東方覚深記   作:大豆御飯

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第七章 平穏ならぬ里
第七章一話 里の中の妖


 鈴奈庵。人里にある本屋、と言えば何でもない様に聞こえるが、その実態は稀覯本から妖魔本、そして外来本まで広く扱う何とも怪しげな本屋である。

 

「……まだ、外は危ないのかなぁ」

 

 そんな店の奥、いつもと変わらぬ席にて本のページを捲りながら店番の少女、本居小鈴はため息交じりに呟いた。

 店の外は今も天狗の大群が闊歩しているのだろう。里に住む人々は昨日のその突然の来襲に困惑し、そして誰も屋内から出て来なくなった。よって人里は不気味な程静寂に包まれている。

 実際、天狗が何か害をなす様なことをしている訳ではない。ただ歩いているだけなのだが、やはり人にとっては脅威そのもの。正直に言うと、小鈴は今すぐにでも飛び出して行きたいが、どうにも恐怖心が拭えない。

 

「……暇ねぇ。そんな時は読書に限るわ」

 

 仕方なく、彼女は頬杖を突いて本のページを捲る。何度となく読み返した本は何処か味気ない。

 休日の様な平日は全く退屈だ。外はとんでもないことになっているというのに、呑気なものだとも思う。

 そんな時だった。入口の暖簾に手が掛かり、こんな時にも関わらず来客が。ぼんやりとしていた小鈴は直ぐにそれに気付き、急いで本にしおりを挟む。

 

「いらっしゃ……あ、今日も来てくれたんですね!!」

「おう、外がやけに静かなもんでのう。おかげで特に寄り道もせんかったわい」

「外、危ないんじゃないですか?」

「どうなんじゃろうか。天狗と言えば妖怪の中でも力ある種、故に人を襲えば襲われた側は一溜まりもないじゃろうて。儂は特に襲われはせんかったが、やはり外出は勧められんのう」

 

 入って来たのは茶色の長髪を揺らす女性。いつのもの様に木の葉の髪飾りを付け、大きな丸眼鏡を掛けるその女性は入って来るなり小鈴に歩み寄る。小鈴もそんな彼女に対して気さくな笑みを浮かべると再び本を開く。

 

「何を読んでおるのじゃ?」

「あぁ、ほら、外があんな感じですから、何か縁がありそうなものを探してみてこうして読んでいるんですけど……」

「なるほど、そういうことか。しかし、こればかりは過去には無い事態じゃろうて。故に、どんな本にも載ってはおらんじゃろう」

「そう、ですかね?」

「あぁ、どう見ても普通じゃないからの。いつにしろ、過去に似たことが起こったのならば、具体的な解決策もあるはず。それに、ここまで巫女が動いておらんのも奇妙な話じゃ」

「そういえば……何ででしょうか」

「何か事情が有るんじゃろうな。そうでないなら、放っておけば自然に治る現象なのか……」

 

 そう言ったところでその女性は顎に手を置いて考える素振りを見せた。

 

「あ、あのー……」

「ん、何じゃ?」

「これから、どうなるんでしょうか……?」

「……そうじゃなぁ。こればかりは分からん。とは言え、このまま変化がないことも考えられん。いずれ何かしら起こるじゃろうて」

「……だと良いのですが」

「まぁ、そう心配するんじゃない。誰か何かやってくれるさ」

 

 先の笑顔とは対照的な不安そうな顔を浮かべる小鈴の頭を、女性はポンと叩いた。それはきっと、小鈴を安心させる為だろう。小鈴にもその思いが届いたのか、少しまた笑みを零した。

 その時、女性は確かに一瞬表情が硬くなった。小鈴にそれを気付いた様子は無い。

 無くて、正解だったのかもしれない。気付いていたなら、彼女は干渉し過ぎただろうから。

 

「さて、儂はそろそろ戻るとするよ」

「外、大丈夫ですか?」

「襲われはせんじゃろうて。行きがそうじゃったからな」

 

 女性はそれ以上の返事を聞かず、そそくさと店を後にする。

 

 そして、道を行く天狗共をチラと見て、そして不敵な笑みを漏らした。

 

(聞いた話によると、天狗達は操られておるんじゃったか、そんなところ。普通の天狗なら儂の変装を見破る奴も居るじゃろうが、生憎今はそれ程賢くない)

 

 誰にも気付かれず、そして堂々と彼女の体が煙に包まれる。

 

 二ツ岩マミゾウ。人に化けて小鈴と接触していた彼女は化け狸。

 天狗の集団に混じった偽りの天狗は密かに行動を開始する。

 

(狐に協力とはどうにもらしくないかもしれんが、仕方あるまいて。偶には使われてやろう)

 

 腹の底では豪快に笑い、しかしその表情は周りの天狗同様に虚ろとしている。

 

 

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