艦隊これくしょん奇想戦記 ~それが世界の闇ならば~   作:西向く侍

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第4話

 早朝5時40分、起床ラッパが鳴らされるよりも前に目覚めた艦MS「ブリッツ」は軍人として叩き込まれた習慣に従って素早く着替えを済ませると、ベッドの乱れを整えていつものように整列点呼を受けるための準備をする。

 

 戸島鎮守府の司令官「坂本緋月」中佐からは『君たちはうちの所属ではないから就業規則に従う必要はないよ』と言われてはいたが、真面目な性格のブリッツは自分の上司「suryu-提督」に恥をかかせたくないという思いから念入りに身支度を整えていた。

 

 妹のトゥローノはすでに目覚めて無線通信の真っ最中、空中にホログラムスクリーンを浮かべてオーバースペック艦娘研究所にいるsuryu-提督と楽しそうに会話している。

 

≪潜入に成功したのかい? 良かった…手助けする必要が無いみたいで安心したよ≫

「お姉ちゃんも、坂本中佐があの資料に興味を持った事にホッとしてるみたいだよ~♪」

 

 suryu-提督と直接会話できる週に1度の定期報告は必ずトゥローノが担当者となっている、提督LOVE勢の1人である妹から涙目でお願いされたブリッツが、苦笑しながら会話する機会を譲ってあげたのだ。

 

≪ブリッツには「無理に動くな」「調査は後回しにして信頼関係の構築を優先しなさい」と伝えておいてくれ、何かあったら俺が必ず助けに行くと伝言を頼むよ≫

(…私の事は心配してくれないの?)

≪何か言ったかい?≫

「……何でもない、もうすぐ点呼の時間だから切るね~」

≪危険を感じたらすぐに救難信号を出すんだぞ!!≫

 

 通信を終えたトゥローノは意気消沈してため息をつく、その様子を心配したブリッツが声をかけようとした瞬間……プライベート回線に届いたメッセージを目にしたトゥローノは突然立ち上がり、満面の笑みでこちらを振り向いた。

 

「お姉ちゃん~! 来週の定期報告は直接会って話したいから一時帰郷しなさいだって~♪」

「僕は1人で大丈夫だから、あなた1人で行ってらっしゃい」

「そうする、久しぶりに2人っきりでデートしてもらお~っと♪ …勝負下着はどうしよっかな~、セクシー路線で島風ちゃんと同じ黒のマイクロビキニにするか、清純派の真っ白お子さまパンツにするか……。お姉ちゃん、どっちがいいと思う~?」

「…また夜這いを仕掛ける気なの? そんな事するから提督にドン引きされるのよ?」

「だって……あの鈍感提督、どんなにアプローチしても振り向いてくれないんだもん……」

 

 遠くで起床ラッパが鳴り響いているのを耳にしたブリッツ姉妹は廊下に出て、点呼を受けるために扉の横に並んで直立不動で整列したのだが……他の部屋の艦娘たちはなぜか廊下に出て来ない、姉妹はいつまで経っても早朝点呼が始まらない事を不審に思い始めてた。

 

 数分ほど待っていると前日に知り合った叢雲と暁がアクビをしながらやって来た、2人は廊下に行儀よく並んで敬礼するブリッツ姉妹の姿に驚いているようである。

 

「「おはようございます!!」」

「おはよう。……あんた達、なにやってるの?」

「なにって、早朝点呼の順番を待ってたんですけど……」

 

 事情を察した暁は、不思議そうな表情で小首をかしげている叢雲を問いただす。

 

「叢雲さん、司令官からうちの就業規則を説明しとくように言われてなかったっけ?」

「ゴメン、昨日は色々あったからすっかり忘れてたわ…」

「やっぱり……ブリッツさん、戸島鎮守府では艦娘は早朝点呼を受けなくてもいいのよ、あの起床ラッパは人間の正規軍人たちの点呼だから気にしないでね」

「立ち話もなんだから食堂に行くわよ、説明し忘れてたお詫びに好きな物を奢ってあげる」

 

