「フランツさんって、お医者さんになりたいんですか?」
『妖精』のアリスは『吸血鬼』のフランツの肩に乗せてもらい、診療室から出ると二階の本の部屋に向かっていた。
「正確には、『魔族』の医者かな」
フランツは過去に外で受けた疫病を発症した事があった。
そのウイルスは彼の体内で変化し、他に感染する懸念はなかったものの、フランツの命はかなり危険な状態まで追い込まれるほどの病だったのである。
更に、当時としては治療法の無い新種のウイルスだった。
例え、医療設備が揃っている場所でも、そう簡単には治療できない程に未知の病原菌として彼の身体を蝕む。
だが、シーザーは持てる知識を全て使い、その治療法を同族の血を輸血することで、治療できると突き止めた。
その言葉に、サーシャは有無を言わずに承諾し、フランツは回復するという経緯があったのだ。
「シーザーさんは治療法の無いボクの病気を治してくれた。だから、ボクも同じように誰かを助けたいと思ったんだ」
それも、単純に助けられたと言う理由だけじゃない。
今まで、生きて行こうと思えたのは、単于やシーザーやサーシャと言った者達に助けられ続けて来たからだ。
だから、今度は自分が助けてあげられる立場になろうと、決めたのである。
「凄いです。私なんて……小さいし、出来る事なんて全然――」
「そんなことない。ボクなんて、ずっと助けられてばかりだから」
『吸血鬼』は『擬人』の術を使わなくても、多少肌の色が白い事を除くと、『人間』とは大差ない『魔族』である。
ただ、強い欲求を満たす際に、眼が赤く充血し、牙と爪に吸血作用が現れる特徴を持つ。人の中に住む『魔族』と言われ、満月の夜に強い力を得る事も特徴だった。
そして『吸血鬼』は、『エルフ』や『天使』と同じように、美男美女が標準的な種族であり、“その手”の買い取り手も多く存在するのだ。
それは『吸血鬼』の奴隷である事を意味し、フランツも奴隷だった。
奴隷として最後の見世物で集められたときに、単于とユーリに救われたのである。
「ボクは、単于さんやサーシャさんみたいに、肉体的に強くはなれない。だから、せめてボクに出来る事をやろうって」
「フランツさん……」
フランツは病気の後遺症により、体力が著しく低下。激しい動きはすぐに息が上がってしまう体質となっていた。故にシーザーからは、弱くなってしまった心臓を考慮され、激しい動きは禁じられている。
「フランツでいいよ。たぶん、アリスさんの方が年上だと思うし」
「え? フランツさんっていくつですか?」
「12かな? 正確には解らないけど……シーザーさんは、そのくらいの年齢の心拍数だって言ってたから。アリスさんは?」
「私は……わかりません」
アリスは自らの誕生を知らないのだ。
元々、『妖精』は『精霊種』の一つであるが、物理的に生を受ける『ドワーフ』や『エルフ』に比べて、出生は謎に包まれていた。
それが解明されない理由として、本人たちもソレを知らない事にあるのだ。
「わからないって――」
その時、話し終わり食堂から歩いてきた単于とウィオラと鉢合わせた。
「フランツ。シーザーはどこだ?」
階段を上がったところのフランツを、単于は捉まえた。診察室に居なかったシーザーを捜しているのだ。
「シーザーさんは、クレールさんの所に行きましたけど」
「入れ違いになったか……」
単于は今通ってきた食堂への道を恨めしく見つめ直す。
「ウィオラ様。こんにちは」
フランツは王女のウィオラの姿を見て、慌てて階段から降りると、前に立って丁寧に一礼した。
「こんにちは、フランツ。元気そうですわね」
「はい。ありがとうございます」
「あら、素直で可愛い。誰かさんとは大違いですわ」
「うるさい」
ウィオラはフランツの頭を撫でながら、横目で単于を見る。
「こ、こんにちは!」
と、アリスはフランツの肩から離れると、ウィオラに畏まった。
「あら! 『妖精』さんですわね! 新しい住人?」
