IMMORTAL   作:過労死志願

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武道大会

 松壊シシンは不老不死である。彼の父親が言うには『はた迷惑な一族の悲願の結果』だそうだ……。もとよりシシンの一族は不老不死を目指す陰陽師の家系だったそうで、代を重ねるごとにしだいに不老不死に近づいていき、最後にシシンが完成したとか……。まぁ、いまは、その父親に手によって滅亡した一族なので、シシンにとってはその情報は非常にどうでも良かったりするが……。

 

 それと同時に、彼は超能力者である。どう考えても相容れないであろうその力を持った彼は、だれがどう見ても最弱の不死者だった。

 

 再生能力が異常といっても、痛覚は残っている。怪我をすれば普通に痛い。彼自身に宿った超能力も『触った人物の特殊な力を一切使えなくする』というしょぼいもの。かの有名な『幻想殺し』でももうちょっとサービスいいわ、とシシンは思う。

 

 氷づけにされれば、氷が解けない限り一生氷漬けだし、捕縛の術式なんてものを使われたら逃げることはできない。いつぞやの魔女狩りなどに巻き込まれた時はかなり悲惨なことになってしまったらしい。一度殺された後再生して復活してしまったため、計七百三十八回の火刑にかけられてしまった。なんで発狂しなかったんだろうな? と笑いながら語る彼の姿には涙を誘われる。

 

 おまけに超能力者は一切魔力や気を持てない性質のため、彼の一族秘伝の大魔術たちも完全に宝の持ち腐れ。それが記載された巻物や書簡も、今では神社の蔵の中で蜘蛛の巣に完全に包まれて繭みたいになっている……。

 

 しかし、彼を知る人物はこう語る。彼の実力を知る人間はことごとくこう語る。

 

『松壊シシンこそが、史上最強の不死者である』と……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「貴様がこんなところに来ているとは珍しいな。明日は槍か隕石が降ってくるだろう」

 

「いや、まぁ最近関西にひきこもっとったからそういわれてもシャーないんやけど、俺ほんまは出不精ちゃうねんで?」

 

 微妙に顔をひきつらせながら、久しぶりの一人旅を終えたシシンは、駅で出迎えた瞬間に毒を吐いてきた親友と握手を交わす。

 

 場所は麻帆良学園内部の駅。女子中等部エリアに最も近い駅で降りたシシンを出迎えたのは、真紅のスーツにメタルフレームの鋭利なメガネ。きらめきなんてものは感じられない氷のような瞳を持つ、能面のように表情を動かさない少年だった。

 

 関東守護職。三千余年生きたといわれる神仙。現在最も仙道(タオイズム)を極めていると目される仙人。火并(フォービン)八仙(バーシェン)の登場である。

 

「おまえこそ、ちょっとみーひん内に、なんかさらに人間臭くなってへん? 仙人の最終目標は俗世を離れて、自然に溶け込むことやろが。そんなんでええんかいな?」

 

「下らん。そんな馬鹿な目標を目指すぐらいなら、一円でも多くの金を稼いだほうが有意義な人生を送れると思わんか? 私が神仙までいったのはあくまで不老不死になるためでありそんな最終目標は笑って売り払ってやったわ」

 

「……あ。いや……お前がそれでええんやったらおれは別に何もいわへんけども」

 

 よー神仙になれたな……。

 

 金銭欲にまみれまくった無表情の神仙を見て、内心そんなことを考えていたシシンの顔が若干どころか完璧に引きつっていたということは言うまでもないだろう。

 

 そんな感じで旧交を温めながら二人はのんびりと麻帆良の中を歩いていく。今は授業時間のため人の姿は少ないが、上品に整えられた西洋風の街並みをみることは、最近行った都会といえば大阪か京都しかないシシンにとっては十分な娯楽になった。

 

「それで、なんであのぬらりひょんは俺のことよんだんや? うちの協会は傭兵稼業はずいぶん前にやめたんやけど」

 

「そんな平和ボケした貴様らに対して頼まなければならないほど面倒なことが起きているんだよ。というか今回はそんな貴様だからこそ力を借りたい。詳しい事情は近右衛門が話すだろうが……」

 

