東方覚深記   作:大豆御飯

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第四章八話 歴史が変わる時

「な、あ……?」

 

 妹紅から声ならぬ声が漏れた。

 鮮血がたった今吹き出た鮮血が妹紅を濡らす。

 灯が消える様に、一瞬にして慧音の体から力が抜ける。

 崩れ落ちるその体を、炎の翼を消した妹紅は咄嗟に支える。

 

「慧音……!! おい、慧音!!」

 

 ゆっくりと慧音を寝かせながら必死に呼びかける。

 胸の奥から莫大な感情の奔流が込み上げてくる。恐れ、悲しみ、怒り、悔やみ、遠い昔に置いて来た感情の数々が、妹紅を支配していく。

 視界の外で、妖夢と鈴仙が撫子に向かっていくのが分かった。

 きっと、彼女等も悔やみ、怒っているのだろう。

 

「なぁ……慧音……!!」

 

 けれど、妹紅は気にも留めなかった。

 目前の、唯一無二の理解者を失うかもしれない。それが、途轍もなく恐ろしい。

 その時、慧音の腕が動いた。

 弱弱しく震えながらも、その腕は妹紅の顔に伸びる。そして、拭った。

 いつの間にか流れていた、一滴の涙を。

 

「……も、こう……」

「慧音……」

「泣か、ないで……」

 

 それだけだった。

 慧音は笑った。

 ゆっくりと、瞼を閉じながら。

 

(……意識が……!?)

 

 失うのか。また一人、失うのか。

 また一滴、冷たい涙が伝った。

 

「……まだ間に合うわよ」

 

 感情が感情を飲み込み、自分が一体何をしたいのかも失いかけたその時、下を向く頭の上からそんな声が聞こえた。

 

「まだ、死んだわけじゃないわ。生きているなら、きっと間に合う」

 

 そう言われて慧音を再び見る。確かに、瞼は閉じている。

 けれど、微かな呼吸の音がする。

 

「その上で貴方に聞く。どうしたい?」

 

 顔を上げると、そこには鈴仙が立っていた。その向こう側には必死になって撫子に喰らい付く妖夢の姿。

 そうだ、まだ下を向く時じゃない。

 数多の感情は音もたてずに消えていき、妹紅の心は妙な冷静さが姿を見せ始めていた。

 

「なぁ」

「何かしら?」

「慧音を頼んでも良いか? そうだ、永遠亭に運んでくれ」

「他の頼み事は?」

「慧音を絶対に死なすな。仮に死なせでもしたら、私はお前を焼き殺す」

 

 いつもの声のトーンでそう言うと、鈴仙は笑って慧音を抱えた。

 

「なら、私が焼き兎になる心配はないわね。兎は足が速いもの」

「速く行け」

 

 最後に一度、妹紅に目を合わせて頷いた鈴仙は、踵を返して飛んでいった。慧音に変な衝撃を与えないようにしながらも、決して速度を下げない様に。

 その遠くの空に消えていく背中を見届けて、妹紅はもう一度撫子の方を向く。形振り構わず突っ込んでくる妖夢をあしらいながら浮かべているその表情は、どこか切なそうだった。

 その表情の意味を考えながら、妹紅は再度翼を噴き出す。

 今度こそ、後悔はしない。

 ならばまず、今戦っている妖夢を守り抜くところから始めようか。

 無限に再生する、自分をも大切にして。

 

「行くか」

 

 地面を蹴った。

 爆発した背中の翼は空気を一気に膨張させて辺りに熱風を巻き起こす。

 その風に乗る様に、妹紅は一気に接近した。そのまま右拳を固く握り、撫子に向けて全力で打つ。

 直前でそれに気付いた撫子は翼を使って防ぎ、妹紅の右腕から嫌な音が走る。

 けれど、妹紅はそれを無視して蹴りを放つ。骨盤の辺りに直撃し、撫子は簡単に吹き飛ばされた。

 

「……なぁ」

「何ですか……?」

「一緒に、戦ってくれ」

「……はい」

 

 妖夢の隣に降り立って、横目で見ながら頼む。

 答えた妖夢は、刀を強く握り直した。

 視線の先で、撫子が不自然な挙動で起き上がる。

 

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