艦隊これくしょん奇想戦記 ~それが世界の闇ならば~ 作:西向く侍
「ごちそうさま~♪」
「……ご馳走様でした」
戸島鎮守府のチビッコ空母娘2人組・チビッ航戦の安土&上総が艦娘食堂の管理者・鳳翔に挨拶をしていた時、戸島の侍提督「坂本 緋月」中佐は青葉と2人で並んで会計レジの前に立っていた。
「うちの子の相手をしてくれたお礼だ、君の食事代は私が出すよ」
「よろしいのですか? 恐縮です!」
ブリッツは坂本中佐たちに気付かれないように静かに背後に回り込み、彼らが食堂の外に出た直後にさりげなくレジに近づいて自分たちの会計を済ませてから後を追う、先行して追跡しているはずの妹・トゥローノの姿がどこにも見当たらなかったが、彼女は全く気にはしていない。
物陰に隠してあった艤装のステルス機能を遠隔操作で解除し、艤装を素早く身につけてからシステムを再起動すると……装甲の各部にあるスリットから散布された特殊粒子を全身に纏ったブリッツの身体は霞のように消えていき、瞬く間に姿が見えなくなった、妹のトゥローノも同じステルス機能を使って追跡しているので姿が見えないのである。
ブリッツ型・艦MS姉妹の艤装に装備されている特殊ステルス迷彩システム『ミラージュコロイド』、このステルス装備は元となった本物(巨大ロボットの方)のモビルスーツ「ブリッツガンダム」とは違って海上や水中での使用も可能な改良型となっており、電力消費量の問題点もVPS技術やバッテリーの改良によって克服された事で連続稼働時間を驚異的に伸ばす事にも成功していた。
道を外れて練兵場のグラウンドを横切る坂本中佐たちを追いかけて、ブリッツがグラウンドに一歩足を踏み出した瞬間!!……
《お姉ちゃん!! 飛び上がって!!》
「!?」
……妹からの緊急通信に反応したブリッツは地面を蹴って音もなく空中に飛び上がる、スラスターを噴射してホバリングしながらグラウンドを見下ろすと、そこには日本刀の柄に手をかけて周囲を警戒している坂本中佐の姿があった。
「どうしたの~?」
「後ろから忍び寄る足音が聴こえたような気がしたのだが…?」
「……私のソナーには異常はありません、レーダーにも反応はありませんよ。…安土、そっちはどうですか?」
「こっちも異常は無いよ~。夜戦仮面があっちで散歩してる姿が映ってるダケだね~♪」
《…砂粒を踏む微かな音を聞き分けたの?》
《危なかったね、私も足音を気付かれそうになって焦っちゃったよ~》
坂本中佐たちは空中を無音で飛行しながら追跡するブリッツ姉妹の存在には全く気付かない、所属部隊の技術陣によって大規模改良されたスラスターは噴射音を全く出さないうえ排熱も皆無に近いレベルにまで抑え込まれていたため、ミラージュコロイドの遮蔽技術によって外部からの探知ができない状態になってたのだ。
グラウンドを通り抜けて舗装された道に戻ったところでブリッツ姉妹は着地する、ここまで来れば“忍”としての訓練を受けたブリッツ達は足音を出さないで歩く事が出来る。
舞鶴鎮守府・本館の裏手にある駐車場に到着した坂本中佐たちは建物の入口近くに停まっていたバスに乗り込んでゆく、下士官の男性が車体後部の扉を開いて荷物の積み込み作業をしているのを見たブリッツ姉妹は彼の目の前をすり抜けてコッソリと車内に潜り込んだ。
「中佐、荷物の積み込みが完了しました」
「忘れ物は無いな? よし、戸島に戻るとするか」
「そちらのお嬢さんは?」
「舞鶴の広報部の記者だよ、うちの鎮守府を取材したいとのご要望だ」
バスの車内はまるでキャンピングカーのような構造になっていた、ブリッツたちが潜り込んだ場所は車体後方のベッドルーム、左右にある二段ベッドの下段部分を折りたたんで貨物スペースとして使っているようであった。
前方を見ると車体中央の左側にはキッチン、通路を挟んで反対側にはトイレとシャワースペース……その向こう側、車体の前方にあるリビング部分から青葉と坂本中佐たちの会話が聴こえてくる。
「キャンピングカーですか!? 凄いですね~!!」
「これは地方への遠征や合同演習などの時に使う移動指揮車だよ、そこのコンソールに通信機と指揮管制システムが組み込んである」
「……あなた本当に佐官クラスなんですか? うちの元帥はこんな豪華な専用指揮車なんて持ってませんよ?」