 その時だ。麻帆良全体にお昼を告げるチャイムが鳴り、いつの間にかたどり着いていた女子中学校の校舎から無数の生徒たちが吐き出される。

 

「あ、バース先生こんにちは!!」

 

「こんなところに来るなんて珍しいですね?」

 

「あ、だれですか、その人!? 外の人!!」

 

「学園長のお客人で馬鹿だ。あんまり近づくなよ。バカがうつるぞ」

 

「おい、こら……」

 

 八仙のあんまりな言い草にシシンの額に青筋が浮かぶ。しかし、少女たちはそんなことは一切気にせず「きゃー! 外の人久しぶりに見た!!」「けっこうかっこいい?」「え~。そうでもないし~。おまけに目の傷が……」「ばかっ!! そこが悪っぽくてプラスになるんじゃないの!!」と言いつつ、シシンをもみくちゃにした後、笑いながら昼食を食べに行った。

 

「な、なかなかパワフルなネーちゃんたちやったな……」

 

「お前がねーちゃんというのは筋違いだと思うが……」

 

 見た目的にも、実年齢的にもいろいろアウトな感じである。

 

 とりあえずもみくちゃにされ疲れ切って倒れてしまったシシンを引きずり、八仙は学園長室の前に到着する。

 

 そして、ドアを開けその中にシシンを放り込んだ。

 

「ふぉ!? し、シシン殿!! どうされたというのじゃ!?」

 

 中で近右衛門がしばらく慌てふためくのを聞きながら、フォローするのが面倒な八仙はそのまま外で待機。携帯を取出し国際株式サイトに接続。金の亡者は本日二回目の株式操作を行うのだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「ま、まぁ紆余曲折あったが今回シシン殿を呼んだ理由をお話ししよう。シシン殿は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で戦争が起こりかけていることはご存知かな?」

 

「ああ、最近なんかわけわからん間に緊張状態になってもうたあれやろ? 連合vs帝国!!このフレーズだけ聞くとどっかのアニメ思い出さへん?」

 

「お前はいちいち茶々を入れないと話を進めることができない体質なのか?」

 

 いつものように、おちゃらけたセリフをまき散らすシシンに、株式操作を終え二億円ほどに利益を上げた八仙は絶対零度の視線を向ける。

 

 シシンは肩をすくめて黙り込み、近右衛門はため息をつきながら、続けていいかの? と確認を取ってきた。

 

「わしら麻帆良は表向きには旧世界の独立した魔法使い互助団体じゃ。しかし、連合の援助を受けている以上、実際のところ連合の下部組織という色調が強い」

 

「ま、そうやろな。俺らもそれを知っとったからあんまり関わらんことにしたんや。メガロメセンブリアにはケンカ売るほど無謀ちゃうし?」

 

 無謀? と、シシンの言葉を聞いた八仙は大きく首かしげ疑問の意を表した。シシンは真剣に、世界を相手取れる不死者の一人なのだが……。相変わらず自覚が足りないようだ。と、いわんばかりに八仙は大きなため息を漏らす。

 

「後ろの八仙の反応が気になるが……。まぁいいわい。で、今回問題になっとるのはそのわしらに対して出された連合からの命令じゃ」

 

 そこで、近衛門は頭を抱えため息をついた。よほど面倒な命令を受けたのだろう。可愛そうに……。と、完璧に他人事といった風に、秘書っぽい人がもってきた紅茶をすするシシンに信じられない言葉が飛び込んできた。

 

「我が麻帆良にいる魔法先生……そして魔法生徒を兵士としてこちらに送れと言われたのじゃ……」

 

「ぶふッ!! はぁ!?」

 

 さすがに聞き捨てならないと紅茶を吹き出したシシンは、手に持ったカップを机にたたきつけ、勢いよく立ち上がった。

 

「どういうこっちゃ!? ガキなんか戦場に出しても何の役にもたたへんぞ!?」

 

「それほど状況が切迫しておるということじゃ。帝国と連合の戦力差は歴然としておる。おそらく戦争が始まれば連合は瞬く間に窮地に立たされるじゃろう。それをふせぐために、今のうちに優秀なものを兵士として徴兵し、戦力を増強しようという魂胆なのじゃろう」

 