 トゥローノは戸島の艦娘食堂に大好物のプリンアラモードがあると教えられて上機嫌になり、叢雲を急かすようにして廊下を歩きだした、ブリッツは暁と会話しながらその後を追うようにしてのんびりついていく。

 

 暁と叢雲はブリッツ姉妹を先導しながら説明を続ける、戸島鎮守府の艦娘たちは勤務シフトに遅刻さえしなければ自由に行動する事が認められており、外泊の申請も比較的簡単に許可してもらえるらしい、驚いたことに戸島に所属する艦娘の中には週に2~3日ほど舞鶴市内でアルバイトをしている者も何人かいるという話であった。

 

 地方鎮守府の司令官には不足した資材や運営資金を確保するための裁量権がある程度認められていたので、艦娘たちが自活してアルバイトをしていても法律上は何の問題もないらしい。

 

「戸島の艦娘部隊は6つの戦隊に分かれていて、艦娘は所属部隊ごとに入居する寮が決められているのよ」

「今いる場所は緋月の直轄部隊『特務機動班』の居住区画に指定されている艦娘寮の別館、隣に建っている艦娘寮の1号棟と2号棟は無改造のノーマル艦娘たちが所属する5つの中隊の居住区画…男性タイプの艦息(かんむす)どもは正規軍人と一緒に男性寮の方で暮らしているって感じ」

「男性タイプ筆頭の『武藏(♂)』さんは妻帯者だから、妻の龍鳳さんと一緒に世帯用官舎の方で暮らしてるわよ」

 

 暁がサラリと言った一言に、ケッコン願望の強い提督LOVE勢のトゥローノが飛びついた。

 

「……へ、艦娘同士でケッコンしてるの!?」

「カッコカリじゃなくてガチ結婚してるわよ、龍鳳さんは“戸島最強の漢”を尻に敷いてる“可愛い鬼嫁(笑)”として有名なんだから♪」

 

 ~閑話休題~ 

 

 トゥローノたちのガールズトークにはあまり興味を示さず真面目に説明を聞き続けていたブリッツは、叢雲たちの話を聞いてるうちに戸島鎮守府に感じていた異常さの理由をようやく理解しはじめていた。

 

 普通の地方鎮守府には艦娘部隊の指揮官は基本的に1人しかいない、かなり大規模な地方鎮守府でも副官を含めてせいぜい2~3人程度しかいないのが普通である、指揮官が多数在籍しているのは地方総監部の所在地である「横須賀」「佐世保」「呉」「舞鶴」「大湊」の五大鎮守府と、南太平洋の大規模拠点「トラック泊地」「ブルネイ泊地」だけだというのが海軍の常識なのである。

 

 戸島は地方鎮守府であるにもかかわらず、総司令官の「坂本緋月」以外に副司令官と5人の分隊指揮官がいるという大所帯で艦娘部隊の指揮官が合計7人も在籍していた、これが所属艦娘の人数が異常に多い事の理由となってたらしい。

 

「叢雲さん、なぜ戸島には艦娘指揮官が沢山いるのですか?」

「戸島には艦娘戦闘団が2つ駐留してるのよ、これは地方鎮守府としては珍しい状況なんだけどね」

 

 戸島鎮守府には坂本中佐が直接指揮する『戸島鎮守府戦隊』と副司令官が指揮する『舞鶴鎮守府所属・戸島分遣隊』が一緒に駐留していて、5人の分隊指揮官はそれぞれ坂本中佐の部下である2人と副司令官の部下である3人という感じに命令系統が分けられていた。

 

「2つの地方鎮守府が1ヵ所にまとめて建っているような感じですね…」

「まさにそんな感じ、戸島の副司令官「土方(ひじかた)」中佐は表向きの役職として副司令官をやってるけど、海軍の正式な指揮系統では緋月と同格だから下士官扱いなんかしたら怒られるわよ?」

 

