もしクレマンティーヌが装者で絶剣で女神だったら   作:更新停止

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もしクレマンティーヌが生きることを諦めてしまうなら

 日付が、変わった。

 それはすなわち、清浄投擲槍と不浄衝撃盾と時間逆行の使用回数が回復したことを意味する。

 

「どうしたでありんす。立ち向かってこないでありんすか?」

 

 不浄衝撃盾が2回、時間逆行が3回、本人の命で1回、合計6回。相手はおそらく回復系の魔法も使えるだろうから、これらは確実に致命傷を与えられる物でなければならない。

 

 私の手元には、彼女を殺せる手札が6つもない。

 どうする。どうすれば、あいつを殺せる。

 

 手に持った剣を構える。

 迷いが剣に出ているのか、なんとなく剣に鋭さがなかった様に感じた。

 

「来ないなら、こちらから行くでありんす」

 

 ―――『上位転移』(グレーター・テレポーテーション)

 

 視線の先にいる彼女が、小さく何かを呟く。

 気がつけば、シャルティアの姿が目の前にあった。

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 咄嗟に、手に持つ剣に不落要塞をかける。

 しかし、これは間違いなく下策だった。

 

「無駄でありんす」

 

 手に持つその剣の特殊性故か、またはガングニールのスティレットの特殊性故か、スティレットの様に一瞬でも持ちこたえることなく、まるで紙か何かのように剣が分断される。

 薙ぎ払われた槍は、呆然としていたクレマンティーヌの右肩から左脇腹にかけてを薄く斬り裂いた。

 

 まるで、いや、間違いなくいたぶるような一撃。

 その強烈な痛みにクレマンティーヌはシャルティアから一歩下がり、同時に背中の翼を羽ばたかせて更に距離をとる。

 

「どうしたでありんすか。動きにキレがありんせんせ?」

 

 しかし、それも下策。

 シャルティアの手には、白銀に輝く清浄投擲槍の姿があった。

 

 クレマンティーヌはシンフォギアを解除し、再び聖詠を歌う。

 

 ―――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 歌が響くと同時に、彼女の周りに半透明のバリアが発生する。

 

「それも無駄でありんすぇ」

 

 清浄投擲槍は、バリアを貫通しクレマンティーヌに襲い掛かった。

 

 ―――武技、『不落要塞』

 

 だが、そうなることはわかっていたので不落要塞で受け止める。

 不落要塞は清浄投擲槍を受け止め、彼女の身体に傷一つ作ることはなかった。

 

 しかし―――

 

「―――っ!?」

 

 槍を受け止めた直後のクレマンティーヌの身体に、幾つもの光り輝く矢が突き刺さる。

 

 第一位階魔法『魔法の矢』、魔法詠唱者を名乗る人間の全てが使えるであろう魔法だ。

 シャルティアは、清浄投擲槍によって破ったバリアの穴の隙間から、この魔法を撃ち込んでいた。

 

(……完全に遊ばれてる)

 

 第一位階魔法は、クレマンティーヌにとってはそこまで威力の高い魔法ではない。最低でも第六位階を使えるシャルティアからすれば、ゴミのようなものだろう。

 にもかかわらずそんな魔法を使ってくるということは、クレマンティーヌで遊んでいるということに他ならなかった。

 

 しかし、クレマンティーヌにはそんなシャルティアにまともに手傷を与えることすらできていない。

 

 それに対し、クレマンティーヌには少しずつ怪我が増えてきている。

 

 先程までよりも、遥かに劣勢に立たされていた。

 

 ギアを再び身に纏い、翼を羽ばたかせて地面へと着地する。

 着地の衝撃で、先程シャルティアの魔法の矢によって傷付けられた肩や太股から血がこぼれるが無視、シャルティアの特殊技能(スキル)には治癒を阻害する物がある以上どうしようもない。

 

 地面に着地した理由は、相手からの攻撃範囲を狭めるためだ。空中で全方位を警戒するよりも、地上で全方位を警戒した方が警戒する包囲が少なくて済む。

 

 もっとも、それも下策だった。

 

「先ほどから無駄ばかりでありんす。『眷属招来』、『転移』(テレポーテーション)

 

 シャルティアの姿が掻き消え、クレマンティーヌに少し上に槍を振りかぶった形で出現する。

 武技を使ってもその一撃を受け止めることは出来ないので、クレマンティーヌは後ろへと跳躍した。

 

 だが、その直後に足に衝撃を受けたため、彼女はその場にとどまることとなる。

 横目で見れば、そこでは紅の眼をした黒い狼が背後から足へと体当たりをしてきていた。

 