 シシンは暫く「信じられない」といった様子で口をパクパクと動かした後、

 

「……お前……その命令飲むつもりとちゃうやろな?」

 

 今まで敵にしか見せたことがない圧倒的な殺気をはらんだ視線を、近右衛門にぶつけた。しかし、八仙がそれをいさめるように口を挟んできたため、その視線は一時的に近右衛門から外れた。

 

「飲むしかないのだ、シシン。今の我々に連合に反抗して無事で済むほどの力はない」

 

「はぁ……。いつのまにこっちの魔法使いたちはそんなに弱体化したんや」

 

 昔は八仙……とはいかなくとも、一人で軍勢を相手取ることができる大魔導師がごまんといたのに……。時代の潮流に嘆きながら、シシンは肩をすくめた。

 

 そんなシシンに向かって、八仙は少しだけ口元をゆがめた。

 

 それはまるで悪魔のような笑みだった……。のちにシシンはそう語る。

 

「しかし、突っぱねざる得ない状況になったら話は別だ」

 

「ん? どういうことや?」

 

 八仙の言葉にシシンは首をかしげ、近衛門は苦笑を浮かべる。

 

「連合とてわざわざ弱い兵を送ってほしいわけではない。そこで奴らは今度行われる武道会に目を付けた。そこで上位に入った魔法生徒魔法先生を連合へと送って来いと言い出したわけじゃ」

 

「そこで俺たちはその大会に参戦し魔法先生や魔法生徒をボコボコ、もしくは戦闘不能にして戦争に行けない状態にする。幸いお前は見た目十六歳だからな。ギリギリ少年の部に入れるだろう。私は成人の部に参戦し魔法先生たちを再起不能にする」

 

「ええ……」

 

 あまりに非人道的すぎる提案にシシンはドン引きである。おまけにこの話を聞く限り彼は子供をボコらなければならないのだ。どう考えても良心がずきずきと痛むことは必至である。

 

「ああ……何つうか、遠慮してええ? ガキをいたぶる趣味は俺には……」

 

 その時、シシンの首に何かが巻きつくような感触があった。さっと青ざめるシシン。暗い笑みを浮かべる八仙。

 

「やってくれるよな?」

 

「はい…………」

 

 シシンの首に巻きついたのは鋼の糸。使い方を工夫すれば鉄板すら引き裂く殺人兵器である。シシンは一度八仙と戦ったことがあるのだが、この糸によって何百回も四肢を引き裂かれた経験があるので、正直この武器にはトラウマに近い恐怖感を抱いているのだ……。

 

「快い承諾をいただき感謝するぞ、シシン殿」

 

「お前の目は節穴かなんかなんかいな?」

 

 ひょうひょうと言ってのける近右衛門に、シシンは青筋を浮かべるがさすがは妖怪近右衛門。シシンの怒りにあふれる視線を華麗にスルーし話を続ける。

 

「開戦はおそらく三年後じゃ。わしらはそれまで何をしてでも生徒たちの身の安全を守らねばならない。こんな理由もよくわからん戦争にわしの大切な生徒を送り出すわけにはいかんのじゃ」

 

 こうして、麻帆良武闘会に嵐がやってくることが決定したのだ。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 その頃、麻帆良駅では。

 

「おお!! ここが武道大会の会場かよ!? すっげぇええええええええ!!」

 

 やたらとはしゃぐ赤毛の十歳程度の少年と、

 

「あ、こら!! そっちはエントリー会場じゃないぞ!!」

 

 野太刀を布で覆った青年が降り立ったのだが、彼らはまだそのことを知らない。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「フフフっ!! なるほど……あなたが『鬼畜』と噂になっている松壊シシンですね?」

 

「……」

 

「なるほど……。その立ち姿に、体からあふれる覇気。確かにあなたは強いのでしょう」

 

「…………」

 

「ですが残念でしたね。僕にとってはその程度……恐れるに足りない!! なぜなら僕は、麻帆良史上最も早く雷の暴風を覚えた天才……」

 

「いや、もうエエから……」

 

「あべふっ!?」

 

 シシンは、何やらドヤ顔で何か言ってきていた小学生ぐらいの少年を殴り飛ばし、場外へと吹き飛ばした。

 

