Baby Princess ~クリスマス・イブの聖夜~ 作:明棲木親池
陽太郎とヒカルが帰宅したのは、クリスマスを迎えてからおよそ一時間後のことだった。
静まり返ったリビングに戻ると、なんだか変な感じだな――と陽太郎は思った。
先ほどまで賑わっていた姉妹たちの姿はもうなく、みんなサンタさんからのプレゼントをもらうためにちゃんと寝たらしい。
「ははっ――なんだか変な感じだな」
どうやらそれはヒカルも感じていたみたいだ。クリスマスイブだったから余計に――なのか? と陽太郎は胸中で呟いて、思わず笑みをこぼす。
「そうだね」
しばらくの静寂を味わってから、陽太郎はヒカルにおやすみと声を掛けて別れ、自分の部屋に戻った。
実のところ、帰ってから姉妹の相手をしていてかなり疲れていたのだ。
それ自体はいつのもことなのだが、それでも今日という日――春風的に言うなら、女の子がワクワクする日ならばなおのこと、陽太郎に降り注ぐ疲れは膨大であった。
ベッドに座ると、あくび付きで自然と息がもれる。
まぁでも、明日もこんな感じなのかな……?
なんて嬉しくもあり、少し大変でもある次なる聖なる日のことを考える。
妹たちのプレゼントは、海晴姉さんと霙姉さんが準備するって言ってたしな。
陽太郎は、そこで置き時計をちらりと見る。時刻は深夜二時を回っていた。
なら、もうプレゼントは置き終わった頃か――と思っていたら、不意にトントンと扉がノックされた。
あれ? なんかあったのだろうか……?
と陽太郎は、眠気を脳の片隅に置くとベッドから腰を上げた。
「はい?」
小さな声で扉まで向かうと、そこには――
「ち、ちょっといい?」
水色のこうし柄のパジャマが良く似合っている――氷柱の姿があった。
氷柱の姿を見て、まず最初に思ったのは、俺何かしたっけ? という焦燥であった。
ひやりと背筋が凍える感覚に襲われる。これが冬の寒さのせいでないことは、今の陽太郎でも理解できた。
「ど、どうしたの?」
とりあえず声を掛けてみる。
すると、何故だか氷柱はむすっと頬を膨らませる。そして――
「い、いいから!」
問いに答えることなく、陽太郎の部屋へと入って行った。
陽太郎は、姉妹と部屋で二人っきりにはなるな、という約束を破っている状況だが、これは不可抗力ではないか?
と心の中で誰に聞かせることもなく、無意味な言い訳をする。
だが、仮にそれが誰かの耳に入ったとしても、それが通じることはないだろうな、とも思う。
ベッドに座った陽太郎の横で、静かに同じように座っている氷柱がいる、この状況では――。
「ち、ちょっと――なにか言いなさいよ」
静寂を破るのは、そんないい加減なムチャぶりであった。
「えっ――いや、この状況で一体なにを言えば……」
陽太郎は言い終えた所で、自分の思っていたことが口に出ていたのに気が付いた。
「ふふっ――まったく、頼りにならない下僕ね」
しかし、それが功を奏したのか、氷柱の表情には、笑顔が見える。
それに釣られてか、陽太郎は落ち着きを取り戻す。
「――それで、どうしたんだ? こんな時間に……」
「――たに、――――たのよ……」
「え?」
思わず、陽太郎は聞き返してしまう。
「だ、だから――あんたに……命令しに来たのよ!」
顔を真っ赤にして氷柱は声を荒げる。
こんな時間に俺に命令を――!?
陽太郎は氷柱の言動に眼を瞠る。
そんなに俺を下僕として命令したのだろうか……と思わず考えてしまう。
しかし、そんなことを知らない氷柱は、言葉を捲し立てる。
「ちょっと目を離した隙にすぐどっかいっちゃうあんたが悪いんでしょうが」
ぎくり。
陽太郎の肩が不自然に動く。
「どうしたのよ? まさかあんた――」
そこまで言うと、氷柱は勢いよくベッドから立ち上がる。
反動で揺れた陽太郎は、河川敷でのヒカルを思い出す。
「いや、別に何も……」
「――――ホントに?」
半目で氷柱が訊いてくる。
「う、うん。ホントだって――」
「……そう。ならいいわ」
何がいいのか陽太郎には分からないが、氷柱がそれで納得するなら、それでいいかと思った。
陽太郎はこれ以上この話題はマズい――と思い、自分から話を切り出した。
「そ、それで、その氷柱の命令っていうのは――?」
「あぁ――うん。それは――――」
そこまで言うと、氷柱は陽太郎の隣にゆっくりと腰かけ直した。
「だ、だから、それは――」
なぜこんな状況になってしまったのだろうか――と陽太郎は思った。
確か自分はさっきまで姉妹たちとクリスマスイブを過ごし、その後ヒカルと過ごして――そこからは考えるのをやめた。
とどのつまり、いくら過去を想起しても、この状況の説明がつかないからだ。
「ねぇ、さっきまでどこに行ってたのよ」
そんな最中、氷柱は、陽太郎に――膝枕された状態で問いかけた。
なんでそんなに平然としていられるのか――と陽太郎の心はかき乱される。
だが、なんとかしておそるおそる答えた。
「……いや、ヒカルを追って」
「ほらやっぱり――」
先ほどまで目くじらを立てていた氷柱の姿はなかった。
陽太郎は首を傾げるようにして、下を向く。
そこには端正な顔立ちが自分のひざの上にある。
――間違いなく氷柱である。
なんて次こそは怒られそうなことを心の中で思った。
「まったく本当にバカで見境のない変態下僕だわ――」
その馬頭もまた、いつもの彼女らしくない、しおらしいものだった。
「――」
「……どうしたのよ?」
そこで陽太郎は氷柱と目が合った。
「あ、いや――なんだかいつもの氷柱と違うから混乱しちゃって」
「ふふっ――バカね。ホントに――まったく――――」
氷柱はそこで身を起こした。
「え?」
そして、混乱した陽太郎をさらに混乱させるかのように。
――そっと、唇を重ねた。
「――はい! これでもう命令は終わり!」
氷柱はそう言うと、陽太郎から離れ、ベッドから立ち退く。
「えっ――いや、命令は膝枕だったんじゃ――」
自分でも何で今それを言うんだ、と思えるほど陽太郎は混乱していた。
「うるさいわね、別に何でもいいでしょ――じゃ、また明日おやすみなさいバカ下僕」
氷柱はなぜだか捲し立てるようにして喋ると、足早に部屋を出ていた。
それがなんでなのか、今の陽太郎にはわかるはずもなく――。
「あ、そうだ――」
「え?」
けれど、薄闇のなかで、氷柱がどこか恥ずかしそうにしているのだけは分かった。
「メリークリスマス――――――お兄ちゃん」
(了)
ありがとうございました。
また、書くと思います。