飲食店天使始めました、それを経営しだしてから既に1年近く経っている。店の売上は常に赤字だから普通の店なら潰れてるのだろう。まあ、自分自身の暇つぶしで始めた店なので売上にはあまり興味はない。それよりも客が少ないというのが少し寂しい。
来てくれるお客さんはみんな笑顔で返ってくれるのが唯一の救いだけど、少し欲が出る。
「そこの所どう思いますか?プレシアさん」
「そうね、普通にどれか一つに絞れば増えると思うわよ?」
「ははは、ご冗談を」
土曜日の夜、バーに改装している店のカウンターに座る女性のグラスにウイスキー、ダルモアを注ぐ。これは力を使って熟成させてるもので、市場に出回ってる物を目安に60年程熟成したものになってる。
因みに改装はこの店の機能の一つだ。回収した力の中に篠ノ之束の技術っていうのがあって、色々と作れるようになったんだよね。それで店を改造して、簡単に改装出来るようにした。
目の前でグラスを触る彼女は週に1度来てくれる常連さんだ。開店してから少し経って現れた人、何でも娘さんが独り立ちしてから暇してるそうだ。
一応仕事はしているものの、あまり多くはなく、定時にはペットの住む家に帰る毎日だそうでこうやって顔を出してくれるいい人。
一度ペットという名目で一人の女性を連れてきたことはあったけど、その人はお酒を呑んだら直ぐ寝ちゃって少し大変だった記憶がある。
赤髪で自分よりも身体の大きな女性を運ぶのはなんだか難しかった。腕力は仕事の都合でとんでもないことになってるから重くはなかったけど、如何せんバランスがね……
「全く、本気で商売しようと思ってないのに今更何言ってるのよ」
「だって、美味しそうな顔で食べてくれる人が多いほうが嬉しいじゃないですか」
グラスを傾けつつプレシアさんは呟く。
もう長い付き合いになるのでよく愚痴を聞いたり聞いてもらったりする仲なのだが、最近事あるごとに娘さんを進めてきて少し困っている。
何でも男の影も感じれない子らしくて、男に耐性がないうちに悪い男に引っかかるのが不安だと言っていた。正直自分は恋人を作ったり結婚したりする気は毛頭ない。自分は今は人間といえど元々は天使。価値観などもズレているため人間を愛することは出来ても、それは慈愛の心だけなのだ。人間たちのように愛を育む事は出来ないだろう。
「この店って経営成り立ってないのでしょう?」
「まあ、使い切れないほどお金もあるので」
「……ホントに変な子よね。貴方」
そうそう、そういえばプレシアさんからは色々話を聞いている。お酒に酔って聞いたらいけないようなことまで教えてくれるんだよね。例えば、プレシアさん、一度死にかけてた所を小さな男の子に助けられたとか。
何でも虚数空間という所に飲まれそうだったのを助けてもらって、不思議な力で不治の病を直してくれたらしい。確か10年くらい前の話らしく、その男の子を探してみたものの見つからなかったそうな。その時一緒にいたもう一人の娘は助からなかったそうだけど…
なんだか聞き覚えのある話だって、僕は直ぐ様神様に確認したんだよね。その時に僕が歴史を歪めたってことを教えられた。
その時怒られるのかと思ったけど、神様曰く僕は特別製らしくて、僕が歴史を歪めてもそれが正史になっちゃうそうだ。下級の神達は他の世界の物をそのままの存在で構築しか出来ないらしくて、その人達が歴史を歪めると世界が崩壊しちゃうらしい。でも僕をここに送り込んだ神様みたいに、この世界の人間として一から構築し、世界の理を弄れば問題はなかったそうな……
全ては下級の神達の力量不足が招いたことだと神様が言っていた……
「そういえば表においてあった看板、なくなってたわね」
「ああ、今週にある地球出身の女性が教えてくれたんですよ。ミッドチルダに曜日はないって」
「あら、そうだったの。一年も気付かないから面白くて黙ってたのに、余計なことしてくれるのね」
「気付いてたなら教えて下さいよ」
プレシアさんのグラスが空になっているので注いでおく。
「にしても地球出身ね。あまり見かけないと思うのだけれど」
「そうですね。この店、ミッドチルダの料理より地球の料理のほうが多いからそれで客が少ないのかもしれないです」
「……一理あるけど、話が少し飛躍しているわよ」
「あはは、そうですか?」
「まったく……」
自分のグラスに入ったミルクを飲む。