走り出したバスは舞鶴鎮守府の西側にある工廠エリアを通りすぎて西門から敷地外に出る、バスは北西の方角に曲がり、舞鶴鎮守府の付属施設「弾薬整備廠」や、日本海沿岸に点在する小規模鎮守府へ配給する物資を備蓄している倉庫群「資材配給廠」などが建ち並ぶ『長浜地区』に向かって走り続ける。
車内では青葉の突撃取材が続いていた、坂本中佐が答えた内容に部下の下士官が運転しながら補足説明を付け加えるという感じで会話は続き、盗み聞きしているブリッツとトゥローノはそれを一言も聞き逃さないように録音しながら耳を澄ましている。
「以前はラバウル管区・西小島鎮守府の基地司令だったのですよね? どういった経緯で舞鶴に転属になったのですか?」
「簡単にいうと左遷だな。…ある事情で鎮守府が閉鎖される事になり、閑職に追い遣られそうになったところを舞鶴の京極元帥が口添えしてくれて実戦部隊に復帰できたという感じだよ」
「あんな事さえ無ければ、今頃はお父上のようにエリート街道まっしぐらだったハズなんですけどね……」
「お父上というのは、どういった方なのですか?」
「この人だよ~♪」
チビ空母・安土が差し出した海軍の広報誌を読んだ青葉は、大いに驚くことになる。
「インタビュー記事?…横須賀鎮守府の総司令官「坂本」元帥のご子息だったのですかー!?」
「私は妾の息子だよ。 名門「坂本家」の一族からは追放された身だから、そう畏まらないでくれないかな?」
《坂本元帥の息子か~。“例の件”の関係者に間違いないみたいだね~》
《でも…ネロから聴いた情報とは違って、悪い人には見えないよね?》
倉庫群を横目に見ながらしばらく走ると長浜地区の北西の端に到着した、舞鶴湾の中央に突き出す岬となっているこの周辺地域が大規模に造成されて真新しい倉庫群や工廠・軍港エリアに変貌しているのを目撃した青葉は驚きながら写真を撮りまくり、ブリッツ達も大本営や舞鶴鎮守府のサーバーには記録されていなかった大規模軍事施設の存在に驚いて目を見開いている。
「坂本中佐!? ここが戸島鎮守府なんですか!!」
「ここは戸島鎮守府の付属施設だよ。 通常兵器の艦艇や陸戦兵器などを製造・整備している工廠、備蓄倉庫、陸戦部隊の庁舎や職員の宿舎などがこの本土側の地区にある」
「艦娘たちの宿舎や艦娘関連の施設、鎮守府の本館などは、橋の向こう側にある島に建っていますよ」
バスは岬の突端近くにある旧:海上保安学校の敷地の横を通り過ぎていく、数年前に西舞鶴側に移転した海上保安学校の跡地が付属庁舎として再利用されていたのだ。
『戸島鎮守府・特設海兵隊』と書かれた門の向こう側で、人間の海兵隊員たちがランニングしたり移動販売の車の前に群がったりしてのんびりと過ごしている。
「若い女性が多いですね……」
「戸島の女性職員の約7割は他所の鎮守府で“解体”されて人間になった元・艦娘たちだよ。 余剰人員だったり能力不足だったりという理由で退役処分になった子を拾い集めて、その中から自らの意志で戦いに志願した子だけを選抜して正規軍人として再雇用している」
「戦いを望まない娘は売店や食堂などで働いたり事務職員になったりしています、軍に嫌気が差して民間企業に就職したり、男性職員と結婚して退職するという娘もけっこう多いですよ」
「君も艦娘なら当然知ってるとは思うが……。人間化処理を施されて体内の戦闘システムを解体除去された子はもう二度と艦娘には戻れない。 戦闘システムを埋め込んで艦娘に戻す事も不可能では無いが、そんな事をしたら内臓器官が壊れて日常生活を送れない体になってしまう可能性が非常に高いのだよ」
苦い表情を浮かべながら話し続けていた坂本中佐は、彼の顔を心配そうに見つめていた幼い空母娘・チビ赤城の「安土」の視線に気がつくと、彼女を安心させるために髪を優しく撫でながら微笑みかけた。
「解体処理を受けて人間になれた子はまだ幸せだ、世の中には無理やり強化改造されて身体を壊されたり、ずさんな解体処理が原因の後遺症に苦んでいる子が沢山いる、建造時の事故で失敗作になったという理由でそのまま捨てられる子も沢山いる……不具合を抱えたまま人間社会に放り出される子が沢山いるのが現実なんだよ」
チビッ航戦の片割れ、チビ加賀の「上総」が話を継いで説明を続ける。
「……私と安土も強化改造艦娘の試作品として産み出されたイレギュラー体です、提督をはじめとした戸島鎮守府の士官たちは私たちのような行き場の無くなった半端者や失敗作の艦娘を引き取って育ててくれています」
運転している若い下士官も会話に参加する。
