氷精と戦い、人里で稗田家を訪ね、撫子と戦い、永遠亭に走ってきた。
そんな、忙し過ぎた一日の終わり、日も暮れて月は空の中心に来た、そんな時。
「……綺麗な月ですね」
そう呟いた妖夢は一人、永遠亭の庭を歩いていた。白玉楼に帰ろうと思ったが、妹紅に制止されて帰ることが出来ず、永遠亭に止まった。慣れない場所であり、あまり接点が無かった者と同じ屋根の下で眠ろうにも中々寝付けないので、少し夜風を浴びに来たのだ。
「幽々子様……今どうなさっているのでしょうか……」
本音を言えば、今すぐにでも帰りたいけれど、一人で出て行くのは危険が高いと言う妹紅の制止も反論できない。一人で行って、一人で倒れれば意味が無い。
それでも、彼女の思いは自然と彼女を門の前に運んでいた。
開ける訳じゃない、ただ、少しでも近い所に居たい。そんな儚い思いが。
そして、それは一人ではなかった。ふと門の傍に目を向けた時、中華風の服に身を包んだ女性が座っているのが見えた。
「貴方は……」
「美鈴。紅美鈴よ。紅魔館の門番をしてる」
「あ、どうも……魂魄妖夢、です」
返ってきた言葉に更に返答し、そのまま美鈴の隣に行く。少し馴れ馴れしいかなとも思ったが、美鈴に気にする様子はなく、一瞬妖夢の顔を見てからまた正面を向いた。
「……何故かしらね、中に居るよりも、こうして門の前に座ってる方が落ち着くの」
「はぁ……やはり、いつも門の番をしているから、でしょうか」
「それもあるだろうけど……今、永遠亭には私の雇い主が二人入院しているのもね」
「咲夜さんと、レミリアさんですか?」
「そう……本来なら、私が侵入者は門前払いしないといけないの、まんまと侵入を許して、挙句の果てに重傷を負わせてしまった。だから……顔向けする勇気が無いんでしょうね」
同情は求めていない。これは、自分の非を再確認する言葉だった。
美鈴本人も、あれはどうしようもなかったことだとは分かる。門から入らず、突然紅魔館館内に現れたのだから。
それでも、せめて被害は減らすことが出来た筈なのに。
「……これじゃあ、門番も失格かなぁ。ただの庭師だよ」
「貴方も庭師だったんですか?」
「花畑専門だけどね。大変なのよ? パチュリー様が急にミステリーサークル作ったりさ」
そんな冗談を言って、少しでも場を盛り上げたかっただけだった。それでも、込み上げてくる負の感情は打ち消し、僅かな微笑みすらも消してしまう。
「……元の平和なままだったら、もっと深く話することが出来るのだろうけど……」
「生憎、そんな時ではないですからね……」
例えばの話も虚しく、月が朧に浮かぶ空に消えていった。
「……あの、貴方は明日、どうするんですか?」
「私は……取り敢えず人里に向かおうかなと。あの猫の妖獣の話だと、そこが一番重要そうだったし、主犯格には私だと太刀打ち出来ないだろうから」
「そうですか……」
「妖夢は?」
「私も、そうしようかなと。何より、人里を守ることが出来なかったのは私でもありますからね」
会話が長く続く訳でもない。途切れ途切れでぎこちない会話は、それでも二人の距離を段々と形にしていった。
まだ近くはない。けれど、追い詰められた状況は、距離を遠いものにもしなかった。
「……美鈴さん」
「何かしら?」
「その……この異変が終わったら、一緒にお茶にでも行きませんか?」
「……そうね、時間が出来たら、一緒に。その為にも……お互い無事で終わらないと」
「そうですね」
朧に浮かぶ月は止まっている様で、流れる時間を感じさせない。いっそのこと、このまま平和だと感じられる時間が続けば良いのに。
儚い思いは胸の奥に消えていく。
代わりに前触れもなく現れたのは、奇妙に開いた空間から出てきた、傷だらけの女性。
「うぇ……?」
「え、ゆ、紫様……?」
突然の出来事、そして生々しい惨状を目の当たりにして、二人は驚きを越えて言葉を失った。
その女性は八雲紫。妖怪の賢者であり、その実力は幻想郷でも十指に入るほど。そんな存在がここまでの傷を負うものなのか。まして、物理攻撃には割と強い種族の妖怪なのに、だ。
「……丁度良い所に、出られた様ね……」
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ……所詮物理的な傷だから、一夜もすれば殆ど直る。それよりも、よ」
重々しく顔を上げた紫は、妖夢の顔を見て自嘲気味に笑った。
「紅魔館、妖怪の山、そして紅魔館。これに続いて……白玉楼も堕ちたわ」