もしクレマンティーヌが装者で絶剣で女神だったら 作:更新停止
そこからは一瞬だった。
召喚された『威光の主天使』は、『監視の権天使』達を蹂躙し光へと変えていった。
いくら『監視の権天使』が防御力に優れていると言っても、流石に第6、7位階の人類では到達することすら絶望的な魔法を行使する存在相手では、それは象に昆虫が身体の固さを誇るような物でしかなかった。
怒涛の魔法に押しつぶされ、細切れにされ、塵と化す天使達。
それを見た陽光聖典達は、加速魔法すら駆使し大慌てで逃げていった。
「ふぅ」
クレマンティーヌは、溜め息を吐き緊張を解く。
法国の巫女姫達が使う監視魔法の効果時間と再詠唱時間を考えれば、今は見られていない可能性が高いからだ。クレマンティーヌは、何時までも気を張っていると、身体に無用な負担をかけると経験、そして
故に彼女は、基本的にはあまり気を張らずにだらけたような様子でいることが多い。
溜め息を吐いた彼女は、辺りを見回す。
そこには、人影一つ無い夕焼けに照らされた草原が広がっていた。
ガゼフ達は此所にはいない。アインズさんが、彼らを魔法で回収してくれることになっている。
おそらく今頃は、村で手当を受けていることだろう。
そんな時、クレマンティーヌは自身の剣が見当たらないことに気が付いた。
アインズさんが回収してくれたのだろうか。それとも、陽光聖典にどさくさのうちに盗まれたのだろうか。
彼女は少し悩んだ後、考えただけでは結局何もわからないことに気が付き、その思考を頭から捨てた。
「……さてと、ガゼフ達の様子も気になるし、そろそろ村に戻ろうかな」
クレマンティーヌは、村の方に歩みを進める。
クレマンティーヌが村に着いた頃には、夕日も落ち辺りは暗闇に閉ざされていた。
陽光聖典を退けてから、一晩明けた。
「あれー、アインズさん。昨夜は村にいなかったみたいだけど、どこかに行っていたの?」
「ええ、戦士長殿を助けた時に少し忘れ物があったもので、取りに行っていたんです」
朝方、村の空き倉庫を借りて一泊した後、クレマンティーヌは村の中心部にある広場でアインズを見かけた。
彼女が陽光聖典との戦いから帰ってきた頃、村にはアインズの姿がなかった。そのため、クレマンティーヌは彼に何かあったのか心配だったのだ。
彼の言葉からして、何か問題があったわけではなさそうなので大丈夫だろう。
彼女は、彼の言葉を聞いてそう感じた。
「そっかー。何かあったのかと心配だったけど、その心配は杞憂だったみたいねぇ」
「どうやら心配させてしまったようですね」
「べつにぃ。でもまあ、無駄な心配だったみたいでよかったわよ」
クレマンティーヌは、そうアインズに返すと踵を返して広場を離れた。
クレマンティーヌはその足でガゼフの眠る空き家に向かう。先程広場から離れたのはそのためだ。断じて、つい心配していたことを口にしてしまったからではない。
ガゼフを見守っていた兵士に一声かけ、ガゼフの眠る部屋に入る。
部屋の中では、彼が身体に包帯を巻いた状態で布団の中に横たわっていた。
昨日、から、ガゼフは眠ったままだった。
それも当然だろう。強化の魔法をかけられた高位の天使による一撃は、並みの冒険者であればばひき肉になっていてもおかしくはないほどに強力だ。あれほどの一撃を受けてなお骨折程度で済ませているガゼフは、この世界の一般的な強さの尺からはみ出していると言っていい。
クレマンティーヌは自分のことを棚に上げつつ、そんなことを考えていた。
「おーい、朝だよー。さっさと起きろー」
ガゼフに巻かれた包帯を新しくポーションに浸した包帯と交換しながら、ガゼフにとりあえず話しかけてみる。
当然ながら、目覚めることは無い。この程度で起きるのであれば、彼女がこの部屋を訪れるよりも前にさっさと起きているだろう。
それは、彼女にもわかっていた。わかっていたが、眠り続けるガゼフの様子を見てなんとなく不安になったのだ。
少し時間がたち、クレマンティーヌが包帯を交換し終える。
ガゼフは、その間全く目覚める気配を見せなかった。
「まあ仕方ないか」
クレマンティーヌは元々冒険者組合の方から依頼を受けて来ていたので、報告のためにそろそろ戻る必要があった。
