『おう、また来たぜ。それにしても、やっぱりなんかカビ臭いぞ此処』
『……来て開口一番がそれってどうなのよ。まぁ、今に始まったことじゃないけど』
『そもそも、私達が住んでいる魔法の森だって大概よ魔理沙』
『そうか?』
最後にそんな会話をしたのはいつだっただろうか。何故か、それがとても遠い昔のことの様に感じる。
何かに運ばれているのだろうか、穏やかに揺れている体には力が入らない。背中に感じるのは痛みだけれど、最早意識の範囲外のものでしかない。
『ちぇ、つまらないぜ。折角提案したのに』
『私には特に興味が無いもの。彼女の人形の秘密なんて、別にそこまで深いものでもないでしょうし。唯の人形をあそこまで精密に動かす彼女の方が気になる位』
『まぁ、良いか。じゃ、私は帰るぜ』
『分かった』
『じゃあ……またな』
『えぇ、また。……あ、鍵』
確か、それが最後に正気のパチュリーと交わした会話だったか。今思うと、死を覚悟していた者とは到底思えない気軽な会話。
パチュリーは果たして、悟っていたのだろうか。
何て考えても、もう今はどうでも良い気がした。
『……悪いな、アリス』
『……』
『もう、二度と、一緒に紅茶も飲めなくなるかもしれない』
『……』
『ごめんな』
暴走したアリスを何とか救って、彼女の家のベッドに寝かせ、最後に話し掛けたのはそんな言葉だった気がする。
謝るなんて自分らしくないよな。分かっていた筈なのに、何で謝ったんだろうな。
「は、はは……馬鹿だろ私」
乾いた笑いが漏れる。結局、守ろうとして体を張ってこの様なんだから。
所詮自分は人間で、生粋の魔法使いになんて敵わないのか。
ルールの中に居たから、平等になっていただけなのに。いざルールを取ってしまうとこうだ。有利な相手でない限り、手も足も出ない。
「結局、今までのことって、何だったんだよ」
自分が馬鹿らしくなって、そんな言葉を呟いた。その時、ふと自分を支える何かが途切れ、地面に落ちてしまう。一瞬息が詰まる様な感覚があった後、地面と俯せの体の間に何かが挟まっているのに気付く。ゆっくりと、態勢を変えないままそれを取ってみると、それはアリスの人形だった。
偶然なのか、その服装は魔理沙のそれによく似ている。
「アリス……」
つまり、だ。アリスは気を失った自分をわざわざ戦地から遠ざけたのだ。理由は言うまでもないだろうし、その後のアリスがどうしているのかも容易に想像出来る。
そして、また気付いた。ミニ八卦炉が何処にもない。
「まさか……使っているんじゃ、ないだろうな……?」
背筋にスッと冷たいものが走った。
確かに、ミニ八卦炉は火力は出る。だが、限度があるのだ。単純な魔力だけで打てるわけではない。燃料を入れなければ使えないのだから。
故に魔理沙はいつも予備を持ち歩いている。ただ、アリスがそれを持っている訳ではない。そして、アリスと言う生粋の魔法使いがその魔力を継ぎこんで霊力を燃やしたら、どう考えても魔理沙が使うより早く枯渇する。
魔理沙はギョッとしてポケットを弄る。ボロボロではあるけれど、辛うじて役割を保っていたポケットの中から、小さな個体の燃料が出てきた。
つまり、アリスは燃料を持っていない。
「まさか……今人形が動かなくなったのって……」
顔が青くなる。
「アリスのヤツ……まさか……!!」
最悪だった。
もう決定的に遅いかもしれないという現実が、真正面から叩き付けられる。
同時に思う。
今更行って何になるのだろうか。もうアリスは手遅れかもしれないし、あの状態のパチュリーの前に今このボロボロの体でのこのこ出て行くなんて、犬死しようとしているとしか思えない。
当然、見捨てて逃げて、頼りになる誰かを呼んで、もっと万全の態勢で戦うのも一つだ。
そもそも、霊夢程力もない自分は、行くだけ足手まといなのだから。
「……何だよ」
無意識の内に拳を握っていた。それを意味も無く近くの木にぶつける。
自分を追いつめているのは確かに自分だけれど、事実以外は言っていない。
それは、板挟みと言うのだろうか。
でも、暴走したアリスには勝てたじゃないか。それも偶然なのだろうか。
「……分かんねぇよ」