 無防備な状態のクレマンティーヌに、シャルティアの槍が振るわれる。

 槍は胸をかすかに切り裂き、左の太ももを大きく傷つけた。

 少しだけとはいえ、後ろに下がったためにクレマンティーヌは真っ二つになることは無かったが、足を潰されたことは彼女の取柄である回避能力に影響することになる。

 

 クレマンティーヌは、右足で跳躍することでシャルティアから距離をとると、着地に失敗し片膝をついた。

 

 反射的に立ち上がろうとして、左足が動かないことに気が付く。先ほどのシャルティアの一撃で、腱か何かを傷つけたのだろうか。

 

 いや、違うのだろう。動かないのではない、動かそうとしてないのだ。

 

 クレマンティーヌは、自身に加虐的な笑みを向けるシャルティアを見る。

 

 足を動かそうとしていないのは、おそらくどこかで諦めているからだろう。

 

 クレマンティーヌの持つ手札は少ない。そして、その切り札のほぼすべてがシャルティアに露呈している。

 自分よりも強い相手に自身の手札が露呈していることは致命的だ。同格の相手であっても致命的なことであるが、自分よりも強い相手に切り札が知られていることはその比にならない。格上を討ち果たすには、何らかの切り札が必ずと言っても間違いでないほど必要となるからだ。

 その上、クレマンティーヌはシャルティアの特殊技能(スキル)こそわかるが、魔法詠唱者である彼女相手に使用する魔法の予想がついていないというこという危機的な状態に立たされている。

 

 そんな現実に、彼女の心は確実に折れ始めていたのだ。

 

「もう終わりでありんすか。もう少し頑張るかと思いせんしたけど、そうでもなかったでありんすね」

 

 シャルティアは手に槍を構え、ゆっくりとこちらに歩いてくる。

 

「確かに、あなたは下等生物風情にしては見事でありんした。正直なところ、聖浄投擲槍以外の特殊技能(スキル)を使うことになるとは思いもしていなかったでありんす。本当に、よく戦ったでありんすね。

 ……ですが、それだけ。MPも体力もほとんど減りんせんでしたし、日付が変わった今となってははっきり言って何もできなかったと同義でありんす」

 

 シャルティアはクレマンティーヌの前に立ち、槍の先を彼女に向ける。

 

「何か言い残すことはありんすえ?」

 

 彼女の言葉に、クレマンティーヌはシャルティアを見る。

 彼女の身体はまだ動く。この至近距離で弓を取り出せば、シャルティアに一度であれば致命傷を与えられるかもしれない。

 けれども、彼女にできることはそれだけだろう。命を削ることすらできない。無駄に戦って、それで終わりだ。

 

 そんな戦いに何があるだろうか。この状況で戦うことに、何の意味があるだろうか。

 

「ない、かな」

 

 そう、何もない。ここで何かをすることは、完全に無意味だ。

 そう、クレマンティーヌは最初から逃げるべきだったのだ。彼女に会ったとき、下手なプライドなど無視して逃げるべきだったのだ。意味もなく戦うことは、本当に愚かだったのだ。

 

「そうでありんすか」

 

 シャルティアは槍を振り上げる。

 

 彼女はその槍を、クレマンティーヌに突き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クレマンティーヌの脳裏に、今までの人生が流れる。

 クレマンティーヌ自身の物だけではない。ユウキや鹿目まどか、立花響の人生も流れる。

 

 幼かったころ、兄と比べられ続けた時代を。

 辛かったころ、病院の無菌室で寝そべり続けた時代を。

 苦しかったころ、学校でもどこでも陰口をたたかれ続けた時代を。

 

 楽しかったころ、この拳で兄を袋にしたあの日を。

 嬉しかったころ、こんな自分でも誰かの役に立てるのだと知ったあの日を。

 幸せだったころ、大好きな親友を守れたあの日を。

 

 思い出す。人生を思い出す。

 

 あたかも走馬灯のように、自身の過去が浮かんでは消え、浮かんではまた消えてゆく。

 

 

 

『―い、―ぬな!!』

 

 

 

 どこからか、声が聞こえる。

 とても懐かしい声で、とても聴きなれた聞き慣れない声。

 いったい、誰だろうか。

 

 

 

『―をあ―てくれ!!』

 

 

 

 聞いたことのある声。

 忘れてはいけない、だれか大切な人の声だった気がする。

 

 誰だろうか。いや、そもそも自分はこの声を聞いたことがあっただろうか。

 ラキュース、イビルアイ、ティア、ティナ、ラナー、ナーベ、知り合いの女性のことを頭に浮かべるが、どうにも違う。

 

 聞き覚えのない、けれども知っている声。

 忘れてはいけない、大切な誰かの声。

 

