「うぐぉ」
里を隔てる門の直ぐ近くの木の下、少女は呻き声をあげた。
「うぅ、頭が痛い……」
少女、射命丸文は頭を押さえて体を起こす。頭が痛いだけでなく何となく怠い。というか、どうしてこんな場所で寝てしまっていたのかが分からない。そもそも、文はここが何処かもイマイチ把握できなかった。
「何処なのよここ……里、の近くで良いのよね?」
取り敢えず目に入った門からそう判断した。木を支えにして立ち上がり、怠い体を元に戻そうと伸びをする。背骨の辺りからボキボキと変な音がしたが気にしない。取り敢えず文花帖と扇を失くしていないことを確認し、寝る前のことを思い出すことにした。
「えーっと……どうにも記憶が朧ね。戦っていたような気がするけど……」
ヒントは周囲にあるだろうかと見てみれば、なんと地面が荒れている。落葉、というか折れた枝がそこら中に散らばっているのは自分の風の所為か。兎に角派手にやらかした様な気がする。
「では、誰に対してやらかしたのか」
二人だったような、そんな気がする。そう、刀が合った。そうだ、片方は魂魄妖夢だっただろうか。もう片方はまず長い髪が特徴的で、確か関節技を仕掛けてきたような来なかったような。武術に秀でた長髪。
「美鈴さん?」
文は首を振ってそれを否定した。髪は紅くなかった筈だし、寧ろ白に近かった気がする。
白の長髪。
「あぁ、鈴仙さん。だよね?」
取り敢えず彼女しか思い浮かばなかったので、そう言うことにしておく。いや、後一人誰か居た様な気がするが、姿は見ていない気がするので今は考えない。
その二人と何をやらかしたのか。そもそも、それが寝た原因だろうけど、どうしてなのか。
「ふむ、意識を奪われた、と考えるのが妥当か。もしくは私が消耗し過ぎて疲れて倒れたか。そのどちらか。倒れた場合は鈴仙さんが居たりするから、何かしら手当をされただろうけどそんな形跡は見当たらない……となると」
意識を奪われた。そう判断する。
では、何故?
暴れ過ぎていたことが原因か。ならばどうして暴れ過ぎていたのか。この説明ができない。
しかし、暴れたではなく襲ったの方が良いのではないだろうか。彼女等二人を相手取るには幾ら文とて手加減はできない。必然的に、こんな枝が落ちたりする風を起こすのも納得出来る。言葉による説得ができないのなら、身を守る為なら意識を奪うのも手段の内だ。
何故、は消えない。
何故襲ったのか。
「……あー」
何となく先が見えてきた。
時間が経つにつれて頭もハッキリしてくる。それこそ、意識を失う前のこともいくらか鮮明になってきたのだが、それよりも以前に起こったことを思い出したのだ。
そう。
棗に敗れ、連れ去られた自分は何処とも知らぬ世界で棗ともまた違う見知らぬ少女の前で目を覚ました。確かパチュリーも一緒だった筈だ。
そこで、得体の知れない精神攻撃を受けたのだ。
印象としては、暗い大きな闇が一気に包み込んできたような。そこから先の記憶全体に靄が掛かっているけれど、どうにも普段の自分の意識とは違う、もっと深い場所で動いていたような気がする。それが、歪んだ形に変形されて。
「……あぁ、そうね。何となく思い出した」
深きを覚ます精神操作。
その効果はもう切れているだろうが、しかし思い出した。
同時に込み上げてくる、やり切れない感情。敵の毒牙に掛かり、本来味方であるはずの少女達に襲い掛かった。
「……まだまだねぇ」
文は唇を噛み締めた。仮にでももう少し頭が鈍ければ、この事実を思い出すのにもう少し時間が掛かっただろう。その方が楽だと思うのは傲慢か。そこに付け込まれたのだと自嘲して反省する。
「まだまだだよぉ、天狗は」
「……その声は」
「元天狗の上司の鬼だよ」
ふと、そんな文の頭上から声が聞こえた。何かと思って上を向くと、そこには瓢箪を片手に持った伊吹萃香が木の上で横になっていた。鬼と一対一は苦手なのだが、この際文は何も言わない。
「ま、頭は冷えたかい?」
「元から冷えています。あれは私の意志とは……」
「だろうねぇ。そうだろうよ。天狗はあんな浅はかな奴じゃない。もっと頭を使う策士の筈だ」
萃香は文を試すように言う。けれど、間違いなくその一言は否定的な意味合いではなく、文のことを認めている様な言葉だった。
萃香は文のことをしっかり理解している。その上で、今こうして話し掛けている。文は萃香の次の言葉を待つ。
「起きてもちょっとは思い出せないことがあったっぽいけど。それはまぁ、今は置いておこう。私は力任せの種族だからね、頭を使うには人より少ししか切れないんだ」
「……」
「そんな私から策士に向けて頼みごとがある」
「なんですか?」
「ちょっとマズいことが起きてね。協力して欲しいんだ」
文は目を細めた。
「妖夢と鈴仙の奴が異界に連れ去られた、と言うより引き込まれた。お前さんはどうやら異界について知っている様だから……異界へと続く道になって欲しい」
「……いや、無理です」
「いやできる。何、異界とは言えここと完全に切り離すことは無理だろうさ。僅かな歪みがどうせ何処かにあるだろう。そこを探すのを手伝って欲しいんだ。見付かったら私がぶっ壊すから」
協力するには首を縦にしか触れないが、しかしどうやってぶっ壊すのか。
ともあれ、何かしらお返しをする時が来たようだ。文は苦笑いしながら頷いた。