カルネ村をたつ前にガゼフといくらか話したいことがあったが、それはできないようだった。
クレマンティーヌは、小さく肩を落とす。
彼女は、ガゼフの部下にいくつか言伝を頼むと建物を出て、村長やアインズに挨拶をしカルネ村を出て行った。
「ここは……」
目を覚ましたガゼフ達が目にしたのは、何処かの建物の天井だった。
「隊長、お目覚めになりましたか」
すぐ側にいた彼の部下が、ガゼフに声をかけてくる。
ガゼフはそんな彼の姿を視界に入れると、起こしかけた身体を戻した。
「ここは、カルネ村か」
「はい、ゴウン様があの戦場から魔法でここまで運び込んでくださいました」
全身がだるい。身体を起こすのも億劫だ。
しかし、あれほどの怪我を負っていたにもかかわらず、ガゼフは痛みなどは一切感じなかった。
「……そうか」
ガゼフは、手を弱く、しかし現状出せるあらん限りの力で握り締めた。
「何人死んだ」
「……4人です。『戦士として』という意味では、7人になります」
本来であれば喜ばしいことだろう。あの陽光聖典を相手にして、死者を4人に抑えたのだから。あの戦場の苛烈さを考えれば、10人20人と死んでも全く不思議では無かった。これほど多くの人間が助かったことは、正に奇跡と言っていい。
「4人もか。いや、4人で済んだと思わなくてはならないんだろうな。
全く、いつまでたっても俺は不甲斐ない」
ガゼフは自嘲気味に笑う。
彼にとっては、たった4人といえど部下が死んだことを軽く考えることはできなかった。
そしてまた、部下が死者4人で抑えられた理由を考えると、自分の弱さを実感させられた。
「とりあえず、村の負担を増やすのは良くないからな。十分な休息を取れた者、比較的軽傷な者は森に食料を取りに行くように伝えろ。ただし、森の賢王の縄張りには入らないようにな」
「了解です。直ちに伝えます」
兵士は、言葉を伝えるために出てゆく。
「クソッ!!」
ガゼフは自身の部下が部屋を出てゆくと、強く布団を叩いた。
「何が王国を守るだっ!! 俺は友人も、部下すらも守れていないじゃないかっ!!」
強く、小さく吼える。
部下を守るだなんて、傲慢なのはわかっている。彼等に言えば、かなり怒られるのは明らかだろう。
しかし、ガゼフはそう思わずにはいられなかった。
先程出て行った彼の部下には、右腕が無かった。
陽光聖典達が攻めてきてから2日して、王国戦士達が万全に動けるようになった頃、クレマンティーヌは既にカルネ村を離れエ・ランテルにいた。村の様子を調査するという依頼を達成するために、調査した内容を報告する必要があるからだ。
村であったことは、本来はあまり大声で言ってはならないことなので、冒険者ギルド長に直接報告し報酬を受け取った。
もちろん、陽光聖典はガゼフが倒したことになっている。既にガゼフ達には口止めも済み、万事問題ないはずだ。
冒険者ギルドを出ると、今度は薬師の元へと向かった。ガゼフ達を癒すために、手持ちのポーションをすべて使ってしまったためだ。
彼等の傷は数多く、そして深く、手持ちのポーションを使っても足りなかったためにアインズからポーションを借りてしまった。彼から高価なポーションを数多く借りたことを、彼女は申し訳なく感じていた。
ポーションは高いものの、戦う者にとっては値段など気にならないほど貴重な品だ。戦いに赴くなら、一つでも多く持っていた方が良い。
本来であればポーションは時間経過で劣化するため、あまり多くは買わないのだが、クレマンティーヌはその問題を解消することができたので大量に購入することが多かった。
そのためか、今では彼女はその薬師にとってお得意様である。
薬師の店は、冒険者ギルドから遠くも近くもない程度の場所にある。これは、新人冒険者にとってはポーションは無用な物であるが、ある程度の稼ぎができる冒険者にとっては大変重要な物となるためだ。
遠ければ必要とする者にとっては不便であるが、近くに店を構えるには需要が無い。ポーションとはそんな存在であるため、ギルドから離れた場所に店がある。
クレマンティーヌがしばらく歩けば、そこには落ち着いた雰囲気の店があった。