 そこで、一人の女性の姿が脳裏に浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『生きるのを諦めるな!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自然と身体が動いた。

 

 迫る槍をシャルティアごと吹き飛ばすかのように、全身のアーマーが弾け飛ぶ。

 

 仲間が、この世界にはいない仲間が『アーマーパージ』と呼んだそれにより、シャルティアの身体は大きく吹き飛ばされた。

 

 シャルティアは空中で一回転し、鎧の翼を羽ばたかせることによって姿勢を保って着地する。

 

「―――懐かしい言葉を思い出したよ」

 

 立花響の人生を、そしてクレマンティーヌの心を大きく変えた彼女、天羽奏の言葉。

 

「『生きるのを諦めるな』、ね。随分と臭い言葉だと思わない?」

「へえ、まだ立てたでありんすか」

「まあ、そうね。さっきまで立てなかったけど、今はちゃんと立てるわ」

 

 立ち上がり、シンフォギアを元に戻す。

 

「なんだかさー、私らしくなかったんだよねー」

 

 『生きることを諦めるな』

 立花響が装者となる前、彼女の心臓にガングニールの欠片を残した彼女が死にかけた立花響に告げた言葉だ。

 

 生きることを諦めるなんて、たかが手札が少ない程度であんなにも絶望していたなんて、余りにもらしくない考え方だ。

 落下する月の欠片を前にしても立花響が絶望しなかったように、確実な死を目の前にしてなお絶望しなかったユウキのように、自らが魔女へとなる直前でも絶望をしなかった鹿目まどかのように、ただ強い程度の相手に絶望するなんて本当にらしくない。

 

 そして何よりも、クレマンティーヌは、自分よりも一回り近く年下の少女達に負けるなんて絶対にごめんだった。

 

「たかが刺されそうなだけで絶望とかさー、戦士なめてんのかぁって話だよね。

 刺されたり斬られたりしそうになる、それを防いだりかわしたりしするのが戦士ってもんでしょ。治癒不可能だなんだとかさぁ、そんなことは重要だけど絶望する理由になんないだろ」

 

 拳を構える。

 足を肩幅に開き、大地を両足で踏みしめる。

 

「……いったい何の話でありんすえ?」

「いや、再確認してるだけだから気にしないでほしいかなー」

 

 クレマンティーヌがシャルティアを倒せる手段は、確かに本当に少ない。

 だが、なりふり構わず本気でやれば、いくらかはやりようがある。

 

 後のことなんて考えない。今この一時にすべてを出し切る。

 

「さて、今度こそ本気で行くわ」

 

 ――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 クレマンティーヌが聖詠を唱えると、全身が暖かい輝きに包まれる。

 光が収まると、そこには先ほどとは少しだけ装いを変えた彼女の姿があった。

 

 最も目に付く違いは、首元から伸びるマフラーの様な二対の布だろう。首元から白い布が伸び、風に乗るようにはためいている。

 全体的に黒色の多かった姿は一転して白い印象を強くする姿となっており、四肢のパワージャッキはいくらか装甲が追加され少し大きくなっていた。

 

「あはははは! ならその本気を見せてくださいまし!」

 

 姿を変えたクレマンティーヌに、シャルティアは翼をはためかせて突進する。

 迫るシャルティアに、クレマンティーヌはまるでクラウチングスタートの様な姿勢をとり迎え撃つ。

 

 ―――いこう

 

 覚悟を決める。

 反動も、副作用も、今は考えない。ただ彼女に勝つことだけを目指す。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『疾風走破』

 ―――『能力向上』

 ―――『能力超向上』

 ―――『肉体向上』

 ―――『肉体超向上』

 ―――『流水加速』

 ―――『脳力開放』

 ―――『戦気梱封』

 ―――『知覚強化』

 ―――『可能性知覚』

 ―――『急所感知』

 ―――『回避』

 ―――『超回避』

 ―――『剛撃』

 ―――『豪腕剛撃』

 

 ―――『即応反射』

 

 全身から血が吹き出る。

 眼からは血の涙がこぼれ、体内から四肢の肉が裂け、全身が血で赤く染まる。

 視界から色が消え、無くしてはいけない何かがこぼれていく感覚がする。

 

 それは、武技の副作用。限界を突破してなお超えられぬ限界を、越えてはいけない限界を超えた数の武技は、クレマンティーヌの肉体を内側から破壊していった。

 

 激痛で、頭が真っ白になりかける。身体がふらつき、音にならない悲鳴が口からこぼれる。

 

 痛みに心がきしみ、無理をするなと、諦めろと、自分の本能が訴えかけてくる。

 

