 

「『インペリシャブルシューティング』」

 

 永遠の破壊と再生を表すスペルカード。

 妹紅なりに、本気に答えた結果だ。

 様々に形状を変化させ、戦う相手も、それを見る者も楽しませる弾幕は、妹紅と撫子を包み込んだ。

 

「ありがとう」

 

 全力をぶつけてきたことに感謝の言葉を述べながら、撫子も容赦をしなかった。

 精密に狙いを定める二門の砲台から、妹紅に砲弾を飛ばしていく。

 しかし、あまりに強力な力の駆け引きは長く続かない。その瞬間は唐突に訪れる。

 鮮やかな弾幕は突然晴れ、砲弾の発射音も止む。残されたのは、地面に臥した両者だった。

 

「妹紅!!」

「心配しないで。まだ、立てるから」

 

 出血し、至る所に痣を作りながら妹紅はよろよろと立ち上がる。膝に手を突いて体重を支えながらも、何とか立ち上がる。

 けれど、撫子は違った。四本の腕を使って機械的に起き上がった撫子は、痛みを感じさせないままに砲台を構える。

 

「……私の仲間には、私よりも幼い子が居るの」

 

 躊躇いを消す様に、撫子は言う。

 

「その子も、私の程じゃないけど化け物に片足を踏み入れてるわ。でも、痛みを痛みとして感じる心は残っている」

 

 自嘲気味に、撫子は告げる。

 

「いつからかしらね。痛覚はあるのに、それ以上に何も感じなくなったのは」

 

 撫子の体には今、夥しい傷がある。きっと、それは全身を痛みで支配している。

 けれど、撫子にとってはその程度でしかなかった。痛いだけでしか、なかった。

 それで動きが止まることはない。人としての感情はまだ持っているのに、半端に壊れたからくり人形の様に、痛覚を無視して動けてしまう。

 

「……痛みについて、それだけ考えられるなら、アンタはまだ人間だよ」

「……」

「何百何千何万と痛みを感じれば、やがてどうでも良くなる。そうなるよりは、まだ救いようがあるだろう」

「……貴方も、きっとまだ真っ当な人間よ」

 

 最後にそれだけ言葉が交わされた。

 何とか立っている状態の妹紅に、砲台の照準が合わせられる。

 

「逝きなさい」

「逝けるのなら逝ってるさ」

 

 妹紅は笑った。また、苦しさを超えた痛みを感じる現実に、笑った。

 その言葉が耳に入るまでは。

 

「け、慧音さん!! 行っては駄目です……!!」

「……え?」

 

 妖夢の呼びかける声。

 それが耳に入った時には、慧音が妹紅を庇う様に両手を広げて立っていた。

 

「け……い、ね……?」

「ごめんなさい」

 

 砲弾が発射された。

 

「やっぱり私は……貴方が苦しむのを、もう見たくなかったみたい」

 

 目の前で、

 針の様に尖った砲弾が、

 慧音の腹を貫いた。

 

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