東方覚深記   作:大豆御飯

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第九章二話 休息の中

 棗が消えてからそれなりの時間が過ぎた。天狗の姿はもう何処にもなく、通りには人影がぽつりぽつりと戻って来る。とは言え、それも殆どが物好きばかり。まだ何かあるのではないかと疑う里の人達はまだ、閉めた戸を開ける素振りも無い。

 それは、美鈴達にとっては好都合だった。通りの隅、日陰を見付けて彼女等四人は休んでいる。正確には六人だが、幽香とメディスンは休むというより眠っている。

 

「……納得できないわ」

 

 井戸に腰掛ける天子は腕を組んだまま不服そうな顔で美鈴を見た。美鈴は苦笑いをするだけ。天子はふんと息を吐くと、髪を払ってそっぽを向いてしまう。

 

「今何を言おうと棗は戻って来ませんよ、総領娘様」

「分かっているわよ……勝ち逃げされたのが納得いかないわ」

「ほう、噂ではお前さんは自分を負かす程強い者と戦いたがると聞いたが、違うのか」

「……まぁ、うん」

 

 キセルを吸うマミゾウが揶揄い、天子はムッと頬を膨らませた。その隣、美鈴は自分の服に付いた少女の血を見て、虚しさを覚えた。触れてみようと、その華奢な体の感覚が戻って来る訳ではない。たった一度、戦場で会い見えただけの相手に、嘗てここまで名残惜しんだことがあっただろうか。

 

「……どうして、あんな道を選んでしまったのでしょうか」

「棗のことかの?」

「はい。どうにも、分からないんです。わざわざ虐げられる道に進まずとも、残された時間を……もっと、真っ当に」

「あれが、彼女なり……いえ、彼女達なりに進んだ真っ当な道だったのでしょう」

 

 答えたのは衣玖だった。

 

「貴方は、真夜中の森の中に連れて行かれ、そこから光も持たずに特定の目的地に行けと言われて、果して辿り着くことはできますか?」

「……無理、ですね」

「……例えが少々分かり辛ければ申し訳ありません。ですが、何となく分かっていただけたでしょうか。光も道も用意された我々と、その両方を与えられなかった彼女等の違いを」

「……最初から希望なんて、無かったのですね」

「そういうことです。けれど、まだ子供。せめて最期だけは、甘えてみたかったのかもしれませんね」

 

 それも、真実かなんてわからない。もう居なくなった誰かのことを言った所で、確かめる術なんて限られている。それを実行できる誰かがここに居る訳でもない。

 全て推測。そうだったかもしれない、その話。

 もしかしたらで語るしかない、虚しい瞬間。

 風が、吹き抜けた。

 

「……何でも良いわよ。勝ち逃げしたのは納得いかない」

「お前さんも大概子供よのぅ。天人なんじゃから成長せんかね」

「うるさい」

 

 その天子の子供っぽさに少しの懐かしさを覚えて、美鈴は頬を緩めた。相変わらず天子はご機嫌斜め。衣玖もマミゾウも、そんな天子を面白がっている。それは、仄かに暖かい空間だった。

 

 そう。空間『だった』。

 

「やぁやぁ、随分と気を緩めているじゃないかぁ。まさか、もう脅威が全て去ったなんて思い込んでいる訳じゃないだろう?」

 

 妙に間延びした、甘ったるい声。それが、風の音さえ遮って響いた。

 

 カツン、カツン。ゆっくりと近付いてくる何者かの足音。不自然な程、その音が大きく聞こえる。そして、その音が聞こえる度に、何かの感覚が明確に歪んでいく。得体の知れない感覚へと、歪んでいっている。

 美鈴は拳を握り、天子は緋想の剣を持って立ち上がった。衣玖はただ音のする方を睨み、マミゾウはキセルの火を落として踏み消し、袖の中に仕舞う。一瞬で場の空気は冷たさを帯びた。

 

「撫子と棗を倒してエンディングを向かえたのは褒めてあげよぉ。だけど、実はまだ黒幕が居ましたなんて、何てことの無い展開だろう?」

「……よくわかんないけど、気に入らないわね」

「いいねいいね。そうだよぉ、倒すべき敵はまだ居るさぁ。それは今までとは比にならない強大さ。理不尽と絶望の体現。空間から物と力を操る、正真正銘のラストボス。ゲームで言うと、ここから盛り上がる輩も居る位だよねぇ」

 

 そして、気が付いたら、少し先に少女が居た。灰色の長髪を揺らす長身の少女が、ニタニタと笑いながら立っていた。

 

「……あれ? 通りの、人々は……?」

 

 その時、美鈴は思わず呟いた。釣られてマミゾウが周囲を確認する。

 

 何故かしら、通りには人が居ない。

 いや、通りだけではない。建物の中からも、人の気配を感じられないのだ。

 

「厄介じゃな」

 

 マミゾウは苦笑いを浮かべた。僅かにだが天子も不快を表し、衣玖もまた溜め息を吐く。

 

「大丈夫大丈夫。ここでどれだけ暴れても、元の世界にゃ影響ないよぉ」

「空間から物と力を操る、ですか。寧ろ物と力を操る為の空間を自ら生成した様に思えますね」

「まぁまぁ、そう言うことさぁ。説明もめんどくさいし、さっさとやっちゃおうよ。この竜胆芙蓉がねぇ!!」

 

 芙蓉がその笑みを歪める。美鈴が身構え、天子は剣を構える。

 音が消えた。余計だと排除されたように、消えた。

 仁王立ちのまま芙蓉は右手をゆっくりと上げる。そして丁度頭上へと来た時、パチンと指を鳴らした。

 

 その音はやがて空間全体へと広がり、巻き起こしたのは破壊の嵐。

 弾幕を越えた、無秩序の暴力が解き放たれる。

 

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