(たしかに、こんなことをすれば死ぬかもしれない。こんな真似を長時間続けることはできない以上、短期間で殺しきれなければただ勝手に自滅行為をしただけになるかもしれない。

 

 ―――それでも)

 

 それでも、生きることを諦めるわけにはいかない。

 死力を尽くして届かないなら、それでもいい。けれど、生きることができるかもしれないのにそれを諦めることは、絶対に嫌だ。

 それは、自分とは一回り以上は差のある立花響やユウキ、鹿目まどかでさえ成しえたことなのだ。

 自分よりはるかに年下な彼女たちが死の恐怖を前に絶望しなかったのに、自分が諦めるなんて死んでもごめんだ。

 

 彼女は、武技の副作用によって生まれたその怪我を()()()()()()()()()

 代わりに、クレマンティーヌは身体操作の魔法で抑え込んでいたとある現象を開放する。

 

 激痛。

 その耐えがたい痛みで視界が歪む。

 それでも、彼女は回復魔法を行使しなかった。

 

 クレマンティーヌの目前まで迫ったシャルティアが、彼女に槍を突き出そうと槍を引き絞る。

 その直後、大きな炸裂音と共にクレマンティーヌの姿が消えた。

 

「消え―――っ!?」

 

 その事にシャルティアが気が付いた直後、再び炸裂音が鳴り彼女の身体が背後から殴りつけられた。

 更に連続するように音が鳴り、より強い衝撃がシャルティアの全身を駆け抜ける。

 

「舐める、なっ!!」

 

 シャルティアの口元から血がこぼれるが、彼女はそれを無視して一回転。手に持った槍を、背後を薙ぎ払うように振るう。

 振るわれたその槍に、何かを叩き潰す事ような手ごたえが生まれる。

 

 しかし―――

 

 再び炸裂音、無理な動きにより重心の崩れたシャルティアの身体が、横合いから殴りつけられる。そして先程と同じように炸裂音が鳴り、鎧を越えて強烈な衝撃がシャルティアを襲った。

 

 クレマンティーヌがしていることは、とても単純なことだった。

 相手の視界から一度はずれて、その後近づいて殴り飛ばす。ついでに腕部のパワージャッキを稼働させ、相手に強烈な一撃を叩き込む。たったそれだけだ。

 攻撃対象を指定(ターゲッティング)をさせないことを重視した、数ある魔法詠唱者に対する対処法の一つでしかない。

 

 しかし、数多の武技とシンフォギアによって強化された身体は、その動きを凶悪な物に進化させる。

 

 身体能力向上系の武技と脚部のパワージャッキによる移動は、文字通り目にも留まらぬ動きを実現し、攻撃力を向上させる武技と腕部のパワージャッキによる一撃は、衝撃だけとは言えシャルティアの鎧を貫通していた。

 

「悪いけど、さっきまでと一緒にしないでもらえるかなー?」

 

 挑発的な口調で、クレマンティーヌは駆け抜ける。

 辺りの大地は穴だらけとなり、その穴が増えるたびにシャルティアの身体に衝撃が走った。

 

 だが、その軽い口調とは異なり、クレマンティーヌの内心は痛みで悶えていた。

 

 高速移動のために使用している脚部パワージャッキの反動で両脚は砕け、シャルティアを殴り続ける両手は、自らの一撃に耐えきれず骨が砕け肉が抉れている。

 余りにも速い動きに、呼吸することすらままならない。酸欠で意識が遠くなってゆく。

 

 シンフォギアのみで戦っていればこんなことにはならなかったかもしれないが、武技により強化された肉体は自らの身体を壊すにたる出力を起こさせていた。

 

 それでも、そんなことは表に見せずに戦い続ける。 

 

「っち!! 『上位転移』(グレーター・テレポーテーション)!!」

 

 連撃の檻、シャルティアは魔法により空へと転移することで、その中から抜け出す。

 

 クレマンティーヌは、知覚強化の武技によって強化された五感により転移したシャルティアを瞬時に捉えた。

 瞬時に地面に落ちていた5本の三日月刀を拾いシャルティアの槍の間合いを避けるように連続して空へと投げつけると、パワージャッキを炸裂させてシャルティアへと駆け抜ける。

 

 一瞬の出来事、しかしそれはシャルティアにとっては十分な隙だった。

 

「燃え尽きて死になさい!! 『最強化(マキシマイズマジック)()朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)』!!」

 

 シャルティアが魔法を発動する。

 彼女が発動した魔法『朱の新星』(ヴァーミリオンノヴァ)により、クレマンティーヌは炎に包まれた。

 

 その炎はクレマンティーヌの肉を焼き、体内の酸素を奪い、傷口から流れ出る血液を蒸発させる。

 

