東方覚深記   作:大豆御飯

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第七章二話 突入前

「……里の様子はどうですか?」

「やっぱり変わらないわよ。いつ突入しても直ぐ天狗に見付かる。向こうに敵意が有ったらその時点で全て水の泡ね」

「そう、ですか……」

 

 人里の入り口の近く、気に隠れるように鈴仙と鈴仙の服を着る妖夢は内部の様子を窺っていた。とは言っても、鈴仙が中に居る生き物の波を見ているに過ぎない。それでも、何処にどんな者が居るかは大方見当が付く。

 

「最悪、片っ端から私が幻覚を見せていったら何とかなるかもしれないけど……」

「けど……?」

「それが出来るのは目が合った者だけ。数が多いとどうしてもねぇ」

「……ならば、その手は使えないと」

「そういうことよ」

 

 鈴仙は妖夢に向かって苦笑いをした。一刻も早く行動しなければならないが、その為の一歩がどうしても踏み出せない。

 

 その時だった。

 声が、聞こえてきた。

 

「あやや、盗み見とはいただけませんね。その手のことはどちらかと言うと私の専売特許ですよ」

 

 いつの間に、いつの間に後ろに近付いていたのか。その声に対し反射的に振り返った二人の目の前に居たのは文だった。

 ただし、それは決して味方だとは思えない。僅かに上がった口角と、そして焦点が合っていない様な瞳。そこの中には何故だか意思が感じられなかった。ただ、相手が反感を抱く様な醜悪さを仮面にして被らされているだけの様だ。

 

「何ですか……?」

 

 その様子に妖夢は警戒し、刀に手を掛けて質問した。

 それでも文は上げた口角を下ろさず、ただ声を出す。

 

「何でしょうね。いずれにせよ、貴方達にはどうでも良い話でしょうけど」

「どういう意味よ……!!」

 

 もはや人里の内部を見ている暇は無い。文に向き直った鈴仙は腰を低くして臨戦態勢を取る。そして、その判断は間違ってはいなかった。

 

「さてさて、予告無しの突撃取材の時間ですよ。少々過激に行きますので、精々頑張ってください」

 

 それは、不自然な程滑らかな挙動だった。持っていた扇をゆったりとした動作で肩の高さまで上げると、それを一気に振り下ろした。

 直後、嘗て体験したことのない暴風が周囲を一変させる。枝葉の付いた木々は大きく揺さぶられ、その枝葉が容赦なく毟り取られていく。

 

「風は即ち大気の動き。世界を包むものそのものの怒りを、その身に刻むが良い!!」

 

 空気が裂ける様な轟音、立つことすらもままならぬ状況の中、妖夢と鈴仙の二人はそれでも仁王立ちする文の声を聞いた。

 手段がない。舞い上がる泥や砂、荒れ狂う枝葉は目を開けることすらも分からず、耳元で暴れる音は気配の察知すらも阻害する。せめて吹き飛ばされないようにと地面に臥せる妖夢は、死に物狂いで自分の刀に手を掛ける。

 

 

(せめて……先ずは一撃でも打って出ないと何にもならない……このまま無抵抗なままだと……)

(敗北と、その先の何かがこの身に降りかかることは、火を見るよりも明らかね)

 

 それは、想像するのも悍ましいこと。一瞬頭に浮かんだその未来を強引に掻き消した時、鈴仙の耳元で異質な足音が聞こえた。

 薄らと開けた目に映ったのは一本下駄。間違いなくそれは文の物だろう。

 となると……

 

「……まだまだ前座ですが、動くこともままなりませんか」

「うる、さいわね……もうちょっとこれどうにかならないの?」

「手加減する理由が有るとお思いで? まぁ、最初から貴方達に勝たせるつもりはありませんし……面倒なので、貴方から記事にさせていただこうかと」

「……生憎と、ね」

「……?」

「私はこうなった時、潔く両手を上げる飼育はされてこなかったのよ」

 

 もうどうにでもなれ、鈴仙は一か八かの賭けに出た。僅かに目を開け、文が油断をしているのを確認してその足を掴んだ。そのまま文が何か言うより早く両足を掴んだ足に絡みつかせ、強引に転ばさせる。

 そして、鈴仙は体を起こすと、そのまま文の足の関節を極めた。折れてしまうかもしれない、そんなことは考えず、全力を籠めてその足を封じに掛かる。仮に足を一本でも潰せたなら、幾らでも大きな隙が生まれる筈。そうなれば、こちらには刀と言う必殺の武器があるのだから。

 

「大人しく、しなさい……!!」

「……なる、ほど……これはこれは、油断が過ぎましたかね」

 

 何かが凍った様な感覚だった。

 文の声は涼しいままだったのだから。

 

