「慧音」
直前、妹紅は小さな声で言った。
「二人を頼む」
瞬間、妹紅は一気に前に出た。撫子との距離を詰める為、そして満足に動けそうにない妖夢と鈴仙を守る為に。
そして、それに撫子は答えた。四本の腕を器用に動かして、妹紅を返り討ちにしようとする。
放たれた四本の腕。その予測不能の動きの間隙を、妹紅はすり抜けた。
「な、ん……!?」
流れる様に、少しの思考も挟まずに絶対の距離まで近づいた妹紅は、撫子の驚きの声を無視して撫子の右腕を掴む。
そのまま、躊躇いも無くその右肘をへし折った。
「化け物と雖も、やっぱり痛いんだろう?」
「そう思っているなら止めて欲しいわね……!!」
言うことを聞かなくなった腕を庇う様に、撫子は妹紅を押し飛ばす。華奢な腕からは想像できない力が強引に距離を離し、戦闘に空白が生まれる。
「……やってくれたわね」
「生憎、人間は長く生き過ぎると躊躇を忘れてしまうんだ。今回も、まぁ勘弁してくれ」
「長く生き過ぎると、ねぇ……」
「それよりも、アンタだって人間だろう? 気配で分かるよ」
「そう見えるかしら?」
「少なくとも、私にはね」
「そう……」
右腕に白い物体を纏わりつかせ、強引に動く様にしながら、撫子は呟く。
「それでも、私は化け物なのよね」
生えた。四本だけではない、新たに二本の腕が。
妹紅は横目で慧音の方を確認する。物陰に隠れているが、どうやら二人を無事に助けられたようだ。ならば、もう守ることを意識する必要は無いだろう。指の関節を鳴らし、心のスイッチを切り替える。
それに対する撫子は宣言した。
「形状変化『ショットユニット』」
計六本の腕の内の二本の形が変わった。他のしなやかに動く腕と違う、筒状に固まった二本の腕。名前と形状から、どの様な機能なのかは容易に想像がついた。
「本気みたいだね」
「そうね。貴方になら本気を出しても良い気がした」
「それは光栄だな」
「貴方には……私達と同じ匂いがするから」
爆音が鳴り響いた。
二本の腕、文字通りの砲台から純白の砲弾が発射される。
「精々楽しませてよ」
妹紅はそう呟いた。
刹那、その白い砲弾に対抗する様に、妹紅を中心に鮮やかな弾幕が展開された。
それは、ある魔法使いに『究極の弾幕』と評された弾幕。
「『インペリシャブルシューティング』」
永遠の破壊と再生を表すスペルカード。
妹紅なりに、本気に答えた結果だ。
様々に形状を変化させ、戦う相手も、それを見る者も楽しませる弾幕は、妹紅と撫子を包み込んだ。
「ありがとう」
全力をぶつけてきたことに感謝の言葉を述べながら、撫子も容赦をしなかった。
精密に狙いを定める二門の砲台から、妹紅に砲弾を飛ばしていく。
しかし、あまりに強力な力の駆け引きは長く続かない。その瞬間は唐突に訪れる。
鮮やかな弾幕は突然晴れ、砲弾の発射音も止む。残されたのは、地面に臥した両者だった。
「妹紅!!」
「心配しないで。まだ、立てるから」
出血し、至る所に痣を作りながら妹紅はよろよろと立ち上がる。膝に手を突いて体重を支えながらも、何とか立ち上がる。
けれど、撫子は違った。四本の腕を使って機械的に起き上がった撫子は、痛みを感じさせないままに砲台を構える。
「……私の仲間には、私よりも幼い子が居るの」
躊躇いを消す様に、撫子は言う。
「その子も、私の程じゃないけど化け物に片足を踏み入れてるわ。でも、痛みを痛みとして感じる心は残っている」
自嘲気味に、撫子は告げる。
「いつからかしらね。痛覚はあるのに、それ以上に何も感じなくなったのは」
撫子の体には今、夥しい傷がある。きっと、それは全身を痛みで支配している。
けれど、撫子にとってはその程度でしかなかった。痛いだけでしか、なかった。
それで動きが止まることはない。人としての感情はまだ持っているのに、半端に壊れたからくり人形の様に、痛覚を無視して動けてしまう。
「……痛みについて、それだけ考えられるなら、アンタはまだ人間だよ」
「……」
「何百何千何万と痛みを感じれば、やがてどうでも良くなる。そうなるよりは、まだ救いようがあるだろう」
「……貴方も、きっとまだ真っ当な人間よ」
最後にそれだけ言葉が交わされた。
何とか立っている状態の妹紅に、砲台の照準が合わせられる。
「逝きなさい」
「逝けるのなら逝ってるさ」
妹紅は笑った。また、苦しさを超えた痛みを感じる現実に、笑った。
その言葉が耳に入るまでは。
「け、慧音さん!! 行っては駄目です……!!」
「……え?」
妖夢の呼びかける声。
それが耳に入った時には、慧音が妹紅を庇う様に両手を広げて立っていた。
「け……い、ね……?」
「ごめんなさい」
砲弾が発射された。
「やっぱり私は……貴方が苦しむのを、もう見たくなかったみたい」
目の前で、
針の様に尖った砲弾が、
慧音の腹を貫いた。