 だが―――

 

「ぬるい炎ね、せめてもう倍は火力上げてきなさい」

 

 全身の痛みを隠し、不敵な笑みを浮かべて拳を振り上げる。

 

 シャルティアが行使したのは火炎系の魔法。クレマンティーヌには効果が薄い。

 シャルティアは知らないことであったが、ガングニールの装者である立花響は完全聖遺物『ネフィリム』が放った一万度を超える炎を拳一つで消し飛ばした事がある。アインズのような純魔法職の存在が放った一撃ならともかく、そうではないシャルティアが放った物ではクレマンティーヌには効果的な物とならない。

 

 もちろん、効果的ではないからと言って効かないわけではない。

 しかし、それを彼女が表に出すことはなかった。 

 

 クレマンティーヌの拳が、空中のシャルティアの腹部に炸裂する。

 更に翼による飛行と空中を蹴りつけることによる加速でシャルティアの背後を取ると、その背中にかかと落としを撃ち込んだ。

 さらに追い打ちでもするかの如く、パワージャッキを稼働させて衝撃を撃ち込む。

 大地と異なり踏ん張ることができないからか、シャルティアの身体は上から下、地面へと強く叩きつけられた。

 

 地面に叩きつけられたシャルティアを追撃するため、空を舞う三日月刀を一つ手に取り、2本を足場として蹴り飛ばす。

 

 翼を用いて立ち上がったシャルティアが真っ先に目にした物は、この暗闇を不気味に照らし出す紫色の輝きを宿した、刃の部分を強引に変形させられたかつて三日月刀だった片手剣だった。

 

「―――『マザーズロザリオ』!!」

 

 剣から突きが放たれる。

 しかし、その攻撃をシャルティアは二度も目にしている。

 彼女は、ナザリック地下大墳墓において最強のNPC、それだけ見れば完全に見切ることも可能だった。

 

「残念だけど、その攻撃はもう効かないわ!!」

 

 十一連撃の内の三撃目と同時に、剣をクレマンティーヌごと吹き飛ばすかのように槍が振るわれる。

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 ―――『戦気梱封』

 ―――『不落要塞』

 

 しかし、その『マザーズロザリオ』は、クレマンティーヌにとって囮だった。見切られていることを理解していた。

 

 既に発動していた回避系の武技と、戦気梱封と不落要塞により強化された三日月刀擬き、そして今使用した即応反射の武技を合わせることで、その一撃を僅かに受け流し致命傷となることを回避する。

 だが、彼女が回避できたのは致命傷のみ。

 不落要塞を突破したシャルティアの槍により三日月刀は破壊され、クレマンティーヌの脇腹に突き刺さり貫通する。

 

 その光景を見たシャルティアの顔に、狂的な笑みが浮かぶ。

 そして、そんなシャルティアの笑顔を見たクレマンティーヌもまた、その顔に嘲笑うかのような笑みを形作る。

 

「つーかまーえたぁ」

 

 クレマンティーヌは、武技で強化された身体の筋肉に力を入れる事で、自身の身体を貫く槍の動きを押さえ込む。

 

 そう、彼女はわざと身体に突き刺させたのだ。

 

 クレマンティーヌは、懐に入るために痛みを無視して一歩踏み込むと、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ALOにおいて、オリジナルソードスキルを開発するためにはいくつかの条件を満たす必要があるが、その中でも特に重要なことが二つある。

 一つは、まるでソードスキルを使っているかのような速度の攻撃をソードスキルを使用せずに再現できること。そしてもう一つは、そのオリジナルソードスキルに名前が決まっていること。

 この二つさえ満たしていれば、基本的にオリジナルソードスキルとすることができる。

 

 そしてクレマンティーヌは今日、一度だけ名前の付けられた素手の攻撃を行っていた。

 

「こんなこともあろうかとってねぇ!!」

 

 ―――オリジナルソードスキル『超級連続攻撃・改(仮)』

 

 『流水加速などの能力向上系武技が発動された状態の攻撃を再現したソードスキル』が、流水加速などの能力向上系武技が発動された状態で発動する。

 いわば、彼女が今放とうとしている攻撃は、擬似的にシンフォギアによる強化と武技による強化が重ね掛けされているに等しかった。

 

 その一撃は、たとえシャルティアですら捉えることはできない。仮にできたとしても、スポイトランスを掴まれている彼女には回避することができない。

 深紅の鎧に僅かに罅が入り、シャルティアの身体が大きく揺さぶられる。

 

 だが、シャルティアも一方的に殴られるばかりではない。

 シャルティアは特殊技能(スキル)ミストフォームを発動することにより星幽(アストラル)体化することでその連撃を回避して数歩下がり、クレマンティーヌの間合いから抜ける。

