「それじゃあ私達がヴィヴィオの子育てを手伝うって感じでいいかな」
「はあ……」
未だに頭からはてなマークが取れていない上月典矢はなのはの言葉に曖昧に返事をするだけである。
典矢にとって自分の知らぬ間にトントン拍子で色々と物事が決まっていくことは不思議に思えた。しかし、特に出来ることも無いのでヴィヴィオの前にジュースのおかわりを出す。
「それに偶には外出させたりしなきゃダメだよ?何だったら私達が暇な時に連れだすし……」
その言葉に典矢はうーんと唸りつつ首を傾げる。なのはにとっては昼間も店を経営している典矢に代わりヴィヴィオの相手を名乗りでたのだ。それはフェイト達も同意見であり、なのはの言葉に頷いていた。
しかし、どうにも典矢はその必要性を感じない。ヴィヴィオを外出させるのはわかるが何故なのは達が連れだすのかを……
「あー……そう言えばなのはは知らなかったよな」
何故典矢が唸っているのかを察したヴィータは一般的な意見を持っていない、というかどことなくズレた感性を持っている典矢に代わりなのは達へある力の事を伝えた。
「こいつ、分身出来るんだよ」
「え?」
「ふぇ?」
「なんやて?」
時間停止、瞬間移動までは彼女達もプレシアから聞かされていた。機械を作るのが得意なのと思考を読み取るのも典矢と接するうちに察していた。それだけでも大分頭の痛くなるような規格外さではあるがそれに加えて更に摩訶不思議な力が有ることに彼女達の思考を止めるのには十分であった。
「パパはさいきょーだからねー」
なのは達が呆気にとられている理由を察したヴィヴィオが無邪気な笑顔を浮かべて誇らしげに言う。頭の上のハコも誇らしげなのは皆に無視されたが。
だが、あながちヴィヴィオが言っていることは間違いではないのかもしれない。そう彼女達の中で共通意識が繋がっていく。
目の前でプレシアにワインを注いでいる彼は余りにも規格外な存在であり、余りにも無知な人間でもあるかもしれないと……
「ああ、そう言えば一つ言い忘れてました」
突然典矢はそう口を開いた。
彼はワインのボトルをカウンターに置いた後一瞬ハコへと視線を向ける。
それにハコは頷き、ヴィヴィオの頭から飛び降り、顔の前に浮遊した。
『ヴィヴィオ、ゲーム、スマブラ』
「うん!ゲームしよう!ヴィータお姉ちゃんも行こう!」
「あ、ちょっと待てよ」
ハコの言葉に笑顔で頷いたヴィヴィオはカウンターの側にあるドアを開きハコとヴィータとともに出て行った。
それに今からする話はヴィヴィオには聞かせてはいけない事だと気付き、なのは達は改めて姿勢を正し典矢の言葉に耳を傾ける。
「自分は、ヴィヴィオちゃん……いえ、ヴィヴィオを管理局に近付けさせません」
いきなりの宣言であった。彼の意図を理解できずになのは達は話の続きを待つ。
カウンターに肘を乗せ手を組んで顎をのせた典矢は少し微笑みつつも続ける。
「これは貴女方を信用してお教えすることです」
彼の口調に若干の変化が現れている。それに気付いているものはプレシアだけであり、これこそが彼本来の話し方であると知っていた。
「まず順を追って説明しましょうか。ヴィヴィオを自分に預けた人物は彼女はある立場から狙われていると言っていました。だからこそ自分がいるこの店にあの子を託しました」
「……一ついいかな?」
「どうぞ」
「その、ヴィヴィオを連れてきた人って誰ですか?」
思わず敬語になってしまっているはやての言葉に典矢は一瞬目を伏せ小さな言葉である名前を呟く。
「ジェレミア・スカーレット」
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【上月邸】
『ブフゥゥゥゥゥ!!』
「ハコちゃんどうしたの?ドンキー落ちちゃったよ?」
『ナ、ナンデモナイヨ』
『(オレンジ!オレンジ!)』
「何で、トサキントが出るんだよ!」
「あ、スカさんのカービィが吹っ飛んだよ!相変わらず運が無いね!」
『……』
【とある研究所】
「あの、ドクター?」
「ちょっと後にしておいてくれないかな。今ヴィヴィオ君の実力と運に戦慄している所なのだ!」
「ゲームも程々にですよ?」
===================
「聞いたこともない名前や。まあそれで狙われてるって誰から?」
「彼は教えてはくれませんでした。だから調べたんですよ」
重々しく話す彼の口調に嘘を付いている様子はない。これで嘘を付いているとすれば相当なポーカフェイスといえるのだが……
それよりもプレシアは改めてヴィヴィオの事を思い浮かべる。
立場的に狙われている。あの幼い子が何かをしたわけではない。あるとすれば親が特殊かフェイトのように生まれが特殊な場合……
そこでプレシアは情報を頭の中で整理していく。まず彼が告げた言葉にある管理局に近づけさせない。つまりは管理局が狙っている、若しくは管理局に関わりのある組織が狙っていると考えてもいい。出生が特別なのだと思えば研究組織の可能性もある……だが、何かがプレシアの中では引っかかっていた。