「は、はい! 『妖精』のアリスです! 単于さんに助けていただいて……ここでお世話になっています!!」
「そう。ここは良い所ですわ。ちょっと、根暗な当主さんを除けば、住みやすいでしょう?」
「え、あの……」
アリスは単于の表情を伺う。彼は、オレを見るな、と言った呆れた表情だった。
「冗談です。わたくしは、ウィオラ・サンタリアン。【アウローラ】の第一王位継承者ですわ」
「あ、は、はい! よろしくおねがいします!」
少し屈みながら、ウィオラとアリスはサイズ違いの握手を交わした。
「そうだ、単于さん」
フランツはアリスの出生関係で、彼が何か知らないか尋ねる事にする。世界中を旅してきた彼なら何か知っているかもと言う期待だ。
「アリスさんって年齢が解らないみたいなんです。単于さんは、『妖精』の事で何か知りませんか?」
「一般的な事と変わらん。『妖精』は精霊種の中でも、特に謎の多い『魔族』だ」
「そうですか……」
「だが、【賢者】ならその限りでは無いだろう」
全ての探究者にして、エーテルの極地を知る者である【賢者】。知らぬ事が無いと言われている彼らなら『妖精』に関して、一般以上の知識を持っている可能性は高かった。
「ハザードに手紙を送っておく。それで良いだろ?」
「はい! あ、ですけど……アリスさんの誕生日はわかりますかね……」
「それは本人以外に解るはずないだろ」
「そう……ですね」
単于の言葉にアリスは落胆する。本人も知らない誕生日を他人がわかるハズはないのだ。
「……4月19日」
「え?」
ふと発せられた日付に、アリスは驚いて単于を見る。
「適当な日だが……思い出せないなら、その日を誕生日にするといい。気に入らないなら勝手に変えろ」
それだけを言い残し、単于はシーザーの居る食堂へ向かった。
「は、はい! ありがとうございます!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ウィオラは側近の三人と共に『匈奴』を後にした。
『天使』のユーリは、彼女たちに泊まっていく事を進めたのだが、次の機会に、と返事だけを受け取り見送る。
「それにしても驚きました」
「何がだ?」
「本来なら『アウローラ』から『匈奴』までは、早くても三日はかかります。それが半日で行き来できるなんて」
「ハザードの発明品だ。物好きな奴だな。アイツも」
単于は、かつて共に旅をした仲間の事を思い出す。昔から掴みどころが無く、斜め上からの発想や起点に、助けられた事も少なくない。
「皆さんに、招待状でも送りましょうか?」
「何故だ?」
「共に戦い、世界を救った友なのですから、単于様も気の許せる方々でしょう」
ユーリなりの配慮だった。単于の事情を知る彼女としては、たまには、気兼ねなく肩を組める者たちとも顔を合わせる方が良いと判断したのである。
「余計な事はしなくていい。それに、【勇者】はもう居ない」
二代目【勇者】は、二代目【魔王】を倒した後に姿を消している。
世間では、死亡説や生存説の両方が流れているが、【勇者】の出身大国の『アウローラ』は、調査中と回答をはぐらかしていた。
「わかりました。では、父を呼びましょう。そろそろ、単于様とお話ししたいと手紙が来ていましたので」
「前の話の続きなら断っておけ。馬鹿な話だ」
「いいえ。単于様なら異存はありません。もちろん貴方が、今でも従姉(ねえ)さんを愛していたとしても、です」
「くだらん。お前も自分の人生を他人に委ねるな。全てが終わって、気が付いてからでは……なにもかも手遅れになる」
踵を返して単于は『赤沙』の屋敷に戻る。その背をユーリはすぐ追えなかった。
誰よりも、信じていたが故に、ソレに裏切られた彼は『匈奴』にいる誰よりも救われ無い存在なのだ。
しかし、そんな彼を最後まで支える事が、自分の役目であると、ユーリは彼の後に続く。
その背中を自分では救う事が出来ないと自覚しながら――