 

「弾け飛べ、『内部爆散』(インプロ―ジョン)!!」

 

 第十位階魔法『内部爆散』(インプロ―ジョン)。相手を体内から爆発させる魔法だ。

 とっさにクレマンティーヌはその魔法に抵抗するが、ある程度抵抗できたものの完全には抵抗しきれず両腕が爆散する。

 

 しかし、腕が爆散したにもかかわらず、クレマンティーヌはまるで腕が存在するかのように、再びシャルティアに殴り掛かるかのような体勢で大きく踏み込んだ。

 

 いや、存在するかのようにではない。本当に腕は存在していた。

 

 クレマンティーヌが一歩踏み込むと同時に、彼女の両腕があった場所に先程爆散した彼女の腕とそっくりの黄金の輝きを放つ腕が出現する。

 

「今度こそ逝こうか、『超級連続攻撃・改(仮)』」

 

 黄金の腕により、超高速の連撃が再び行われる。

 黄金の左腕はシャルティアの鎧を突き破り、シャルティアの腹部に大きな穴をあけた。

 

 先ほどまでとは異なり、クレマンティーヌの連撃は鎧を貫通する。

 クレマンティーヌから繰り出される鉄の塊で打ち据える様なそれに、シャルティアは慌ててミストフォームを再使用し、星幽(アストラル)体化することでその攻撃を回避した。

 

 だが、それは時間稼ぎにもならなかった。

 

「―――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 クレマンティーヌの口から旋律が奏でられるとともに、シャルティアの星幽(アストラル)体化が強制的に解除される。

 否、解除されたのではなく、現実世界に強制的に引きずり戻されたという方が正しかった。

 

 シンフォギアの機能に、調律という物がある。

 これは、シンフォギアを纏う彼女たちの敵であるノイズが使用する位相差障壁、自身を別世界に置くことで現実世界の物理法則下から逃れ、高確率で攻撃をすり抜けるという能力を無効化する機能だ。

 もし、シャルティアが特殊技能(スキル)の名前通り霧と化していたのなら調律は効果を発揮しなかったかもしれないが、ミストフォームは星幽(アストラル)体化、つまり現実世界の法則から逃れる状態となる特殊技能(スキル)だ。調律の効果は発揮される。

 

 シャルティアを殴打しながら、クレマンティーヌは歌を歌い続ける。

 

 その様子に嫌な予感を感じたシャルティアは、『不浄衝撃盾』を使用してクレマンティーヌを吹き飛ばした、

 

 空中に吹き飛ばされたクレマンティーヌは、宙を舞う三日月刀を足場に再びシャルティアへと飛び出した。

 

「『清浄投擲槍』っ!!」

 

 距離が開いたことにより発生した僅かな時間、その隙にシャルティアはクレマンティーヌへと清浄投擲槍を投擲する。

 

 クレマンティーヌはそれを両手で受け止めると、握力で強引に握り潰した。

 

 つい先程までであればできなかったそれは、()()()()()()()()()()()()()クレマンティーヌにとっては、簡単とまでは言わないが大きな難なくこなせる程度には難しくないことだった。

 

 本来のガングニールの装者である立花響は、聖遺物『ガングニール』と融合したために聖遺物に身体を蝕まれるという事態に陥ったことがある。

 彼女はそれを親友の助けにより解決したが、その手段は『神獣鏡』(シェンショウジン)という聖遺物を使用した物であったためクレマンティーヌでは絶対にできないことだった。

 故に、普段は魔法少女の力、身体操作の魔法で抑え込んでいた。

 

 だが、今は異なる。

 身体操作によって抑え込むのではなく、蝕む方向性を操作することでその浸食を活用していた。

 

 今のクレマンティーヌの傷口は、ガングニールの欠片によって埋められている。本来であればそんなことをすれば大変なことになるが、魔法少女の身体はその辺りの融通が利く。むしろ満身創痍であった今は、下手に怪我をしていた方が危ないほどだった。

 

 クレマンティーヌが清浄投擲槍を粉砕すると、彼女の視界には大量の獣と白い分身のようなものを引き連れたシャルティアの姿が映った。

 

 内心では彼女が分身を生み出すような特殊技能(スキル)を持っていることに呆れつつ、三日月刀を足場に全速で駆ける。

 

 魔法を唱えたりなど、何か対多数用の対策をする必要はない。

 

「―――Emustolrozen fine el zizzl」

 

 ―――絶唱が歌い終わるからだ。

 

