第八章一話 直前のやり取り
「薄気味悪いね、静かすぎて」
「貴方は二度と来ることのない世界ですわ」
「皮肉をどうも。これから戦いに行こうって奴に大したセリフじゃない」
「気持ちを多少紛らわしてあげようと思ったのに」
冥界の片隅、妹紅は憎らし気に傍らの紫を睨んだ。ただ、これから戦うという状況でその冗談に付き合い切れと言うのは酷な話で、妹紅は小さく息を吐いて目の前に広がる森を見据える。薄暗く、そして不自然に涼しい。
「普段は冥界と幻想郷は繋がっているって話だけど、どうしてわざわざ隙間を介してここに来たの?」
「幽々子を幻想郷に出さない為よ。今はもう私が幻想郷と冥界の間に結界を張っているから、普通に通り抜けることができないのよね」
「なるほどね。それは大変なことだ」
実際、それをしなかった場合の被害など妹紅は知らない。
西行寺幽々子。妹紅にとっては肝を食わせろだの言われた記憶くらいしかない相手だが、持っている能力はかなり凶悪なものだと聞く。
生あるものの命を一瞬で奪う。それだけの能力だ。
「実際どうなのよ。その幽々子とやらは本当に暴走状態にある訳?」
「確かめられたら良かったのにね。生憎、仮に暴走状態なら私なんて視界に入るだけでおさらばよ」
「はぁ。じゃ、アンタの共闘も望めない、と」
「生憎ね」
紫の悔しそうな顔を見て、妹紅は目を細めた。聞いた話だと幽々子は紫の古くからの友人。何かしら、特別な思い入れがあってもおかしくはない。
自分が慧音のことを大切に思う様に、紫もまたそうなのだろうか。
「……こんな愚か者に期待をしちゃあいけない」
「そうするしかない、とでも言いますわよ?」
「分かっているさ。私にしかできないなら何だってやってやる。ぶっ壊れない体ってそれなりに便利だからね」
「……だからと言って、無理をなさらぬよう」
「どうしたのさ、らしくもない。人間に気を遣うなんて」
妹紅がそう聞くと紫は押し黙った。それが答えと言えばまさにその通り。紫としても、人間に頼らねばならない程切羽詰まっていることなんて、考えるまでもないことだ。
「……なぁ」
「何かしら?」
「全部終わったらどうするのさ」
「全部って」
「妖夢達も無事解決して、幽々子ももちろん元に戻って、その後だよ」
これ以上紫をここに引き留めていてもしょうがないだろう。妹紅は最後にそんなことを切り出した。
それは、漸く紫の頬を緩める。
「そうね……その時は、美味しいお酒でも用意しましょうか。博麗神社で洒落込みましょう」
「それはまた、負けられない理由ができてしまったね」
「……それなら」
「行ってくるよ。どうせ勝つから、私が呼んだらいつでも駆けつけられる所に居てくれ」
「頼まれたわ。本当に、くれぐれも……気を付けて」
紫に背を向け、片手を挙げてそれに答える。次に会う時はいつになるのか、柄にもなく寂しさを覚える妹紅はそれでも振り返らない。
目の前には森が延々と続く。飛び交う蝶も、たまに見かける動物も皆命を持っていない。それは今から見える西行寺幽々子も同じこと。命があること自体が異様なこの世界の中、妹紅は歩きながら何となく空を見上げた。
「……さっさと終わらせるか」
呟き、走り出した。
とっくに覚悟はできている。その筈なのだから。