天使の飲食店   作:茶ゴス

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第33話

『……天使、か』

 

『どちらにせよ、人智を超えた存在に違いない』

 

『……我等の人格を生前まで戻すことなど、普通に考えればあり得ぬのだからな』

 

 

 3つのカプセルに浮かぶ脳は目の前に佇む一人の男に意識を向ける。

 幼さを残した顔で無表情を浮かべている男はとさりとその場に座り、3人へと視線を移した。

 

 

『それで、天使である貴方は我等に何をするのかね』

 

『己の肉体まで捨て生きながらえている我等を断罪するか?』

 

「何もしないさ」

 

『なに?』

 

 

 予想外の答えであった。それと同時にある疑問が湧き上がる。目の前の天使は何を考えてここにいるのか。もしや我等の人格を戻すためだけなのかと、3人の頭をよぎるが、正解を知るのは目の前の存在だけしかいない。故に彼が口を開くのを待った。

 

 

「自分にとって、結局君達も人間にすぎないのさ。寧ろそこまでして生きていることに賞賛を送るくらいだよ」

 

『……我等は、ただ生きてきたわけではない』

 

『ああ、多くを犠牲にしてきた。そして、救えなかった者達もいた』

 

『……損得勘定で生きてきた。理性を持つ人間としてではなく、獣のように』

 

 

 彼らは自分達が歪んでいることを理解していた。リスクを避け、犠牲を厭わずに、逆らうものは排除し、徹底的に管理という名目で人間を守ってきた。

 それは人から見れば間違っているのかもしれない。だが、彼らは、平和を目指す彼らにはそれ以外の道がなかった。

 

 

『今更、理性を取り戻そうとも我等は止まることは出来ぬ』

 

『犠牲にしていった者達を忘れる事はしないが、我等の道はこれしかないのだ』

 

『力無き者が淘汰される世界など許してはいけない。ならば誰かが上に立たねばならないのだ』

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 天使は、彼らの主張を黙して聞いた。

 目の前の男達は自分よりも生きている年数は少ない。そして悩み、考え、後悔をしながら生きているのだ。

 

 天使にとって示されている道は2つ。

 彼らの望みを叶え、後悔をしようとも目的を達成させること。

 彼らの役目を終わらせる事……

 

 

 天使は考えた。己の成すべきことを……目の前の子供の苦悩を……

 

 

 

 

 だから、天使は決めた。

 

 

 

『……これは……』

 

『きお……く?』

 

 

 

 3人の男が見る記憶は過去の記憶。犠牲となった者達が見た自分たちの姿。

 理不尽で残酷な法による圧政。侵略。その元凶となる自分達への恨みを感じ取る。

 

 改めて深く根付いていく大きな後悔。忘れてはいけない。犠牲となった者達はもう帰ってこないのだから……

 

 

 

『……ぬ?』

 

 

 

 だが、記憶はそれだけではなかった。

 新たな記憶。一人の少女が荒れ果てた街で生気のない目を空へと向けている……

 深い森で一人の少年が空腹のあまり倒れ、動けぬ身体でただ空を見つめている……

 燃え盛る中、一人の少女が涙を流している……

 銃で腹部を撃ちぬかれた男性が家族を守ろうと手を伸ばしている……

 

 

『……』

 

 

 記憶は続いた。

 空を見上げる少女に手を差し伸べる男の姿。管理局の制服に身を包んだ名も知らぬ魔導師。

 森で倒れ伏す少年に駆け寄る管理局の女性。この女性も名を知らない。

 涙を流す少女の目の前に現れる管理局のエース。

 銃を持った相手を無力化し、男性を病院へと担いで走るおかしな仮面を着けたスカリエッティ。

 

 記憶の持ち主全ての共通点。

 助かった事への安堵……そして……

 

 

 ――ありがとう

 

 

 

 たった一つの感謝の言葉。

 

 3人の男はその記憶に涙を流す。

 身体を捨て去った彼らに涙を浮かべる事はできないが、それでもこみ上げるものがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最後の記憶が再生される。

 見覚えのある場所、目の前には見覚えのある顔。

 

 

 

 

 ――俺は、誰もが笑える世界を

 

 

 既に忘却の彼方にあったその記憶。

 

 

 ――僕は、救いの有る世界を

 

 

 彼らが平和を目指す事になった根底の記憶。

 

 

 ――私は、争いのない世界を

 

 

 

 

 

 歪む前の願望の記憶。3人の男はかつての己に誓った言葉を思い出す。

 

