戦いながら、撫子はなんとなく思い出していた。まだ彼女も幼い頃、世の中の何も理解していない頃、そして今の仲間達と出会ったあの遠い時間のことを。
そんな大した思い出なんてものではない。当初からやんちゃだった棗のチャンバラごっこ等に付き合っていただけのことだ。
撫子は仲間の中でも最年長であり、他の二人はおとなしかったこともあって、相手をするのはいつも撫子一人だった。
(あの頃にはもう、この能力も開花していたんだっけ)
鈴仙の肩を踏み台に斬りかかって来る妖夢を白い腕で迎え撃ちながら、撫子はそんなことを考える。
そうだ、その筈だ。
おもちゃなんて無かったし、木の枝を拾える外に出ることもできなければ、棒を作ることができる紙だって無かった。だからこそ、こうして物質を生み出しては二人で振るって遊んだものだ。
これは、固さと質量、その形状を彼女の意のままに変えられるこの世にない物質。
それが、先天的なものではなくて後天的に植え付けられたものだと知るのは、彼女が今戦っている妖夢や鈴仙の外見と同じくらいの年齢になった頃だ。
「……残酷な話よね」
思い出さないようにずっと封印してきたことだけれど、今になってしまうとどうにも頭に浮かんでくる。
「何がよ」
妖夢の相手をして生まれた隙を狙撃しながら鈴仙が聞いてくる。
撫子に答えない理由など特に無かった。
「これが私の最期の戦いだとさっき言った。それは比喩でもなんでもなくて、この戦いが終わったら……いいえ、もしかしたらこの戦いが終わる前に、私はこの世界で姿を保てなくなる」
「どういう、ことですか?」
「この世界からの消滅。本来あるべき……そんな場所に送還される。それだけのことよ」
撫子は拳を握った。白い腕で地面を叩いて鈴仙に突撃し、その拳を思い切り彼女に叩き付ける。けれど、その攻撃は防御され、カウンターに回し蹴りを喰らう。
撫子はそれに対し、白い腕を振るって鈴仙の体を薙ぎ払い、鈴仙の影から接近していた妖夢に別の腕を突き出す。
その腕が、その時初めて二つに切り裂かれた。
「えっ……?」
斬った妖夢本人が驚く。鉄の様に固い物だと思い込んでいた物が、まるで豆腐か何かの様に簡単に斬れた。
だからと言って、侮れる訳ではない。鋭く狙ってくる別の腕に咄嗟に反応し、再び白楼剣で斬りつける。
白楼剣ですら、斬れてしまった。
「ここに来て、急激に力が劣ってきたのね。これはもう、時間が無いわ」
撫子はそれでも笑った。
ただでさえ拮抗していたにもかかわらず、自分は今最大の武器を失ったのだ。
それでもなお、笑った。
そうだ、私は悪だ。世に存在してはならない、消滅すべき者。
ならば最期は悪らしく、高笑いの一つでもしてやろうじゃないか。
さぁ、終わりを自覚した上でどこまでもしぶとく生き残ってやろうじゃないか。
能力を酷使して、例え体が朽ち果てようと、もはやこの世に生きられないのならば誰の迷惑にもなりはしないのだ。
「さて……クライマックスと行きましょうか!!」
それは、爆発だった。爆発の様に思えた。
今までの日にならない量の、夥しい数の白い腕。形すら保てず、枝分かれしたり裂けたり、更には先端から崩れていくもの。神秘的とさえ思えるその光景は、しかし妖夢と鈴仙の二人にとっては絶望に近いものが有った。
斬れるから何になるのか。
二人だけで、捌き切れる量ではないことなど明白ではないか。
しかし、撫子も無事ではない。展開と同時に吐血し、その目からも血が垂れる。
「何が、貴方をここまで狂わせたのですか……」
呆然と妖夢は問う。
撫子の目は、最早妖夢を捉えることすらできなくなっていた。誰も居ない方向を向き、撫子は口を開く。
「……まだ物心も無い赤子の時、私達は裏組織に改造された。国際法だとか人権だとか、そんなものの及ばない暗い世界に落ちたのもその時だった。原因が何かなんて、未だにわかる術も無い」
「……それで?」