 土方中佐の艦娘戦隊は戸島の体制が整うまでの期間限定で駐留しているだけで、どこかの鎮守府の基地司令が定年退職すると同時に他所に移転する事がすでに内定しているという話であった。

 

 ガールズトークを終えた暁がこちらの話題に口を挟む、彼女は艦娘寮の現状に少し不満を感じているらしい。

 

「来年には所属艦娘の人数が半分に減るから、艦娘寮も今の寿司詰め状態が解消されて広い部屋をもらえる予定になってたわよね?」

「今は1部屋に6~8人だもんね、これが2~4人の相部屋になるだけでも部屋割りがラクになって大助かりだわ」

「駐留武官の叢雲さんは個室だけど、一般隊員の私は小隊メンバー全員で1部屋なのよね…」

「緋月から聴いてないの? あんたとノイズは私の部屋に引っ越しして、今晩から3人で相部屋になるのよ?」

「そうなの!?」

 

 4人で会話しながら歩いていたブリッツ達は、坂本緋月中佐が扉を開けて廊下に出てくるところに鉢合わせした、予想外の展開で目が点になったブリッツに対して叢雲が事情を説明する。

 

「この建物は基地司令専用の官舎だった物を改装して寮にした物なの、私たち艦娘の方が緋月の家に下宿してる状態だから誤解しないでね」

 

 通りかかる艦娘たちと気軽に挨拶している坂本中佐の堂々とした態度は、女の園となっているこの建物の風景に違和感なく馴染んでいた、安物のYシャツに色褪せたスラックスという簡素な普段着をさりげなく着こなしている様は、彼が信条とする質素倹約の武士の生き方そのものであった。

 

「おはよう、君たちも今から朝食か」

「ブリッツ達を食堂に案内するところよ、緋月も一緒に食べない?」

「今日は朝から来客応対があるから同席できないんだよ、スマンな」

 

 ブリッツは、叢雲と会話しながら歩く坂本中佐の姿を観察しているうちに、彼が腰に差している日本刀が昨日とは違っている事に気付いた、昨日は黒鞘の大小二本差しだったのに今朝は朱塗りの刀を一振りしか差していない、刀の長さも小振りで長身の彼が携行すると脇差や小太刀に見えてしまうほど短いように思える。

 

「その日本刀、昨日の物とは違ってやけに短くないですか?」

「これは私のご先祖様が使っていた刀だよ、江戸時代の定寸よりも少し短い二尺一寸、刃渡り63.7cmだから普段使っている本差と比べればかなり短いな」

 

「お姉ちゃん、本差(ほんざし)って何~?」

「大小二本差しの長い方、メインの方の刀の呼び名…でしたっけ?」

 

 坂本緋月の愛刀は長い方の本差(大刀)が刃渡り二尺六寸五分(約80cm)とかなり長尺、短い方は先祖伝来の刀とほぼ同じサイズの刃渡り二尺一寸の大刀を脇差がわりにして使っていた、彼は身長180cm以上の長身で人並み外れた修練を重ねているからこそ、通常よりも長い大刀を容易に抜刀して振り回すことが可能なのである。

 

「ご先祖様はブリッツと同じくらいの身長の女性だったらしくてな、この刀もご先祖様の体格に合わせて細身で軽い造りになっているんだよ」

「司令官のご先祖様って、たしか第二次ネウロイ大戦の時に活躍した『坂本美緒』少佐だったわよね?」

「そうだよ、この刀は大戦の英雄「坂本美緒」少佐が愛用していた『扶桑刀[烈風丸]』、坂本家に伝わる先祖伝来の家宝だ」

 

 ブリッツ姉妹は、暁の何気ない問いかけに答える坂本中佐の言葉を聴いて大いに驚いた、坂本美緒少佐といえば1939年にヨーロッパで勃発した全世界規模の対魔物戦争、通称「第二次ネウロイ大戦」で活躍した有名な英雄の1人である。

 