 

 

『……そう、であったな』

 

『……始まりは唯の夢物語だった』

 

『……友との語らいから生まれた理想』

 

『手段を手に入れ、我等は忘れたのだな』

 

『純粋な願いだった。それは多くの犠牲を生んだ』

 

『多くの人が涙を流した……だが、それでも。救われた者もいた』

 

『間違っていたのかもしれない。だが、それでも』

 

『感謝の言葉一つで後悔は消え失せた』

 

『犠牲となった者達は還らぬのだ、ならば我等の答えは一つ』

 

『救われぬものに救いを……』

 

 

 

 手段を間違えたのかもしれない。多くを犠牲にしてきた彼らはここに改めて決意を語る。

 その様子を天使はただ見ていた。己の道を見出した彼らに対して示した道。

 

 

 

 

 

 

「いいかな?」

 

『なんだ?』

 

「唯一つ言いたいことが有るんだ」

 

『……』

 

「何故君達は僕に頼まなかったんだい?世界の平和を」

 

『確かに、人智を超えた存在である貴方ならば出来るかもしれない』

 

『だが、駄目なのだ。神とは象徴、その存在が平和にしようとも、神自身が介入してはそれは神とはいえない』

 

『それくらいの事は理解している。だからこそ、言おう』

 

 

『『『人間を舐めるでない』』』

 

 

 言い切った一つの言葉。それに一瞬虚を付かれた様な顔をした天使は、一度顔を伏せると口角を上げ、笑みを浮かべた。

 目は爛々と輝き、ただ純粋な感情を浮かべ、笑みを浮かべた。

 

 それは天使にとって初めてのことだろう。生まれてから初めて得た感情……否。初めて気づいた感情。

 

 

「やっぱり君達は凄いな。天使として、人間である君達を賞賛するよ」

 

 

 天使はムクリと立ち上がり、笑みを浮かべたまま男達と対峙する。

 天使として示す道は2つあった。

 

 

 だが、彼はその道を選ばなかった。

 

 

 彼は人間として示す道を得る。

 

 

 

 

 

「天使としてではなく、人間として、君達に協力することにした」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

「って感じになった」

 

「成る程……ってそれは本当かい!?」

 

 

 ゆりかごのあった場所から上月典矢に連れられゼストや娘達共々飲食店【天使始めました】に避難したスカリエッティは典矢の告げた言葉に思わず声を上げてしまう。

 

 

「まさか最高評議会に君が協力することになるなんてね」

 

「と言っても影分身があそこでずっと3人と話し合うだけなんだけどね」

 

「ふむ……実質的に最高評議会が4人となったわけか」

 

「まあそうなるね。君の娘のドゥーエちゃんの代わりにメッセンジャーの役目も請け負ったよ」

 

「成る程……だからドゥーエは帰ってきたのか」

 

 

 ちらりとヴィヴィオや他の娘達とカードゲーム大会を繰り広げるドゥーエに視線を移しつつ、そうこぼす。

 先に逃げていたルーテシアもゼストの希望でこの店に連れてこられていた為、その中に彼女の姿も有る。

 余りにも色々と事が起こりすぎている為、一度冷静になるためにスカリエッティは手に持ったグラスに入った茶を飲み干した。

 

 

「あと、伝言だよ。自分なりの道を進めだって」

 

「……それは……まさか」

 

「スカさんみたいな問題児は抱えきれないだってさ。手配も取り消すらしいよ」

 

「……そうか」

 

 

 スカリエッティはコトリと音を鳴らしグラスをテーブルに置いた。

 自身を産んだ最高評議会を恨んだこともあった。自由を欲したこともあった。新たな目標を持った事で薄れていったとしても消えてはいない。

 だからこそ、手に入れた物が理解出来ない。改めて思えば何をすればいいのかがスカリエッティには解らなかった。

 

 

「私は、どうすればいいのかね」

 

「さあね……ところで話は変わるけど」

 

「なにかね」

 

「そろそろこの店も規模を拡大して従業員を雇おうと思うんだ。具体的には15人ほど」

 

 

 

 店長の顔をスカリエッティは見つめる。その真意を理解したスカリエッティは少しだけ笑みを浮かべてつぶやく。

 

 

「………君には感謝してもしきれないな」

 

 

 これまで人間味の薄い笑みしか浮かべることが出来なかった典矢は、その言葉を聞き、いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべていた。




次の話で第1部は終わりです。

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