お酒は飲まないのかだって?一応地球の日本出身の自分は20歳までお酒は飲まないつもりだ。何でも身体に良くないとかなんとか……
「相変わらず真面目なのね。お酒なんて飲まなきゃ味の善し悪しはわからないでしょ?」
「だからプレシアさんやリンディさんやグレアムさんって人達には感謝してるんですよ」
「……貴方、その二人と知り合いなの?」
「はい、2ヶ月くらい前からちょくちょく居酒屋の日に来てますよ」
「……知らなかったわ」
「えっと、プレシアさんのお知り合いですか?」
「まあ、そんなところよ」
本当にこの人達には感謝している。初めて来た時に色々とどんなお酒がいいのかを教えてもらって店に置いているのだ。教えてもらってなかったら味の悪いお酒を置いていただろう。
「それで、貴方後何年で飲めるんだったかしら?」
「一応戸籍上は5年ですね。まあ肉体的には後半年ですけど」
「………貴方、そのレアスキルまだ使ってるのね」
「色々と便利ですから」
そう、自分はこの世界に誕生して15年生きている。だけど、それ以上に活動しているのだ。
どうやってだって?簡単だよ。時を止めてるから。
時を止める力を手に入れてからは結構多用した。仕事中や作業中はよく使ってるし……まあ、そのせいでだいたい19歳くらい肉体的には経過している。まあ、時間が止まっている間はエネルギー補給等は行っていない為、身体的な成長速度がおかしくなって見た目は普通の15歳くらいなのだろうけど……
「使うのはやめておきなさい。切羽詰っているってわけでもないでしょう?」
「別に大丈夫ですよ」
20歳迎えたらちゃんと制御して体内時間も弄るので。
そんなことが出来るのかだって?自分の肉体を数値化して弄れるっていう力を回収したから出来ないことはないよ。ただしてないだけなんだよね。
「……はあ、人の話を聞かない子ね」
「ははは、でもありがとうございます。心配してくれたんですね?」
「別にそんなわけじゃないわよ」
お酒を飲んでるせいか少し顔が赤くなっているプレシアさんがウイスキーを一気に飲む。
そして空のグラスを置いたのでまた注いでおく。
「何か作ってくれないかしら。時間かかってもいいからレアスキルを使わないで貴方の料理する姿を見せて頂戴」
「かしこまりました」
ウイスキーに合うものか……適当に作ろうかな。
クラッカーを並べスモークサーモンとプロシュートを薄くスライスしてその上にのせる。
次はゴーダチーズをスライスしてクラッカーを乗せた更に並べる。
少し深めの皿にナッツを入れ、2つの皿をプレシアさんの前に置いた。
「早いわね」
「そうですか?」
「ええ。それに相変わらずこの店には何でもあるのね」
「何でもはありませんよ」
ナッツを摘むプレシアさんは少し微笑みながら呟く。
『オキャク、オキャク』
カランと扉の開く音と、表のロボットの声が聞こえた。
取り敢えず時間を止めて入り口に移動して来客を確認する。
「アルフ、ここに母さんがいるの?」
「そうさ。夜居なくなる時は大抵ここだよ」
お客さんかな。プレシアさん以外でバーの時に来るのは久しぶりかな。
「いらっしゃいませ、ってああ、アルフさんですか」
「おう、久しぶり。よく覚えててくれたね」
「こんばんは」
「はい。プレシアさんを探しに来たのですか?」
「ああそうだよ。いるかい?」
「はい。カウンターでお酒を呑んでますよ」
「了解。行こうかフェイト」
「あ、待ってよアルフ」
相変わらず豪胆な人というか何と言うか……まあいいか。時間を止めてカウンターに戻る。
「またレアスキル使ったのね?」
「便利ですから」
「……はぁ、で珍しく客でも来たのかしら?私は放っておいてもいいわよ」
「珍しいって、まあ否定はできませんけど」
バーの時はカウンターが入り口からは見えないんだよね。少し進んで曲がったところにある感じで……
「あ、いたいた。ってあんたさっきまで後ろにいなかったかい?」
「手品ですよ」
「……命を削ったね」
「……うん?まあいいか」
「にしてもどういう風の吹き回しかしら?アルフがここに来るなんて」
アルフさんは……ノンアルコールのカクテルでも作っておくか。
「母さん、久しぶり」
「急にフェイトが家に来たからね。連れて来てやったのさ」
「そう。ありがとう、アルフ」
ああ、この人がプレシアさんの娘さんなのか。随分と大人びているなぁ。見た目は普通に成人してそうだけど……
まあ未成年だって聞いているからフルーツジュースでも出しておこう。