「ですが……ですがそれは貴方も同じ。取材の途中です、気を抜けばどんな言葉を記事にされるか分かったものではありませんよ?」

 

 見せた横顔には確かに苦痛の色が浮かぶ。

 けれど、笑っていた。

 何故、この状況で笑えるのか。単純な疑問符が頭に浮かび、一瞬周りの状況を見失った。

 

「れ、鈴仙さん!! 横、右横です!!」

 

 そんな薄い膜を破る様に聞こえたその声。釣られて右横を見た瞬間、何か固く重い、そして何よりも鈍い衝撃が横腹に突き刺さった。

 

「鈴仙さんッ!!」

 

 体が、文の体から、離れる。聞こえた妖夢の悲鳴は焼けつくような痛みが全て上書きする。衝撃は体の内側をも貫き、彼女を支えていた芯を粉々に砕いていった。心なしか霞む視界は何とか地面に落ちていく一つの物体を捉える。

 

(……か、わら……?)

 

 運が悪かっただけ、なのだろうか。自分の脇腹に偶然直撃しただけなのだろうか。

 いや、違う。この強風を操る主の仕業に違いない。

 即ち……

 

「ま、及第点ですかね。悪くはなかったです」

「あ、文さん……!!」

 

 別の衝撃が全身を叩いた。地面に落ちたのだろうか。立とうと体を起こそうにも、芯が砕けた体は言うことを聞かずに風に煽られ、再び地面に倒れてしまう。

 不味い、これは致命的に不味い。

 妖夢の性格のことだ、こうなると自分を庇いながら戦いに挑むはず。この空間を支配する力を持つ、前代未聞の敵に対して、だ。

 

「あやや、この状況を見た上で刀を抜くのですか。それはそれは」

「……仲間が倒れ、その上で逃げるのならばそれこそ刀に失礼でしょう。戦略的撤退とは別の話、これは己の志に反する」

 

 地面に膝を着き、風邪に耐えながら白刃の光を見せる。

 このままだと、このままだときっと、妖夢も……

 それだけは避けなければならない。折れていない心が叫ぶ。何とか握った拳を地面に押し付け、全体重をそこにかけて立ち上がろうとする。

 

 けれど、足りない。手を離す直前、ふと全身から力が抜けてしまう。

 

「ち、くしょう……」

 

 奥歯を噛み締め、もう一度立とうとする。

 けれど、その間にも目の前の時間は動いてしまう。

 

 スッと、文が扇を振り上げた。二度目の暴風は、果してどれだけの結果を生み出すのか。

 その前に、何としてでも。

 最早立つことを諦め、鈴仙は座ったまま銃を構えるポーズをとる。銃身に見立てた指は真っ直ぐ文の頭部を狙って。

 チャンスは恐らく初弾のみ。これを逃せば、どうなるか分からない自分ではない。

 

「……今」

 

 同時だった。文が扇を振り下ろすのも、妖夢が抜刀するのも、鈴仙が弾を撃ったのも。

 

 そして、その影が突如出現したのも。

 

「天狗のくせして、中々楽しそうなことをしているじゃないか」

 

 現れたのは文のすぐ背後。背は小さいが、それに対して不似合いな大きな角が一対頭に付いている。

 紛れもなく、それは鬼そのもの。疎と密を操る伊吹萃香だ。

 

「ただ、ちょっとばかし度が過ぎたから……」

 

 文が振り返る。

 きっと、彼女が見た顔は怒りと、そして微笑みだ。

 

「痛い目に遭ってもらうよ」

 

 トン、と、それは軽い音だった。

 瞬間、あれだけ猛威を振るった風は止み、文の体から力が抜けた。その原因は萃香の小さな手。その手刀は文の後頭部を捉え、容赦無くその意識を刈り取ったのだ。

 まるで糸が切れた操り人形の様に地面に倒れた文の体を抱え、近くの木の根元に座らせた萃香は鈴仙と妖夢に向き直る。

 

「危ない所だったねぇ。私がいなければどうなっていたことか」

「あ、ありがとうございます……」

「何、気にしないでよ。私は貴方達に協力するためにここに来たんだ。狐の妖怪から聞いたよ、中々面白そうなことをしているじゃないか」

 

 萃香は立ち上がると鈴仙に肩を貸して立ち上がらせる。

 

「まだ、戦えるかい?」

「まぁ……多少無理をしたら、ね」

「それ位なら十分だね。そこの貴方、これからちょっと頑張ってもらうよ。里の中に突入するからさ」

「突入って……」

「そのまんまさ。天狗共は私が真正面から叩き潰してあげる。だから、貴方達は」

 

 萃香は鈴仙と妖夢を交互に見て、そしてニヤリと笑った。その真意は分からないが、少なくとも負ではない。

 

「貴方達は、里の中の本丸を叩きなさい」

 

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