「というか、どうみても立ち姿ダラッとしとったし、覇気なんて出してへんやろうが……。お前一体、世界がどう見えとんねん」

 

「な、殴ったね……。父さんにも殴られたことないのに!!」

 

「お前とはなんか仲良くなれそうやわ……」

 

 でも殴るけどな……。

 

魔法を使って水面に立つぐらいはできるのか、舞台の周りに緩衝用としてはられた水に着地して何か言ってくる少年。シシンはそのセリフに少しだけ感動を示しながら、少年に向かって飛びかかった。

 

 そして、そのコブシは「障壁? え? 画用紙の間違いじゃないの?」と言わんばかりにあっさりと少年の障壁を貫き、その体を水中へと叩きこむのだった……。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 八仙から脅迫という名の依頼を受けた翌日。シシンは麻帆良武道大会が開かれる湖上の舞台へとやってきていた。

 

 参加する部は『年少の部』。上限年齢16歳というなかなかあざとい年齢設定がされている部だ。

 

 これ……明らかに俺が入れるようにギリギリに調整しとるよな。

 

 16歳と言えばもう高校生。年少……というにはいささか無理がある。おそらくシシンのみための年齢的に入っても大丈夫なように上限年齢を調節したのだろう。

 

 もっとも、シシンの実年齢がばれてしまえば『年少』どころか『大人』の大会すら、出場できるかどうかも怪しいが……。

 

 閑話休題。

 

 とにかく武道大会に出場したシシンは文字通り快進撃を続けた。

 

 出会う少年少女をちぎっては投げちぎっては投げ……。その光景は高校生が小学生いじめている以外の何物でもなかった。

 

 当然、そんな奴に観客の応援がやってくるわけもなく、試合が続いていくたびに出るわ出るわブーイングの嵐。「お前いいかげん空気読めよ……」という観客の意志がひしひしと伝わってきた。

 

 お、俺かてなぁ……俺かてなぁ……好きでこんなことやっとるわけちゃうんじゃぁあああああああああああああ!!

 

 と、シシンの心がへし折られかけること40回。観客に物を投げられること32回。とうとう生卵をぶつけられキレたシシンが、観客席に殴り込みをかけようとして係員に押しとどめられること5回。

 

 そんな壮絶な(試合自体はかなり緩いもののはずなのだが……)戦いを経たシシンは、もうちょっと立ち直れないぐらい疲れ切っていた。

 

「あぁあああああああああああああああああああああああああああああ……。鬱や……死のう」

 

「貴様が言うと『どうせ死なないし……』とかいって、マジで実行しそうで怖いのだが……。ばれないところで首をくくれよ」

 

「止めてくれへんの!?」

 

 そんなシシンがぐったりとした様子で、控室の中央に設置されていたベンチを丸々一つ占領しながら寝転んでいると、大人の部に参加し決勝進出を決めた八仙がひょっこりと顔を出した。

 

「なんだ? 誰もいないではないか?」

 

「ふふっ……。俺が戻ってきた瞬間、みんなひそひそ話しながらどっかいきよったわ」

 

 背中に哀愁を漂わせるシシンを「なんだ……では仕方ないな」と、あっさりと流し八仙は壁際に設置してあった、もう一つのベンチへと腰を下ろした。

 

「なかなか快進撃を続けているようではないか? さすがはシシンだ」

 

「いや……快進撃もクソも……俺ガキとしか戦ってへんねんけど?」

 

 八仙の鉄面皮を伴ったまったく心がこもっていない褒め言葉を聞いたシシンは、大げさに眉をしかめながらも自分の参加しているトーナメント表を八仙に突きつける。

 

 そこに並んだ名前の隣に申し訳程度に記されている年齢。(11)~(14)までずらっと並んだその年齢に、八仙は肩をすくめただけだった。

 

「下らん心配をするな。こんな大会に出ている時点で、ガキとはいえ腕に覚えがある連中ばかりだ。多少痛い目を見ることぐらい承知の上だ」

 

 そうは言うてもな……。と、やはり嫌そうな顔をやめないシシンを見て、八仙は表情を動かさないままため息をつくという高等技能を披露しながら、控室についていたテレビの電源を入れた。

 

「そんな貴様に朗報だ、シシン……」

 

