東方覚深記   作:大豆御飯

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(この芙蓉ちゃん、今までで一番残酷なことをしちゃうのでは)


第九章五話 喪失から崩壊へと

 衣玖が何度か曲がり角を曲がった先に、芙蓉は立っていた。誰かの血飛沫を受けて赤の斑点が付いた服を着て、道の中央に立っていた。

 そこに、天子の姿は無い。衣玖は思わず自嘲気味に笑った。ここに至るまで、心の何処かで彼女が居るのではと思っていたからだ。分かっているのに。そんことは有り得ないのだということを。

 

「やぁやぁ、また会ったねぇ」

「生憎道に迷いましてね。まさかもう一度、貴方の顔を拝むことになろうとは」

「嘘が下手だなぁ」

「申し訳ありません。褒められるほど上手な嘘を吐いたことがないものでして」

「それは可哀想だなぁ。私が直々に教えてあげようかぁ?」

 

 衣玖は笑ったまま首を横に振った。

 

「あららぁ」

「褒められるほどの嘘を吐いたことが無いだけですよ」

「……?」

「基本的に、嘘を吐く時はバレなかっただけです。相手は総領娘様でしたからね。騙すのはそう難しいことではございませんでした」

「そっかぁ」

 

 そんなやり取りの中でも、衣玖の心の底からやるせない怒りが込み上げてくる。

 別に天子のことを深く気にかけていた訳ではなかった。ただ目付け役として、彼女のことを見ていただけだった。いつしか交流も増えてきたけれど、彼女の中ではそれ以上の関係ではないものだと思い込んでいた。

 桃を渡された日もあった。丸一日愚痴を聞かされた日もあった。里に行こうと誘われた日、楽しそうに一日のことを話す彼女の姿も見た。

 

 その全てはもう、戻って来ないのだろう。

 また「聞いています」の嘘も吐けず、ただ正直に前しか向くことの出来ない、そんな生きたからくり人形を残して。

 

「まぁ、もうそれもどうでも良い話ですね。ここに来て嘘がどうだと話をするつもりはありませんでしたし」

「だろうねぇ。やるんなら、さっさと始めよぉ」

「言われるまでもなく。感情に任せた負け戦とは、実に虚しいものですね」

 

 バチン!! と衣玖の周囲で電気が爆ぜた。それは次第に大きく、連続していき、衣玖の体は青白い電気に包まれていく。裸眼を焦がす様な暴力的な閃光に芙蓉は思わず目を背けた直後、衣玖は真っ直ぐ芙蓉へと突進した。

 対する芙蓉は逃げも隠れもしない。目を固く閉じたまま口を笑みで歪め、右の拳を握る。それを、躊躇なく衣玖の居る方向へと突き出す。

 

 骨が折れる様な異音が、衣玖の全身から響いた。

 

 直撃したのは衣玖の左胸。狙って打ったかのような一撃が衣玖の肋骨、そして心臓を貫いて鼓動を狂わせる。そのまま加速した芙蓉は後ろへと飛ばされる衣玖に二発三発と殴打を加え、その度に異音が響いて鮮血が衣玖の白い衣に滲む。

 

 殴り飛ばされた衣玖は投げられた小石の様に何度も地面に跳ね返り、くぐもった悲鳴が漏れる。並大抵の人間ならその衝撃だけで死に至ってもおかしくはない。

 けれど、衣玖は、何処まで正常なのかも分からない体を動かした。

 俯せから手を突いて体を起こし、血の塊を吐き出して芙蓉を見据える。

 

「……貴方だけは、許さないと決めたのです」

「ほぇ」

「……例えこの身が朽ちて血袋となり、ただの肉の塊となろうとも、総領娘様の仇を取ると決めた。そこに美醜は関係ない。生き残った時、誰もが私を醜いと罵ろうと、そんなものは関係ない。この手で貴方を……貴方を滅し、灰も残さず消し去ることができるのならば、私はもう何であろうとやり切ってみせる」

 

 地面に擦れた柔肌は血を吹き出す。その血塗れの姿で衣玖は立ち上がった。軸がぶれ、少し斜めになっており、更にはその目にまで血が垂れる。

 それでも、立ち上がった。不死身か何かと思わせるほどに異様な姿で、立っている。芙蓉はその姿に顔を引き攣らせ、無意識の内に一歩下がった。その一歩を、衣玖は二歩詰め寄って帳消しにする。

 

「あぁ、そうです。そうですとも、壊してみせますよ。えぇ、全ては総領娘様の為、失われた私の未来の為に。壊れてしまった以上はもう、私は幾ら壊れようと変わらないのなら、自爆となってでも貴方を壊しましょう。さァ、どうなろうともう、構わないのですから」

 

 衣玖の口元が歪んだ。

 

「……こりゃすごいやぁ。怖いねぇ」

 

 それでも芙蓉の顔には余裕が窺える。寧ろ、心の何処かで楽しんでいる様な、そんな表情だ。

 

「エリカに精神関与の力をこの世界にかけてもらっている御陰かなぁ? 必要以上に恐怖する妖怪にしろ、恨みと憎悪に狂う君にしろ、誰よりも正義感の塊みたいになったあの天人にしろ。これはすっごい効果だねぇ」

 

 ワザとらしく前髪を払い、はぁと息を吐く。

 一歩一歩、ゾンビの様に近付いてくる衣玖を見据えて、芙蓉は指を鳴らした。

 

「いいよ。ボッコボコにしてあげる。事実不確定なままで勝手に希望を捨ててぶっ壊れた愚かな心なんて、正直叩き直した方がマシじゃない?」

 

 今までの話し方とは違う、ハッキリとした声で芙蓉は言った。腰を低く落とし、獣を意識した様な構えを取った。

 

 首筋を、握り潰しやすいように。関節を突き崩しやすいように、そして最小限の力で無力化できるように。計算された動きを頭の中に描き出し、そして衣玖を最短で無力化させる方法を導き出す。

 

「よし、確定」

 

 全ての道筋が組み上がった。

 その計算上、必要時間は一分も無い。

 

 そして、芙蓉はまず衣玖の胸に指を突き込む為に走り出す。

 

 それを見て、衣玖も顔を歪めて笑った。

 

 その、直後のことだった。

 二人のものとは違う、咆哮が轟いた。

 

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