 1914年にヨーロッパで大量発生した生物型妖魔「ネウロイ」との戦い『欧州大戦』と1915年に日本で大量発生したネウロイ(降魔)との戦い『降魔戦争』は、2つ合せて世界最初の対妖魔戦争『第一次ネウロイ大戦』と名付けられている、1939年に大量発生した機械のような姿の飛行型ネウロイとの戦いは『第二次ネウロイ大戦』……

 

…そして現代、西暦20XX年に勃発した深海棲艦(海上型ネウロイ)との戦いは、後の世の人々から『第三次ネウロイ大戦』と呼称される事になるであろう。

 

 同系機と比べて身体能力の劣るブリッツが、人生の目標として密かに憧れていた相手…「ハンディキャップを乗り越えて戦い続けた大先輩『坂本美緒』少佐」…の子孫が目の前に立っている、ブリッツは坂本中佐が何気なく発した一言に驚いて呆然と立ち竦んでしまった。

 

 ブリッツが立ち止まった事に気付いた坂本中佐は、目を見開いて呆然としている彼女を気遣って手を差し伸べる。

 

「立ち眩みでも起こしたのか? さあ、この手につかまりなさい」

「あ、あの…僕は低血圧で…朝が苦手なだけだから大丈夫です!」

「私も病弱だから立ち眩みの辛さはよく知ってるよ、支えてあげるからこっちにおいで」

「……ハイ」

 

(トゥローノ、あんたの姉さんって……ウブね)

(箱入り娘だからね~)

(あれがレディーの物腰なのね、私も見習わなくっちゃ!)

 

 坂本中佐と会話しながら渡り廊下を通り抜け、艦娘寮2号棟の1階にある食堂にたどり着くと、坂本中佐はブリッツ達から離れてパーティションで仕切られた予約席の方へ歩いて行った、予約席には数人の来客が同席しているようである。

 

 ブリッツ達はバイキング形式となっているカウンターで好きなメニューを選ぶと、先に食堂にやって来て座席を確保していたチビッ子空母コンビと同席する。

 

 トゥローノが挨拶するとチビ空母の赤城っぽい方「安土」が無邪気な笑顔で挨拶を返してくれた、加賀っぽい方「上総」は無言で会釈……実際には上総の声が小さすぎて聴こえなかっただけで2人とも行儀よく挨拶を返してくれていた、“忍”としての修練を身に着けているブリッツ姉妹は読唇術が使える上に微かな物音を敏感に察知する訓練も受けていたので、雑踏の中でも小声で話す上総との会話は問題なくこなす事ができる。

 

「ゴメンね~、上総は大人しい性格だからあんまり話さないんだよ~」

「私の研究所にもその子ソックリな性格の艦MSがいるよ~、あとで写真を見せてあげるね~♪」

 

 安土とトゥローノの性格はお互いが物真似しあっているかのように感じるほど似ている、声だけ聴いていると一卵性双生児だと勘違いをしそうになるほど2人の口調はよく似ていた。

 

「……安土、食べ物を頬張りながら会話するのはマナー違反ですよ」

「安土ちゃん、この煮込みハンバーグ美味しいね~♪」

「!? 今日の限定メニューまだ残ってたの!! お代わりしに行こう~っと♪」

「……あの…私の話、ちゃんと聞いてくれませんか?」

 

 ブリッツは食堂内の風景を眺めているうちに、艦娘たちが部屋の右側にいる集団と左側にいる集団とに分かれて、双方とも集団の中だけで会話している事が気になった。

 

「暁さん…あそこの娘たちは、向こうの娘たちと仲が悪いように見えるんだけど…?」

「そんな事ないわよ、あれは戸島戦隊の艦娘と土方副司令の部隊の艦娘とに分かれて、仲間内でくつろいでるダケだからね」

 

「あっちにいるのが土方副司令が指揮する駐留戦隊の第一分遣隊に所属する第六駆逐隊と、第三分遣隊所属の第六駆逐隊、反対側にいるのがうちの司令官が指揮する戸島戦隊の第一戦闘団の第六駆逐隊と、第二戦闘団の第六駆逐隊……」