「ん?」

 

「決勝戦の相手は……どうやら一筋縄ではいかないみたいだぞ?」

 

 ついたと同時に盛大な歓声を流す画面に、シシンは胡乱気に目を向けた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 つまんねェな……。

 

 内心でそうつぶやきながら、特徴的な赤毛をゆらし他巨大な杖を持った少年は自分の対戦相手である中学生ぐらいの少年にコブシをたたきつけた。

 

 ただのコブシではない。魔法による強化と、魔法の射手を装填し雷を纏った凶悪なコブシだ。

 

 そのコブシは、気で強化された中学生の体をやすやすと焼き、

 

「くっ……まさか、麻帆良武道四天王と恐れられたこの俺が、こんなガキにィイイイイイイイ」

 

「わりぃな兄ちゃん。残念無念また来年ってなッ!!」

 

 あっさりと吹き飛ばした。

 

 とんでもない勢いで吹っ飛び、水面にたたきつけられ巨大な水しぶきを上げる男。

 

 少年はそんな光景に見向きもせず、さっと身をひるがえし電子掲示板に映し出されたトーナメント表へと目を向ける。

 

「決勝戦は……面白い相手にぶつかるといいんだけどな」

 

 少年のつぶやきが聞こえなかった審判は、もう呼び慣れてしまった英語でつづられた名前を高らかに告げる。

 

「勝者……ナギ・スプリングフィールドッ!!」

 

 会場内が歓声に包まれた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そして、それを見ていたシシンは、

 

「ふ~ん」

 

 それだけだった……。

 

「なんだ……。少しは喜べ。私から見てもかなりできるガキがいたのだぞ? これで今までの一方的な戦いはないはずだろう?」

 

「いやいや……バース君。俺が見た限りではガキがかみなりパンチして、ガキ吹き飛ばしたようにしか見えへんかったんやけど」

 

「ポケモンか?」

 

「きあいパンチがあるんやからあるやろうとは思ってたけど、まさか本当に実在したとは。感涙やで」

 

「だったら少しは涙を流せ……」

 

「だがことわる」

 

 そんな戯言をほざくシシンに、八仙はやれやれと言わんばかりに首を振って立ち上がった。

 

「とにかく……あのガキは魔法使いから見てかなりのことをしている。油断していたら足元をすくわれるかもしれんぞ?」

 

「ははは……。バース君その言葉は多少言葉足らずちゃう?」

 

 「あの年にしては……」が抜けとんで~。

 

 そう言ったシシンの背中は「また弱い者いじめセナアカンのか……」と、すすけたままだった。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 モチベーションが上がっていないな。

 

 神仙になってから、あまり動きを見せなくなった感情が珍しく《悲しい》という方向に動いているのを感じ取り、八仙は決勝戦の会場へと向かいながら、内心で少しため息を漏らした。

 

 別に仕事をしっかりしてくれるなら、彼としては文句ない。

 

 しかし、数百年来の友人が不快な思いをしているとなる、あまり感情というものを感じない彼であっても何とかしてやりたいと思ってしまうのだ。

 

 といっても、そんな状況にしてしまったのは彼自身のため、いまさら何を言ったところで説得力など微塵もなかったが……。

 

 やはり人選ミスだったか……。金を払えばいくらでも感情を消せるような奴でも選んで……。でもそれだと資金がなぁ……。

 

 金をとるか、友情をとるか……。彼にとってはなかなか難しい問題だった。

 

「まぁ、とにかく……今は決勝戦だな」

 

 しかし、そんな悩みも彼が歩いていた廊下の先にぽつりと光が現れたことで、あっという間に消滅した。八仙は悠然とした動作で、薄暗い廊下から決勝戦の会場へと歩みだし……。

 

「私は少し忙しいのだが、今回の件は少し外すわけにもいかんのでな……。三秒だ。貴様のために時間を割いてやろう、詠春」

 

「そう簡単には終わらせませんよ?」

 

 強大な野太刀を構えた……青山詠春と対峙した。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「なんで詠春がおんねん?」

 

 まるで休日のおっさんのようにダラッとした様子でベンチに寝ころんでいたシシンは、決勝戦に出てきた意外な相手に目を丸くして驚いていた。

 