ここが目的の薬屋。薬師であるリィジー・バレアレとンフィーレア・バレアレの2人が経営している店だ。
彼女は店の扉を開けた。
「本当にお発ちになるおつもりですか、アインズ様」
ナザリック地下大墳墓、アインズの姿はそこにあった。 彼は大量のスクロールといくつかの武器を手に取り、感触を確かめつつ自らのアイテムボックスに放り込んで行く。
そんな彼の側には、落ち着きがなさそうに佇むアルベドの姿があった。
「ああ、この世界の強さがいまいち把握できない以上、誰かしらがそれを確認することは必要だ。
ならば、それは今後お前達にこの世界での活動を命じる私自らが確かめるべきだ。違うかアルベド。
それに、このナザリックにおいて外見的にも、性格的にも人間社会に馴染める者はかなり少ない、それこそ私やセバス位だ」
「ですが、もし御身にもしものことがあれば……」
「そのためのプレアデスだ。そのために彼女を連れて行くのだよ。
……私が行くことは、もう既に決まったことだ。アルベド、お前もあのときは納得しただろう」
アインズの言葉に、アルベドは僅かに俯く。
「それは……確かにそうですが……
ですが、アインズ様は私にとっていと尊きお方にして、愛しきお方。そんなアインズ様が僅かとはいえ危険がある場所に赴くことを、何も思わずにいられるでしょうか」
「……お前がそう思っているのならば、私が外に出るもう一つの理由もわかるだろうに。
とにかく、この話は終わりだ。アルベド、ナーベラルを呼んできてくれ」
「……かしこまりました」
彼の命令に、少し不服そうにしながら彼女は彼の部屋を出て行く。
彼はその背中を見届けた後、側にいた配下―――ユリ・アルファからポーションを受け取りアイテムボックスに入れると、《上位道具創造》で自身の姿を鎧で包む。
「上手くいかないものだな」
アインズは呟いた。
彼は、冒険者として活動する理由において、アルベドやデミウルゴス達に話していないものが二つあった。
一つは、息抜きだ。ナザリックの支配者としての立ち振る舞いは、一週間前までただの会社員でしか無かった彼にはとても荷が重かった。一挙手一投足に気を配らなければ、もしかすればNPC達に反逆を企てられるかもしれないからだ。最近は彼はその心配は無さそうに感じていたが、だからといってナザリックの支配者という立場で威厳も何も無いようなそぶりをするべきではない。故に、そうではない立場をつくることで息抜きをしたかったのだ。
そしてもう一つ、彼はNPC達が死ぬかもしれないことを酷く恐れていた。
外の世界は非常に危険だ。アルベドやデミウルゴス、コキュートスなどのLv100のNPCならどうにかなるかもしれないが、プレアデス達では確率は低いとは言え死ぬ可能性がある。いや、それはLv100の彼らもそうかもしれない。
彼は、ギルドのNPCの蘇生というシステムが働くかどうかわからない現状において、彼らに死ぬ可能性があって欲しくなかった。
しかし、そのせいでアインズはNPC達に無用な心配を強いてしまっている。それが、彼には少し辛かった。
ドアがノックされる。
「ナーベラル・ガンマ、御身の命に従い参上いたしました」
「ナーベラルか、入れ」
「失礼いたします」
ナーベラルの声を聞いた彼は、 扉の向こうにいる彼女に部屋の中に入るよう命じる。
彼女は、その言葉に従い部屋の中に入った。
「装備、消耗品など全ての準備が整いました。ご命令をいただければ、すぐさま出発が可能です」
「そうか、こちらも丁度準備が整ったところだ」
彼はそう言うと、ユリから巨大な2本の剣を受け取り背中に背負った。
「さて……」
アインズは僅かに考え込んだ後、自身の装備を解除しいつもの支配者たる服装に戻る。
そして、〈転移門〉を使い目の前の空間とエ・ランテルから少し離れた場所を繋げる。
「さて、では行くとしようか」
彼は転移門をくぐり抜け、ナザリックの外へと歩き出した。
題名からわかるかもしれませんが、これでカルネ村編は終了です。
読んでいただいた皆さんはわかると思いますが、今回の話は、筆が進まず投稿が遅かったために、一切の見直しをしていません。なので誤字脱字など、色々と修正をかけると思います。