 絶唱とは、シンフォギアの装者達にとっての切り札と呼んでいい技能だ。

 歌唱にて増幅したエネルギーを一気に放出するというもので、一瞬だけであれば月を破壊するような威力の荷電粒子砲と拮抗できるだけの出力を持つ。まさしく、星をも砕く一撃を可能とする能力だ。

 

 クレマンティーヌを中心に放射状に放たれたエネルギーは、シャルティアの眷属達を殲滅し、白い分身、シャルティアの特殊技能(スキル)によって生み出された分身の身体を衝撃で大地に縫い付け、そしてシャルティア自身を滅ぼそうとする。

 彼女は時間逆行で殴打によるダメージを回復させるが、回復と同時に絶唱によるダメージを負うこととなり、絶唱を耐えきったはいいものの満身創痍のような有様だった。

 

 そしてそんな彼女の懐に、炸裂音と共にクレマンティーヌが出現する。

 

「じゃ、もう一回いくよー」

 

 ―――クレマンティーヌのその軽快な言葉に、シャルティアは顔をひきつらせた。

 

 彼女は転移魔法を使用しようとするが、それよりも早くクレマンティーヌの拳が顔面に突き刺さる。

 

「―――Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

 同時に、彼女は再び絶唱を口ずさみ始めた。

 

 

 

 クレマンティーヌは軽い口調をしているが、これは単なる強がりでしかない。

 絶唱という物は、その圧倒的な力を発揮する際に大きな反動が発生する。

 その反動は聖遺物との適合率が高ければ小さくできるので、聖遺物との融合体であるクレマンティーヌは反動を最小限にまで抑えることができている。しかし、反動は発生しているのだ。

 傷だらけなクレマンティーヌにとって、その最小限の反動でも大きな負担になっていた。

 

 

 嵐のような連打を行うクレマンティーヌの背後から、動けるようになったシャルティアの分身が襲い掛かる。

 

 知覚強化によって強化された五感と可能性知覚により強化された第六感は、それを捉え正確にクレマンティーヌに伝えてきた。

 

 だが、それに気がついてもクレマンティーヌは振り返ることはしない。

 

 

 

 『六光連斬』という武技がある。

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが開発した武技の一つで、彼がかつてブレイン・アングラウスという男との御前試合において使用した『四光連斬』という武技を発展させたものだ。

 能力は、一つの斬撃を六つに変えるという物。連斬とあるが、連続攻撃を行っているわけではない。六つの攻撃を同時に放っている。

 クレマンティーヌは、その劣化版である『四光連斬』という武技を使用できていた。

 

 彼女が今、シャルティアの分身に背中を向いている理由は、その武技にある。

 

 

 簡単な話だ。

 剣撃を四つに増やす武技を使用することができるのであれば、たかが拳撃を一つ増やす程度の武技をどうして開発できないだろうか。

 

 

 クレマンティーヌの両腕の光に赤色が混じり、背後の分身とシャルティアに同一の打撃が打ち込まれる。

 今クレマンティーヌが即興で生み出した武技によって、超級連続攻撃・改(仮)の連撃が彼女の背後に再現されたためだ。

 

 再び『不浄衝撃盾』が使用され、クレマンティーヌの身体が吹き飛ばされる。

 これで二回目、シャルティアにもう後はない。

 

「ああああっ!!」

 

 シャルティアは必死の形相でクレマンティーヌを攻撃する。

 彼女は、聖浄投擲槍やエインヘリヤル、眷属招来で呼び出した動物たちの様な特殊技能(スキル)による攻撃や、『朱の新星』に『内部爆散』の様な魔法まで、彼女が使える全攻撃手段をもって敵を、クレマンティーヌを攻撃していった。

 それらはクレマンティーヌの拳を砕き、肉を抉り、傷を増やしてゆく。

 魔法だけは、聖遺物によって強化されたクレマンティーヌの魔法抵抗力を突破することができずに無力化されるものの、それらを負ったクレマンティーヌは満身創痍と言ってよいありさまだった。

 

 だが、それでも止まらない。

 歌を歌いながら、前へと進み続ける。

 

「―――Emustolrozen fine el zizzl」

 

 そして、絶唱を歌い終える。

 クレマンティーヌの身体から膨大な熱気が放たれ、彼女の周りの空気がその熱気で歪みだした。

 

「たしかに、私の手札の数はそう多くない。けどさぁ、だったら一つの手札で殺しきればいいだけじゃない」

 

 クレマンティーヌの足元から炸裂音が響き、その姿が消える。

 シャルティアの周りで炸裂音が相次ぎ、その度に彼女の視界に一瞬だけクレマンティーヌの姿が映っては消え、映っては消える。

 