 いやいや……。来れるんやったらおれの代わりに、自分がこの大会に参加しぃや!! と、詠春のみためが到底年少の部に参加できないほど老けている事実など、はるか彼方へと追いやって、シシンはキレる。

 

 変わってほしい……。八仙と相手をとりかえてほしい……。そしてあの眼鏡むっつりスケベをボコボコにしてやりたい。

 

 心の中でドス黒い怒りを渦巻かせながら、物騒なセリフをブツブツとシシンがつぶやいていた時だった。

 

「おいおい……エーシュンのやつ押されてんじゃん。せっかく俺とあいつでワンツーフィニッシュきめようぜって約束してたのに」

 

「ん?」

 

 シシンを恐がって、誰も近づこうとしない控室にやたらと元気な子供の声が響き渡った。

 

「あれ? なんだ? 誰もいねェ……」

 

「フフっ……。奴らは消えてしまったのさ……悠久の彼方にな」

 

「どこだよ、ソコッ!?」

 

 とりあえず挨拶代わりに……とシシンがネタを振ってみると、見事なツッコミが返ってきた。

 

 こ、こいつ……できるっ!? 関西人し感じないであろう戦慄を感じながら、シシンはとりあえず自分を恐れず入ってきた赤毛の杖を持った少年に敬意を表するために、ヒョイッと気軽に片手を上げた。

 

「よぉ少年。さっきに戦いみとったで。まさかリアルかみなりパンチができるやつがおるとは……。10まんボルトとかできんの?」

 

「かみなりだったらできるぜ!!」

 

「マジでか!?」

 

 画面の向こうとはひどい温度差を感じさせながら、未来の英雄――ナギ・スプリングフィールドと過去の不死者――松壊シシンはこうして接触を果たした。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

「剣士……限定ではないな。……格闘家の動きを止めるのはひどく簡単だとは思わないか?」

 

「くっ……」

 

 試合開始から数分が経った。しかし、それでも相手はなお不動だった。

 

 雷光剣や百花繚乱。そのほか、神鳴流が誇る最強の奥義の乱舞を、自分と対峙する完全な鉄面皮を持った男は平然と受け流したのだ。

 

 お義父さんが「まぁ、おぬしに参戦を頼むのは保険じゃから、気軽にやりなさい」と言っていた理由はこれかっ!!

 

 関東魔法協会には関西と同じように『不死者』が味方に付いているとは聞いていたが、ここまで規格外だとはさすがの詠春にも予想外だった。

 

 シシンですら勝てはしないまでも、戦うことはできる。剣を交え、戦場を駆け、汗を飛び散らせながら戦うことはできるのだ。

 

 しかし、彼が対峙した不死者は……次元からして違った。

 

 詠春が放った気による遠隔攻撃は漆黒の焔に焼かれ消滅。ならばとばかりに直接斬りかかれば、見えない糸によって刀をとらえられ弾き飛ばされた。

 

 その間、目の前の男は一切動いていない。真紅のスーツを爆風にたなびかせながらも、悠然と立っているだけだった。

 

 まるで、大地にケンカを売ったかのような気分だ。どれだけ自分が必死になって剣を突き立てようとも、それをあざ笑うかのようにはねのけ、弾き返す。

 

 そう思った時に、詠春の敗北は決定した。彼の体はいつの間にか鉛のように重くなり、その動きを完全に止めてしまっていたのだ。

 

「自縄自縛……という『戦闘』術でな。魔法ではない。ただの糸を使った簡単なトリックだ」

 

 そこで詠春はようやく気付いた。

 

 自分の体にまとわりつく様に幾重にも重なった、透明な糸に。

 

「私は戦闘が始まると同時にこの会場中に糸を張り巡らせていた。その糸はお前が動くたびにその体にひっかかりまとわりついていき……しばらく時間がたてばご覧のありさまになってしまうというわけだ。それに格闘家というものは、全身を縛り付ける必要がないからな。格闘術というのはどれだけ取り繕おうとも、所詮は四肢の運動によって引き起こされる物理エネルギーの移動だ。だったら、両手両足を封じてしまえば、いとも簡単にその動きを封じることができる」

 

