キュッキュッと音を立ててグラスを磨く。
現在昼時なのに客は一人もおらず、ただ準備をしているだけという状況。
それもその筈、神様に休暇を言い渡されてやることが無くなって始めたこの店、どう考えても立地条件が悪い。
お客さんなんてたまに来るくらいだし、適当に決めたルールもあるけどリピーターさんがよく来てくれるのは嬉しいね。火曜日はあまり来ないけど……
火曜日は日に一人や二人なんていうのはザラだ。
そんなので経営が成り立たないと思うかもしれないけれど、商売が目的ではないし、死ぬまでの暇つぶしをしているだけなので何の問題も無い。
ん?飲食店をするには許可がいる?ミッドチルダで店を構えていてもそれは適応されるね。まあ、ちょこちょこっとやって許可を貰ってます。
調理師免許は持ってないけど、腕自体は仕事の過程で嫌でも上達というか、美味しい料理を作れるようになったので問題ない。
今は人間の身だからちゃんと味見もできるし間違いなく美味しい部類であると思う。
お客さんも美味しいとか言ってくれるし……
まあ、自分の見た目が見た目だからあまり信用はされてないかも知れないけど……
なんせまだこっちに来て15年なのだ。無理も無いだろう。
普通なら中学校や高校に通っているんだっけ?学校に行ったこともない自分にとっては少しばかり興味はあるけど、一度学校に入ると嫌でも身元が知れ渡ってしまうってミカエルさん言ってたし、それはちょっと面倒くさくて断念したんだよね。
だからやることを探した結果店を構える事になったんだよね。
はあ、仕事引き受ける時には少しも考えてなかったよ、こんなに暇だなんて。
かと言って手を抜いて長引かせても怒られてただろうし、こんなんだったら引き受けるんじゃなかったよ。
いい経験になるかと思ったのに、仕事が難しかった訳でもなかったし……
っと、店の扉が開いた。珍しくお客さんかな……
と思ったら買い出しから帰ってきた自分だった。
そういえば朝に行かせたんだっけ……
え?状況がおかしいだって?何で自分が2人もいるのか疑問に思っているの?
えっと、それには理由があって。僕の仕事、世界の歪みを治すって言うのは、下の方の神様が面白がって世界に誕生させた転生者達の処理なんだよね。
あ、処理って言っても殺してるわけじゃないよ。記憶と力を回収してただの一般人に戻しているだけだからね。
まあ、その回収した時の力の中で影分身の術とか言う物があって。それで自分の分身を生み出しているわけ。
確かガブリエルさんが読んでた本の中にこんな術を使っている登場人物がいたと思う。
まあ、転生者の力を回収し終わって、その力も消すことすら出来ないんだね。だからあるのなら有効活用しようってことで使わせてもらってます。
だって、分身とか時を止めるとか結構便利なんだもの。
ああ、そうそう。その転生者を誕生させた神達は、ルシフェルさん達に説教とお仕置きされたらしい。あまり勝手に世界を歪めるなってさ。
でもまあ、転生者っていうのは凄いねぇ。色んな力を思いつくものなんだから。えっと、この世界に誕生した転生者の数は全員で108人だったかな。その一人一人が面白い力を持ってたし、人によっては遊んで暮らせるお金を望んでいる人もいた。まあ、回収しちゃったせいでそのお金も僕が貰っちゃってるんだけど……
あまり価値はわかってないけど、取り敢えず生きるのに困ることはない。だからこそ、こんな店が成り立ってるんだよね。
お?ドアの開く音。今度こそお客さんかな。他に分身を出してないし、この店には従業員は自分だけだ。
予想通り、お客さんのようで、少し身長の低い女性が入ってきた。
少し広めの店だから席には余裕ある。
取り敢えず好きな所に座ってもらおうかな。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「………あ、ひ、一人です」
「かしこまりました。お好きな席に掛けて注文が決まり次第お呼びください」
そう言い、カウンターに戻る。お客さんがカウンター席に座ったのを確認し、水を置いておく。
「あの店員さん、注文いいですか?」
「はい」
この店のメニューは結構豊富だと思う。値段も良心的だし、案外いい店だとは思うんだ。
お客さん少ないけど……
「Bランチの飲み物ホットコーヒーでお願いします」
「かしこまりました」
時を止め、料理する。Bランチ。内容はバターライスにドライカレー、生ハムが入ったサラダ、それと飲み物だ。
ミッドチルダではお米などの材料は手に入らないので、全部地球で買ってきたものだ。まあ、長い間地球で活動してきたから色々知っているからなんだけどね。
食材は自分が食べたり飲んだりしたもので一番美味しいと感じたものを選んでいる。値段は食材費を考えずにだしているので、普通の店だったら大赤字になるんだけど、正直興味ない。寧ろ料金考えるほうが面倒くさくて、いらないくらいだ。まあ、タダ飯というのは別の意味でお客さんがいっぱい来ちゃうので値段は地球の日本で見かけた飲食店を目安にしている。