 

 暁に指差された第一分遣隊の暁型姉妹が近づいて来て、分遣隊の暁がブリッツの隣にいる暁を挑発しはじめた、彼女らは舞鶴鎮守府最強の水雷戦隊を自称するエリート部隊、悪名高き“第六鬼畜隊”として有名な人物である。

 

「あんた新参者のくせにエリート戦隊の隊長をやってるんだって? 基地司令を丸め込んだ色仕掛けのやり方を私にも教えてくれないかな~?」

 

 可憐な少女が下品な笑みを浮かべて自分と瓜二つの少女を嘲笑う、暁が平然とした表情のまま無言で小首をかしげると、その余裕ある態度に神経を逆撫でされた鬼畜姉妹は逆上して暁を罵倒しはじめた。

 

 叢雲が激怒して立ち上がろうとしたその時……室内に鈍い金属音が鳴り響ると同時に、鬼畜隊の四姉妹が床に崩れ落ちて動かなくなる、彼女らの背後に音もなく忍び寄った第三分遣隊所属の暁型姉妹が愛用の錨で鬼畜姉妹の後頭部をブン殴ったらしい。

 

「うちの身内が失礼な事をして、申し訳ないのです」

「Простите(御免なさい) このバカ娘共はあとで神通さんに処罰してもらうから、今回は矛を収めてもらえないかな?」

「Пожалуйста(いいわよ) レディーは喧嘩せず、私は気にしてないわ」

 

 野次馬の群れをかき分けてやって来た土方副司令の秘書艦「長門」が双方から事情を聴いたうえで暁に謝罪すると、野次馬たちは興味を失ったかのように自分の席に戻って行った……

 

――――――――――――――――――――

 その頃……予約席では、坂本中佐が苦虫を噛み潰したかのような表情で来客に謝罪していた。

 

「不快な思いをさせて申し訳ない」

「横須賀にもああいう子は沢山いるから慣れてますよ、気にしないで下さい」

 

 苦笑しながら坂本緋月中佐を慰めている来客の青年士官「常磐 葉(ときわ よう)」大尉は、坂本中佐の父親「坂本龍一郎」元帥が総司令官を務める横須賀鎮守府に所属する新人提督である、彼は士官学校を卒業すると同時に横須賀に配属され、役立たず扱いされていた失敗作の艦娘たちを率いて大戦果を上げるという快挙を成し遂げた新進気鋭の実力派として有名な人物である。

 

 失敗作だったり役立たず扱いされて捨てられたりした艦娘に愛情を注いでいるという意味で、戸島鎮守府の司令官「坂本緋月」中佐と「常盤 葉」大尉は似た者同士だった。

 

 坂本中佐が失敗作艦娘たちの転属先を探しているという話を“とある情報屋”から教えられた常盤大尉は、その艦娘たちを自分の部隊に引き取るために自ら足を運んで戸島にやって来ていたのである。

 

「移籍予定の艦娘たちは身体の治療がすでに済んでいて、健康状態そのものは問題ないと聞いていますが?」

「問題は心に深い傷を負ってトラウマに苦しんでいる事の方なんだよ、以前に所属していた鎮守府でかなり酷い扱いを受けていたらしい」

「元・ブラ鎮所属ですか…分かりました、俺が責任をもって面倒を見ますから任せて下さい」

 

 下士官に案内されて常盤大尉が退出すると、それを待っていたかのようなタイミングでもう一人の来客である艦娘が坂本中佐に話しかけた。

 

「その鎮守府なら、この大鯨が近日中に“オ・シ・オ・キ”しに行きますよー?」

「止めろと言っても無駄なんだろ? 私は聞かなかった事にしておくよ」

 

 彼女の名は『大鯨』、大本営から依頼された特命事項を処理する独立型艦娘機構の監査&調査員として日々活躍している腕利きの潜入調査員である。

 

