Baby Princess ~クリスマス・イブの聖夜~ 作:明棲木親池
扉を開けたヒカルの目の前にいたのは、エプロン姿の春風と、その肩に手を置き、こちらを向いている陽太郎だった。
――――どくん。どくん。
ヒカルは鼓動が一気に高まるのを感じた。けれど、それが気づかれない様に、
「ただいま」
と、乾いた声で言った。
「あらっ、ヒカルちゃん――おかえりなさい」
春風はヒカルの声に反応し、ぱっと顔を明るくした。
「あ、お――おかえり」
陽太郎もそれに釣られてヒカルに挨拶をする。だが、その表情は春風とは反対に、どこか不安な表情であった。
ま、マズい……。
この時陽太郎は内心、焦りを覚えた。でもなぜそれがマズいのか――までは分からなかった。
ヒカルの視線が自分と春風、左右に行き来するのを目で追う。すると、次に向けられたヒカルの視線は、自分でも、春風でも無い――二人の間だった。
それに気づいた陽太郎は慌てて、春風の肩に添えていた〝手〟を退ける。
「あっ、いや――違う……これは――――」
しどろもどろになる陽太郎。
「じゃあ、私は部屋に鞄を置いてくるから――」
それに対しヒカルは、反応を示す事なく、リビングを後にした。
バタン。扉の音が陽太郎の耳に鳴り響いた。
*
やっぱりアイツはバカだ――。
自室に戻ったヒカルが内心そう呟いた。
スクールバックを机の脇に置き、防寒具を脱ぎながら、ヒカルはもやもやと正体不明の熱に悩まされていた。
なんで、私はあの光景をみただけで――こんなにも……。
また胸に手をあてる。先ほどと同じ現象。
でも、今度は先ほどとは、少し違った。
こう――胸がきゅっと絞めつけられる様な――違和感があった。
それは他でもない陽太郎のせいであった。
玄関での懸念が的中した――してしまった。
ヒカルは募る熱から手を下ろすと、静かに部屋を出た。
*
バタン。入りとは違うやや力の入った扉の閉じる音。その微かな変化を陽太郎は気づいていた。
ヒカルのやつ――いったい……。
らしくない。その単語が陽太郎の脳裏にぼっと浮かび上がる。
情けなくもしどろもどろな自分はいつもの事。でも、あんなヒカルを見たのが始めてだった。
もしかして自分は無意識の内にヒカルの変化に気づいていたのだろうか――だから、「違う」という言葉が出て来てしまったのだろうか――。
考え込む陽太郎。そんな陽太郎の思考を遮ったのは、
「どうかしましたか? 王子様――」
春風の言葉だった。
元はと言えば――――いや、違う。春風に責任転嫁しちゃだめだ。
それに――――。
陽太郎は春風の目を見る。陽太郎はここに来てから嫌というほど、彼女たちと関わってきた。
その中でも、春風は一、二位を争うぐらいよく接していた。
そんな陽太郎だから分かる。春風は悪い子じゃない。
ましてや姉妹に悪知恵など働く訳もなく――。
だから、きっとヒカルは何か勘違いしているのかもしれない。
――――いや、もしかしたら本当はヒカルは変化などしてなくてただ少し扉を強く閉めてしまっただけかもしれない。でも、だったら――それでもいい。俺だけが反省すればいいだけだから……。
だから――そのためにも。
ぐっと拳を握る陽太郎は春風の目を強く見つめる。
奥の扉越しから足音が聞こえる。
きっと荷物を置いた――ヒカルだ。
一歩。また一歩と足音は近づき――扉のノブがゆっくりと回転する。
陽太郎にはそれがまるでスローモーションのように見えた。
そして、陽太郎は意を決して春風に問う。残された可能性を払拭するために――。
「ところで、春風――お姉ちゃん……用って何?」