そう、ヴィヴィオの容姿、金色の髪に、特徴的な緑と赤のオッドアイ。それを見た時に彼女は何かが引っかかっていた……
あれはアリシア・テスタロッサを生き返らせるために様々な文献や資料を読み漁っていた時……そして、フェイトと共に生き、管理局に改めて所属してから調べたこと……
プロジェクトF、フェイトの生まれた研究にある組織が目をつけていた。
「……聖王教会」
「流石ですね」
プレシアの呟きへの返答はまさしく彼女の考えが正しい事を物語っていた。
出来れば当たってほしくなかった。ヴィヴィオの正体。
なのは達はプレシアの行き着いた考えを察することは出来ない。聖王教会に繋がりのあるはやてでさえ気付くことのない事柄。
「ヴィヴィオちゃんは、聖王オリヴィエの子孫……いえ、子供がいた文献はなかった。つまり」
「はい。あの子は聖王のクローンです」
余りにも軽い口調になのは達は一瞬何を言ったのかを理解できなかった。
唯一人、事態を理解しているプレシアはグラスに入ったワインを一気に飲みながら深く息を吐く。
「そりゃあ管理局に近づけられないわね。聖王教会の連中がこぞってあの子を祀り上げるわ」
「スカーレットさんもそれを危惧したのでしょうね」
「そのスカーレットって人がどうしてヴィヴィオちゃんを連れていたのかは気になるけど、正直こんな事になるなんて思っていなかったわ」
プレシアはいつになく真剣な眼差しでフェイト達へと向き合った。
「ごめんなさい。軽々しくあの子の母に仕立てあげてしまったのは悪かったわ。正直貴方達には荷が重い」
「……母さん」
「………」
「……どういう意味ですか」
「今なら引き返せるということよ。こうなったのは私の責任だから後は任せなさい」
プレシアは冗談で言っているわけではない。ヴィヴィオという少女はその存在だけで一つの争いが起きる可能性もある。それに娘達を巻き込むわけには……
「店長さん。一つ聞いてもいいかな」
「何かな」
プレシアの言葉に静まり返った店内でなのはの言葉が響く。
それに応える典矢は相変わらず微笑みを浮かべていた……
「貴方はヴィヴィオの境遇を知りどう思い、どうして育てているの?」
典矢は微笑みを崩すことはせずに小さな声で呟いた。
――自分の娘だからだよ
その言葉になのはは笑顔で頷いた。
「ふふ、じゃあ私も一ついいかな」
「ん?」
なのはの言葉に笑みを浮かべたフェイトは同じく典矢へと質問を投げかける。
「クローンだって知っているのに娘だって言えるのは何故?」
それはある意味でプレシアへの言葉でもあったのかもしれない。どちらにせよ、フェイトにとっては己に重くのしかかる事柄である。
しかし、ある意味でこの質問は典矢にとっては意味のないことではある。
「クローンも赤ん坊も等しく人間だからだよ」
その答えにフェイトは満足気に頷いた。
二人が質問したのだから今度は私の番だと言わんばかりにはやては立ち上がる。
「店長さんはヴィヴィオちゃんを守れるんか?家族を何があっても?」
「さあ、自分にできる限りでやっているよ。まあ、どちらかと言えばあの子を一人にしない方が大切そうだけど」
かつて両親を失い、新たに得た家族ですらも失った彼女だからこそ、その言葉を聞き絶句した。
典矢の力を持ってすればヴィヴィオの身を守るのは可能だとはやても気付いている。だが、それだけではいけないのだ。ヴィヴィオを守る結果、彼女を孤独にすれば守れたとはいえない。
だが、彼の答えは違った。典矢本人は求められたことをしているだけである。ヴィヴィオの身を守るのはスカリエッティの望み、孤独にさせないのはヴィヴィオの望み。
それでもはやてにとってその答えはヴィヴィオを本当の意味で家族だと思っている事だと判断するのに十分すぎる答えであった。
「きまり、やな」
「「うん」」
3人は改めてプレシアに向き合った。その瞳に迷いはなく、プレシアも目の前の娘達の覚悟に苦笑を浮かべて告げた。
「大変よ?」
「これでもエースオブエースなんです。大丈夫ですよ」
「母さんにばっかり任せられないよ。ここまで来たら最後まで付き合うから」
「それにプレシアさんが言ったんですよ?身内に引き込めば店長に関する事は解決するって」
「皆馬鹿ね」
その夜、プレシア達はお互いの顔を見て笑いあった。
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「おい、仕事が終わって来てみたがどういう状況なのだ?」
「はやてちゃん楽しそうですね」
「店長、肉の燻製をお持ち帰りすることは可能か?」
「はい」
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ヴィータ「なんかハブられた気がする」
???『私なら、そのようなハブられた状況我慢なりません』
???『理解不能』
ヴィヴィオ「ねむぅ」
ハコ『スピピ……』