 海軍の関係者からは“仕置人という名の快楽殺人鬼”と呼ばれて恐れられている人物だが、彼女は任務の遂行中に殺人を犯したことは1度も無い、彼女がお仕置きした相手が全員生存しているという事実はごく一部の親しい知人にしか知られていなかった。

 

 重度の後遺症が一生残るほど酷い拷問を受けた仕置き相手が意識を失う寸前に、大鯨は彼らの耳元に優しい声で…『あなたが犯した罪は寿命が尽きるその日までずっと償い続けてくださいねー♪』…とささやきかけているらしい。

 

 仕置きされた人物の多くが廃人となったり、重度の後遺症に苦しみながら数か月後に死亡したりしているというのは紛れもない事実ではあったが、大鯨は仕置した相手が死亡しないように必ず応急処置を施し、海軍病院での治療を手配するという彼女なりの優しい心遣いも忘れない女性であった。

 

 そんな彼女が戸島にやって来た事で、坂本中佐は自分が指揮する鎮守府に犯罪を行う人物がいるのではないかと勘違いしそうになったのだが……どうやら大鯨の来訪目的は“オシオキ”とは無関係の別の調査任務だったようである。

 

「ちょっとお聞きしたいのですけどー、今年に入ってから各地で建造事故が頻発しているというウワサを耳にした事はありませんかー?」

「建造事故による失敗作艦娘の引き取り依頼はここ数ヶ月は一件も入っていないぞ、少なくとも私はそんな噂話は耳にしていない」

「そうですかー…戸島では建造事故は起こって無いですよねー?」

「他所から引き取った艦娘だけで人員が足りているから、艦娘の建造は一度もやってない……ていうか、艦娘建造ドックはまだ建設すらされていなくて更地のまま放置されているよ」

 

 平然とした顔で笑いながら爆弾発言をする坂本中佐の事が心配になった大鯨は、滅多に見せない真剣な表情になって問いただした。

 

「……それ本当に大丈夫なんですかー? 建造ドックが無い鎮守府なんて初耳ですよー?」

「舞鶴鎮守府のドックを間借りしているから問題ない、私が使役している妖精はその気になればドック無しで艦娘建造できてしまうほどの変態技術者だから何とかなるよ」

「ならいいですけどー…坂本中佐、私の調査が済むまで建造を控えておいて下さいねー♪」

「分かったよ、舞鶴のドックも当分の間は閉鎖しておけばいいんだな?」

「お願いしまーす♪」

 

 朝食を済ませて立ち去ろうとする大鯨の背中に、坂本中佐は声をかける。

 

「大鯨…私のところに戻っておいで、龍鳳もお前の行く末を心配しているぞ」

 

 立ち止まった大鯨は振り返ると、少し寂しそうな笑顔でささやいた。

 

「…泣いている子を拾い上げるのが私の役目、虐げられる艦娘がこの世から1人も居なくなるその日まで、私の旅は終わらないのですよー」

 

 

 ……坂本緋月がまだ見習い士官候補生だった頃にドロップされ、今は無き西小島鎮守府で双子の姉「龍鳳」とともに二人仲良く暮らしていた快楽主義者『ヤンデル大鯨ちゃん』、彼女は人には言えない心の闇を内に秘めたまま、今日も世界のどこかで笑顔を浮かべながら誰かを“オシオキ”し続けている……




【裏設定に関する解説】

・『常盤 葉』大尉

 このキャラクターの設定は「葉っぱの妖怪」さんから提供していただきました、受け取ったキャラ設定の年齢がかなり若かったので、この作品世界では「任官したての新人提督」だというイメージで書かせてもらいました。

・『坂本美緒』(元ネタ:ストライクウィッチーズ)

 この物語の舞台世界は、元ネタ作品「ストライクウィッチーズ」とは歴史の流れが違っているパラレルワールドとなっています。

 坂本美緒が結婚した相手はストライクウィッチーズの登場人物ではありません、別のアニメ作品に登場するキャラクターの関係者と結婚したという裏設定になっていますので、原作のファンの皆様にはあらかじめご承知しておいて下さいますようお願いいたします。
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