東方覚深記   作:大豆御飯

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第九章六話 地獄の果ての少女

 ぐじゅり。

 肉が潰れる様な音がした。

 

 それは衣玖の体ではない。芙蓉の体でもない。

 その間に割り込んだ、一人の少女のもの。

 

 芙蓉の指はその少女の背中の傷口に深く刺さり、抉り広げていた。

 

「……死にたいなら、勝手に死ね」

 

 絞り出すような声で少女は呻く。

 

「殺したいなら勝手に殺せ」

 

 その体は全身血塗れ、真面に立っていること自体が不自然な程なのに。

 それなのに、少女は衣玖を攻撃から守った。

 

「だけど……その分私も、好き勝手に生きてやる」

 

 少女、比那名居天子はスペルも何も使わず、その身一つで衣玖を守った。

 

「……悪いけどその命、散る前に救うことにするわ」

 

 天子は拳を握り、傷口に芙蓉の指が刺さったまま振り返る。傷口が更に広がり、背中の感覚を奪う尋常でない痛み。咆哮でそれを掻き消し、血走った眼は芙蓉の額を見据える。

 

 鈍い音が響く。

 天子の拳は、芙蓉の額を正確に捉えた。

 

 間違いなく、疑いようもなくそれは致命的な一撃。

 その筈なのに。

 

「ざぁんねん」

 

 芙蓉は笑った。

 

「聞かないんだぁ。良い攻撃なのにねぇ」

 

 その額に血が付いただけで、芙蓉には一切効いていない。感触は確実に捉えたものだったのに、芙蓉にはまるで虫が当たった程度の攻撃にしかならなかった。

 天子の顔が恨みがましく歪む。それを見た芙蓉は更に顔を笑みで歪ませ、右手をゆっくりと開いた。

 

「これこそが絶望。光無き世界さぁ。さぁ、理不尽の前に跪くがいい!!」

 

 その右手を天に掲げた直後のこと。

 

 衣玖と天子の立つ場所が不自然に隆起した。

 

「な、に……!?」

 

 現実に理解が追い付くより早く、二人の体は宙に浮く。何とか態勢を整えようとしたその直後、二人は上からの謎の力に叩き落された。あまりにも大きな手で叩き落された様な感覚で、抵抗する間も無く固い地面が迫る。

 そして地面に叩き付けられる瞬間、再び爆発的に隆起した。

 

 落下の勢いと地面に挟まれた体が悲鳴を上げる。受け身を取ることもできずに胸から叩き付けられた天子は呼吸を忘れ、なまじ手を突いた衣玖の腕は動かなくなっていた。

 

 呻き声を上げるのが精一杯。地面を這おうとも腕が思うように動かない。空気を求めて息を吸えば、血塊がそれを阻害する。

 

「予測不能の即死技。回避不能の全体攻撃。ラスボスの後のおまけで出て来る裏ボスの定番でしょ? って言っても、ここにはゲームが無いから分からないかぁ」

「あ、が、あ……」

「撫子と棗はラスボス。エンディング後のお楽しみが私なのだぁ。実はこいつが黒幕でした、実はラスボスはこいつの前兆に過ぎなかったのだぁ。なんて、ストーリーとしてはベッタベタだけど、中々面白いと思わない?」

 

 芙蓉はワザとらしくしゃがみ込み、天子の顔に近付いて言う。けれど、焦点が合ってない天子の目にその姿は写っているのか。

 

「……まぁ、その様子だと暫く動けそうにないねぇ。残念だぁ」

 

 芙蓉は立ち上がった。広がる血の池を見下ろし、何処か寂しそうに首を振った。その意味を問う声は無い。今この瞬間、この場に居るもので意識があるのは芙蓉だけだった。

 

「……虚しい」

 

 ぽつりと呟いた言葉。それは、儚く遠く、消えていった。

 

「まだいっぱい居るんだから、探しに行かないと」

 

 衣玖と天子の二人から目を離し、芙蓉は当ても無く歩き始める。

 どうせこの世界の中、何処かに行けば遭遇するだろうと、適当に思いながら。

 

 

 

 

「行ったみたいですよ」

「そうじゃな。助けに参るかの」

 

 芙蓉の姿が見えなくなった頃、二人の人影が建物の影から顔を覗かせた。

 紅美鈴と二ツ岩マミゾウ。

 こっそり衣玖の後ろを付けていた二人はいそいそと天子と衣玖を抱いて物陰へと身を隠す。惨たらしいその姿に思わず美鈴は目を背けてしまうが、マミゾウは特に構うことなく路地の奥の少し開けた場所へと進んだ。そこでマミゾウは持っていた葉を綺麗な布に化かし、その上に二人を寝かせた。

 

「どう、ですかね?」

「まぁ、人間ではないからのう。これだけ怪我をしていようと死にはせんよ。とは言え、この先一週間は安静にしとらんとならん」

「……」

「一週間で済む。そう考える方が賢明じゃろうて。あの状況に儂等が入り込んでしまえば、儂等が無事では済まんかった。入った方の結果が良くなったのではと言いたいじゃろうが、あの攻撃はもう何人であろうと同時に潰されるだけじゃな」

 

 再び出した葉を包帯に変え、最低限度の応急処置をしながら言う。その隣で美鈴は何も言えずにただその処置を見ていた。

 悔しいけれど、その通り。あの不可視の攻撃を物理特化の美鈴に対処できるかと言われると無理な話なのだ。

 

「何とも残酷な世界じゃな、幻想郷(ここ)は」

「……彼女は、幻想郷の者ではないと思うのですが」

「まぁ、外来人ならなぁ。とは言え、この世界と同じじゃろうて。中にいる間はそのルールに縛られる。結局、ここは弱肉強食の世界なんじゃて」

 

 衣玖の処置を終え、マミゾウは天子を見た。天人の丈夫な体をここまで痛めつけることができるとは、とマミゾウは半ば関心までしてしまう。白かったはずの服はもう、元の色さえ失っている。

 

「美鈴よ」

「何でしょう?」

「聞いておったか? 芙蓉の言葉を」

「聞いていましたが……それが、どうかしたのですか?」

「どうやら、儂等だけではない様じゃな」

 

 ピクッと天子の体が動いた。同時に微かな呻き声を上げ、腕を上げようとする。まだ意識があるのかと驚いたマミゾウはそんな天子の額をそっと撫で、大丈夫だと囁いた。一瞬、ほんの一瞬だけ表情を緩めた天子は再び力無く意識を失ってしまう。

 

「……良くも悪くも、次は儂等以外の誰かの為に、儂等がこうなる番じゃ」

 

 マミゾウは自嘲気味に笑った。

 

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