「不治の病に侵された人が延命措置として艦娘化改造手術を受けるという事も多いみたいですけど、一部の研究機関ではそういう人達を利用した臨床試験…人体実験が行われているというウワサもよく聞きますよ」
「『いつまでも若々しい姿でいたい』とか『美人になりたい』などという理由で艦娘化改造を安易に望む女性もいるな。……青葉さん、これは記事には書かない方がいい、書けば君自身が大本営から睨まれる事になりかねない微妙な問題だからオフレコという事にしておいてくれ」
坂本中佐の独白は隠れて聞いていたブリッツにとっても他人事とは思えなかった、彼女は試作実験機として産み出されたワンオフ機なので厳密にいえば同型機が存在しない、試験段階で発見された不具合を改善するために何度も改良手術を受けている彼女は“身体を強化改造される”時の不安な気持ちや手術に対する恐怖を嫌というほど経験していた。
隣にいる妹のトゥローノは不具合の無い完全な身体で建造されたので“試作品の苦しみ”を知らない、体内の内部機構や身体機能の多くの部分に後継機のネロブリッツと共通した改良型システムが組み込まれている。
量産型のネブラブリッツ姉妹は完全な再設計機なのでブリッツとの共通点はさらに少ない、身に着けている艤装や装備品は後継機たちの最新技術をフィードバックした同等品に改良されてはいるが、体内に埋め込まれている内部機構のコアシステムは交換するのが非常に困難なため、ブリッツは性能の劣る旧式システムが埋め込まれた身体のまま諜報任務に就いていたのだ。
《お姉ちゃん、大丈夫~?》
《平気、ちょっと疲れただけよ》
ワンオフの試作機が最強なんていうのは大嘘だ、そんなのは漫画やTVアニメの中にしか存在しないという事は試作実験機であるブリッツ自身が一番良く理解している、実際には不具合を改善した量産機や後継機種の方がはるかに強いしメンテナンスの手間も少なくて済む……それを身に沁みて知っているブリッツは、失敗作や試作実験体に愛情をそそぐ坂本中佐を好ましく感じ始めていた。
橋を渡る途中のバスの車窓からは、人間の海兵隊員が艦娘と一緒になって海上戦闘の訓練をしている様子がよく見える、吹雪型艦娘の艤装によく似た装備を身に着けた海兵隊員たちが海上を滑るように走っている姿が印象的である。
「あれは海戦型ストライカーユニット。 陸軍と海兵隊が装備している陸戦型ユニットや空軍の魔道戦闘団で使われている空戦型ユニットの技術に、艦娘の艤装システムの技術を組み合わせる事で、生身の人間でも艦娘と同じように深海棲艦と戦う事が可能になったのだよ」
「戦闘力の低い駆逐艦クラスや軽巡洋艦クラスの『無印』あたりと戦える程度だから性能はお察しですけどね、エリートとかが来たら歯が立ちませんよ」
「元・艦娘の海兵隊員たちならエリート級1体を相手にして6人がかりでギリギリ互角くらいかな、それでも人間が使う装備品としては画期的な性能だぞ?」
橋を渡ったバスは、対岸の離島「戸島」に建てられた鎮守府本館の前で停まる、坂本中佐たちがバスから降りると本館の入口前に立っていた野武士のような大男が出迎えてくれた。
「殿、お帰りなさいませ!!」
「あの~。この大和型の艤装を着けた『大男』はいったい何者なんですか?」
あまりにも予想外な光景に目が点になった青葉は、写真を撮る事も忘れて茫然となった。
長さが2メートル近くありそうな大きな木刀を片手にぶら下げ、腰の左右には信じられないくらい肉厚で長大は二振りの剛刀、頭頂部には無造作に縛り上げたボサボサなチョン髷……荒々しい野武士のような和服姿の大男が『艦娘の艤装を身に着けている』というあり得ない姿で仁王立ちしていたのである。
「拙者は大和型戦艦の2番艦『武藏』でござる」
「どう見ても『男』じゃないですかー!? 巌流島まで決闘しに行った宮本武蔵のコスプレにしか見えませんよー!!」
「男性型を見たのは初めてでござるか? 拙者は数千人に一人の割合で生まれる男性型の艦娘、艦の息子と書いて『艦息(かんむす)』と呼ばれているイレギュラー体でござるよ」
「名札の字がチョットだけ違ってるんだよ~♪」
「近くで見たら“艦娘の方”の武蔵さんと似た顔立ちの美少年ですね……」
「そうでござるか? 拙者は女性型個体の武蔵には一度も会った事が無いゆえ、顔の違いはよく分からんでござる」
《お姉ちゃ~ん。ネロ以外にも男性型が居たんだね~》
《…………》
……ブリッツは、失敗作の艦娘たちに出迎えられている坂本中佐の姿をじっと見つめ続けていた。