「そもそもさー、真正面から戦うことが間違いだったんだよ。自分よりも強い相手と真正面から戦うなんて馬鹿げてるよねー。

 私より強い相手と戦ったことが多くなかったからすっかり忘れていたけれど、力で劣るのに正面から戦うなんて戦士失格ね」

 

 シャルティアの背後から衝撃がおこる。

 ボロボロの鎧はさらに砕かれ、傷はさらに増えていく。

 

 ここにきて急に沸いた敗北の可能性を理解し、我武者羅に槍を振り回すシャルティア。その大きく歪んだ形相に、クレマンティーヌの心の中の悪性は大きな満足感を得ていた。

 

 クレマンティーヌはシャルティアにそう言ったものの、実のところ戦いはそんなに簡単なものではない。自分の利点を生かして戦ったからと言って、相手がその点に優れていないという保証があるわけではないのだから、それでは勝てないことだってある。

 今回、クレマンティーヌにとって幸運だったのは、シャルティアの素早さが他の能力値と比較して低かったことだ。だからこそ死力を尽くせば素早さだけであれば上回ることができた。

 

「はぁ、はぁ、『生命力持続――(リジェネ―――)』」

 

 クレマンティーヌはシャルティアが槍を振り切った瞬間に合わせ、彼女の懐に足を踏み入れる。

 

 エインヘリヤルによる分身を置き去りにして、叩きつけられた拳によりシャルティアは吹き飛ばされた。

 

「―――これで、邪魔は入らないわね」

 

 クレマンティーヌの黄金色の腕が二色に輝き、その輝きにシャルティアの顔が引きつる。

 本来の五十連撃と、それを再現する五十連撃。合計百の鉄槌がシャルティアに叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

 

 白い分身が消え去り、クレマンティーヌはシャルティアが死んだことを確信する。

 彼女の手の上にあるそれは、まるで黒い宝石であったと見間違えてしまいそうなほどだ。

 

「うわー真っ黒。これあのまま絶望してたら魔女化もあったかもしれないなー」

 

 彼女は魔法少女の姿に変身すると、手に持ったソウルジェムに浄化の魔法をかけてゆく。

 

 そんな彼女に背後から襲い掛かる存在がいた。

 

 シャルティアだ。彼女は蘇生アイテムを持っていたために、蘇生することができていた。

 背を向けるクレマンティーヌへと、シャルティアは槍を突き出す。

 

 しかし―――

 

 ―――武技、『限界突破』

 ―――『即応反射』

 

 ―――振り向くように槍を躱され、同時にシャルティアの心臓に桃色に光る矢を心臓につきたてられた。

 

「な、どうして」

 

 完全に隙をついていたはずの一撃だった。それに対応されたことに、シャルティアは驚愕する。

 そんなシャルティアにクレマンティーヌは答えた。

 

「どうしてって、あなたなら蘇生スキルぐらい持っててもおかしくないでしょ」

 

 その答えに、シャルティアは呆然とした。

 

「じゃあ、今度こそ終わりにしましょう」

 

 矢を中心に巨大な魔法陣が現れる。

 シャルティアはその光景に嫌な予感を覚え、その場から移ろうと考えたが、何故か身体は動かなかった。

 

「っ!? 身体が」

「動かないって? 心臓を通してあなたの全身に浄化の力を打ち込んだからねー。神経まで逝ったから気が付いていないかもしれないけど、あなたの身体はボロボロなんじゃないかなー」

 

 魔法陣は輝きを増し、シャルティアの周囲に幾つもの矢が出現する。

 

『大致―――』(グレーター・リ―――)

 

 逃げるために身体を回復させようとするシャルティア。

 しかし、それは一歩遅かった。

 

 四方から桃色の矢が突き刺さる。

 時間逆行で回復をするも、それでは追いつかないほどの数の矢がシャルティアの身体を襲う。

 

 そして、シャルティアは死んだ。

 

 

 

「―――ふぅ。

 想定はしていたけど、本当に蘇生するとは思わなかったよ」

 

 ようやく、クレマンティーヌは全ての武技を解除した。

 全身に疲れが湧き、思わず地面に倒れ込む。

 

「終わったぁー。疲れたぁー。もう二度とあんなのの相手は嫌だぁー」

 

 緊張も途切れたためか、ついつい口から本音がこぼれる。

 

 しばらく横になって休み、呼吸が落ち着いてから起き上がると、クレマンティーヌは呟いた。

 

 

「とりあえず、ソードスキルの名前変えよう。戦闘中に適当に付けたからって、流石にあの名前はないかなー」




ようやく終わったー!!

 追加のタレントについて感想で言う人が多いので、アンケートを活動報告でとります。

 2015/12/22 修正その1
 2016/01/24 修正その2

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