「それで、今の体になった。この世にない物質を生み出し、そしてそれを存分に振るうだけの物理的でかつ物理法則に当てはまらない曖昧な力を得た。それが、私の『物から始まる世界を生む程度の能力』よ」
「あの、世界を生む、とは……?」
「そのままよ。その裏組織は世界の構成要素を『物』『力』『空間』と定めた。『物』を生み『力』で補強する私は、その結果僅かに『空間』をも制御できる。だからこそ、任意の場所にその白の物体を生み出すことができる訳よ」
そこまで言った所で、撫子は更に吐血した。よろめき、倒れかけながらもなんとか両足で踏ん張り、撫子は話を続ける。
「改造されたと事実を知った時、私達四人は何かの堰が決壊し、能力を今の様に暴走させて人ならざる異形と化した。その瞬間、私達は自由を得たと同時に世界から拒絶されたのよ。暴走する能力は私達をこの世ならざる者として定義付けられ、誰の目にも届かない場所で誰からも見放され、忘れ去られた。教科書にも載らない惨めな四人がそこで生まれた」
発生した白い腕は攻撃してくることもなく、崩壊と再生を繰り返してグロテスクな光景を生み出す。
今の妖夢と鈴仙はただ、撫子の話にだけ集中してその腕に等注意を向けていなかった。
「幻想郷に来てしまったのはその影響。忘れ去られたし、それに人間だと言われればそうでもないもの」
「では……」
「何故こんなはた迷惑なことをしたのか。簡単よ。世界から拒絶される存在になってしまったのは、外でも幻想郷でも変わらない。いつかは消えてしまうのなら、せめて生きたことを世界に刻みたかった。その為に、一番手っ取り早い手段が、ただの純粋な悪になること。そうなるだけの、必要なカードは全て揃っていた」
「何故、そんな手段を……もっと別にあったでしょうに。せめて普通に暮らすとか、できたんじゃないの……?」
撫子が笑みを消した。
ただ無表情で、冷徹な表情だった。
「得ている者に得ていない者の気持ちなんてわかる訳ないでしょ。別の手段なんて無いのよ。あるなら縋ってた。あってくれたのなら、私は喜んでそれに釣られた。だけど……だけど、そんなもの、何処にもありはしなかったのよッ!!」
「……ごめん」
「私と同じ境遇になんてならないで。なりそうになったら逃げて。何を捨ててでも、全力で逃げなさい。私の様に、悪も知らないまま悪になる前に」
その瞬間に浮かべた表情は、悪だとは到底思えない温かいもの。口元から血を垂らし、目は血に染まって見えなくなり、そして真っ直ぐ立つことすらままならなくなった壊れ果てた体。
何が彼女をここまで駆り立てるのか。こうまでして生きることに意味を見出したいのか。
いや、もっと簡単に、目立ちたかった、人目に触れたかっただけなのかもしれないのに。
「さぁ、無駄話は終わりよ。もう容赦はしない。捉えたら殺す」
妖夢は剣を握る力を強め、鈴仙は両手を銃の形に構える。
だけど、何故だろうか。今浮かんでくるのは、倒すとかそんなことよりも、この戦いの意味の無さと虚無感ばかり。
全て嘘だなんて思えない。
この状況で嘘を吐けるのなら、それこそ彼女は本物の悪人だ。
だけど、彼女は、彼女達は被害者で、そして狂ってしまった善人なのだ。
「狂っていたのは貴方であり、そして貴方の周りの世界であった。そう言うことですか……」
「……もう、戻れないの?」
「人間に戻る道は捨てたわ。誰かが提示してくれるのなら縋りたいけれど、それを実行に移す時間は無いもの」
もう変えられない。
結果が既に決まった破滅。
妖夢は唇を噛み、鈴仙は視線を落とした。
しかし、そんな彼女等とは正反対の少女が居た。
突然出てきた訳ではない。出て来る隙を窺っていた様なタイミングで、少女は地面から這い出てきたのだ。
「……え?」
その奇妙な光景に妖夢は変な声を上げてしまう。
それを無視して少女は叫んだ。
「自分の……自分の気持ちに嘘を吐いたままにするのは許さないからなぁッ!!!!」
歪な一対の角。小柄な体、そして常備している瓢箪。
鬼の少女、伊吹萃香は激昂した。
「えっ?」となったことが多いですが、後々補足していくので、お楽しみに