 私が動かなかったのは何も貴様をなめていたわけではない。動くと私にも糸が引っかかって取り外すのが面倒だからだ。

 

 なんとも気の抜ける言葉でしめられた八仙の説明に、詠春は戦慄を覚えた。

 

 彼が動かなかった理由に嘘はないのだろう。だが、おそらくそれ以外の理由もある。

 

 それは……詠春の怒りを誘い、積極的に攻撃を仕掛けさせること。

 

 彼の決勝までの戦いはそれなりに派手な炎魔法を使った、大火力による一撃鎮圧だった。

 

 しかし、詠春の戦いではそれを使うことなく地味な糸を使った攻撃に切り替えた。

 

 どちらの戦闘スタイルが、彼の本当の戦闘スタイルなのかは、詠春は知らない。

 

 だが、その時詠春は確かに「侮られたっ!!」と感じ、心の奥底で怒りを燃やしたのだ。

 

 そのため、警戒するべき相手にたいして警戒を怠りこのざまである。今思えば「三秒だけ相手をしてやる」という初めの言葉すら、詠春の怒りを誘うためのものだったと思えてならない。

 

 私の敗北は、ここに立った瞬間に決まっていたというわけか。

 

 未熟な自分を自嘲し……相手の深謀遠慮に完敗した。

 

 そんな詠春をしり目に、八仙はようやく自分の腕を持ち上げるということで行動し、

 

「さて、好きな方を選べ。右腕が解体される、左腕が分解される、右足が瓦解する、左足が切り刻まれる……それとも私に降参する。どれだ?」

 

 詠春の答えは……もう決まっていた。

 

 

 

…†…†…………†…†…

 

 

 

 そのころ、控室では。

 

「あ~あ。エーシュン負けちまった~」

 

「まぁ、俺の友達のバース君はマジ最強やしな。詠春ごときでは勝てへんわ」

 

「ア゛?」

 

 ともに同じベンチに座ったナギとシシンが、そんな言葉を交わしていた。

 

 しかし、その雰囲気はとても仲がいい者同士の物ではなく……。

 

「言っとくけどな……詠春は京都神鳴流っている、スッゲーつえぇ奴等がいっぱいいるところのトップで剣の達人なんだぞ!! 今回はちょっと油断しただけだっつーの!!」

 

「はっ! そんなんいったらバース君は世界に13人しかおらへん不死者の一人で、4000年近い年月を生きた中国の仙人さまやで!!」

 

「ばっか! 今回人が一杯いたからから巻き込むのを畏れて使えなかったけど、あいつには決戦奥義っていう大火力砲撃があったんだよ! あれ使えてたらマジ瞬殺だったね!! あのスーツ無表情立っていられなかったね!!」

 

「そんなんいったらバース君かて、4000年の間に作り上げたあいつオリジナルの仙術があったし~。あれ使ってたら、詠春瞬殺やったわ~。審判が「はじめっ!」言い終わった瞬間に倒れとったわ~」

 

「エーシュンが本気だしたら、審判が「はじめ」って言い終わる前に赤スーツ死んでたし!」

 

「はぁ? そんなんいったらバース君が本気だしたら、試合始まる前に詠春死んでました!!」

 

「はい? エーシュンもっと本気だしたら、赤スーツ麻帆良にくる前に死んでたね!!」

 

「ほなバース君がもっともっと本気だしたら、詠春生まれる前に死んでたし!!」

 

 なんかもう……バカな小学生の会話だった。というか、後半言っていたことを実際やったらタダの闇討ちや、暗殺だと彼らは気づいているのだろうか……。

 

「じょとーだよクソったれが!! 詠春の仇は俺がうつ!! 表でやがれ、ゴキブリ頭!!」

 

「ちょっと染めすぎて光沢でてるからって、その発言は許されへんぞ、鳥頭!! 上等はこっちのセリフやボケ!! シバき回して簀巻きにしたるわ!!」

 

 まぁ、何はともあれ、今までローテンションでやる気がなかったシシンがやる気になったのは、喜ばしいことなのだろう……か?

 

 こうして、大人の部の決勝戦が終わり、子供の部の決勝戦――松壊シシンVSナギ・スプリングフィールドの戦いが始まるのだった。

 


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