全身が痛い。骨でも折れているんじゃないだろうか。ただ、そこまで激しい痛みではないから、骨は大丈夫かもしれない。
変わったと言えば、特に変わった感じも無い。それでも、何か蟠りが解けたような、
「あら、起きたのね」
そんな声が聞こえて、意識は現実に引き戻される。
そこは、綺麗な洋室のベッドの上だった。フカフカの、体が沈み込む様なベッドは目覚めたばかりでも眠気を誘ってくる。それは寧ろ、酷く疲れていると言うことでは無いだろうか。
「ここ、は……?」
「私の家よ。別に変な所じゃないわ」
声が聞こえた方を向くと、本にしおりを挟んだアリスが微笑んでいる。
「体調はどう? 一応手当はしたんだけど」
「え、えぇ……特に異常はないわ……」
そして、パチュリーはその無防備さに驚愕する。
先程まで殺し合いをした相手だ。確かに知り合いではある故に、多少心は許せるかもしれない。けれど、起きた時にまた襲い掛かってくるかもしれない相手を易々と家の中に入れるのはあまりにも無防備すぎる。
「どうかしたのかしら?」
「どうかしたのって……私に警戒はしなかったの……?」
「どういうことよ」
「どういうことって、さっきまで殺し合った仲なのに……」
「あぁ、そう言うことね」
アリスはふわりと微笑んだ。
「別に良いじゃない。殺し合いなんて日常的にやっていることよ。今更本気でやり合ったところで切れる関係でも無い。パチュリーだって分かっているでしょう?」
「分からないから聞いたんじゃないの」
「まぁ、そうよね。貴方は生粋の魔法使い。こういう人間らしさは少し異質なものに感じるかもしれない」
キョトンとするパチュリーの額を人差し指で突き、ウィンクを交えてアリスは言う。それは、短命な人間だからこそ大切にするもの。そして、長く生きる妖には軽く感じるもの。
「例え貴方が私達を殺そうとした相手であろうと、貴方は掛け替えのない私達の知り合いであり、そして友である。だからこそ、こうして貴方を家で診ることに抵抗も無いし、寧ろ積極的にそれをする。何一つとして確かじゃない、相手との関係とか言う至極矮小なものにどうしようもなく縋る人間だからこそ、時にリスクを顧みないものなのよ」
「……なるほど」
頷いてみたけれど、パチュリーには上手く実感できなかった。
パチュリーには勿論親友が居る。それは紅魔館の当主レミリア。互いに長寿であるために、その関係が不変的なものに感じられる。
短命な人間は、それが短期的に可変するものに感じられると言うことなのだろうか。
パチュリーは深くベッドに埋もれた。幾ら魔法を誰よりも深く習得しているとはいえ、その人間臭い意識を持っていないことが、何故かしら劣っているように感じた。
「……強いのね、人は」
「一人では何の力も持たない、拙い存在だもの。誰かとの関係を強く意識するのは必然的。それは寧ろ、強さより弱さの象徴ではないかしら」
「いや、それでもやっぱり強いんじゃないかしら」
「……どうかしらね。強さは案外、主観が一番分からないものだから」
その時、部屋の外で疲れたような声が聞こえた。きっと魔理沙のものだろう。パチュリーがそれを気にしていると、アリスが答える。
「先の戦いで色々と汚れたりしてしまったからね。ちょっと服を選択したりしていたのよ」
「……まだ敵は残っているでしょうに。随分悠長そうに見えるけど」
「それは、もう他の誰かに任せるわよ。もう魔力なんて底を尽きちゃった訳だし。戦場に戻れば足手まといになるだけよ。なら、もうこうして一歩退くべきかなと魔理沙と相談して決めたの」
「そうなのね」
「……何より、大切な人があんなに傷付くのを、私自身がもう見たくなかったていうのもあるけど……」
「……そういうことね。成る程」
人の感情だとか、そう言ったものはとんと分からない。
何処か思いを馳せる様に視線を宙へと向けるアリスを見ながら、パチュリーは頬を緩めた。知識に頼って今まで色々なことをしてきたけれど、偶には弱いものに頼ってみるのも悪くないかもしれない。それがどんな結果であれ、少なくとも全体の負には行かない筈だ。
無責任にも程があるなとも思ったけれど、それでも彼女も関係を信じてみることにした。