調理し終え、注文の食べ物をお客さんの目の前に置いて時を動かす。
「ぅえ!?いきなり現れた!?」
驚いたみたいだ。まあサービスは行き届けないと行けないから、お客さんにとって注文してから直ぐに食べれるように配慮しているのですよ。
「どういうことなん!?」
「一種の手品ですよ」
「……納得出来んけどまあええか。それより店員さん。店員さんって地球出身?」
「ええ、(この世界で)生まれたのは地球ですよ」
「へぇ」
目の前の女性はコーヒーを飲みつつ呟く。
地球を知っているってことはこの人も地球出身なのだろう。まあそれもその筈、Bランチを頼むくらいだから予想はしていたよ。因みにAランチはミッドチルダで馴染みのある、Bランチは自分にとって馴染みのあるメニューにしている。
「って、このコーヒーものごっつ美味しいやん!」
「それは何よりです」
「こんなの初めて飲んだわぁ……なんてコーヒー豆使ってるんですか?」
「えっと、サンタクララ農園ってところの豆ですね」
「へぇ……聞いたことないや。何処で売ってるんですか?」
「地球のグアテマラって所ですよ」
「……うーん。何処かで聞いたことあるような気がするけど、あんまり覚えがないなぁ」
確か近くにアメリカっていう大きな国があった気がする。
っと、忘れていた。時を止めて使った調理器具を洗う。あまり洗い物をしている所を見られるのは良くないよね。
水を切り軽く布地で拭いて直しておく。元の場所に戻って時間をすすめる。
こういう所のマスターっていつもグラス拭いてるイメージあるから無駄に綺麗なグラスを量産していく。
「おお、このドライカレーも凄い美味しい。久しぶりっていうんもあるけど、値段見たら考えられやんくらいやで」
「ありがとうございます」
「うん。何でお客さんがおらんのかが不思議なくらい」
「そればかりは……」
「ああ、それと一つ聞いていいですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
「店員さん、何歳?随分若く見えるけど」
「えーっと、生まれてからの年でいいんですよね?」
「それ以外に何があるんよ」
実年齢じゃなくていいんですね。えっと、自分がこの世界に生まれて15年だったか。実年齢だったら247歳だっていう子供なんだよね。この世界の人にとってはだいぶ長生きなのだろうけど……
「15歳ですよ」
「へぇ……って15歳!?」
うぉ!?びっくりした……
そんなに驚くこと?
「苦労してるんですねぇ……」
「まあ、それなりには」
暇で暇で仕方ないんですよね。
「って、今思ったけど、どうやって食材とか仕入れてるんですか?」
「普通に買ってきてますよ?」
「……へ?」
分身して転移したらすぐ着きますしね。
転移じゃなくても、ルーラっていう呪文使っていけますし……
「…….まさか密航者?」ボソ
「ん?何かおっしゃいましたか?」
「い、いえ何も言ってません!!」
何か言った気もするんだけど……まあいいか。気にすることではないと思うし……
「あ、あの。この店って定休日とかありますか?」
「ああ、それなら表に予定表のような感じで書いてますよ」
「わかりました。じゃあそろそろお会計の方よろしくお願いします」
おお、いつの間にか食べ終わってたみたいだ。もうちょっとゆっくりしていってもいいのに……まあいいか。
えっとお金の方は…
「Bランチ、500Gです」
「はい」
チャリンと貨幣一枚を置かれる。だいたい日本円で600円のランチメニュー。安い方なのかな。
「じゃあ、美味しかったです。またきますね」
「ありがとうございました」
お客さんが扉を開けて出て行ったのを確認して食器を洗う。
さて、また暇な時間がくるのだろう。まあ、午前中に2人お客さん来て、さっきも来たから3人。火曜日にしては中々の客入りだ……
「なんでやねん!!」
……店の外で何やら声が聞こえた。
さっきの女性の声に聞こえるけど……
「ちょっと店員さん!!」
おぉ、お客さんがドアを開けて入ってきた。忘れ物かな?でも何か様子が変なきが……
「表の看板にある内容!おかしいで!」
え?おかしいかな。勝手に決めたルールに則って決めたんだけど……
確か内容は……
=====================
飲食店 天使始めました
営業予定
日曜日 昼:うどん屋
夜:休み
月曜日 昼:ハンバーガー店
夜:レストラン
火曜日 昼:喫茶店
夜:牛丼屋
水曜日 昼:休み
夜:フランス料理店
木曜日 昼:ラーメン屋
夜:ラーメン屋
金曜日 昼:喫茶店
夜:居酒屋
土曜日 昼:レストラン
夜:バー
=====================
うん。おかしな所はないな
「ミッドに曜日はないで!!」
あ……