ソリダオン   作:真将

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12.悪夢の終わり

 宮殿にて、王女ウィオラ・サンタリアンの近衛騎士『天飛騎士団』は、隊長のイグナートの召集によって中庭に整列していた。

 

 その場に居る人の背を越える、怪鳥が騎士と共に整列している。

 グリフォン。四メートルへ達する巨大な体格は、鋭い爪と強靭な嘴を武器に戦う生物である。『アウローラ』は広大な領地を保持している為、道を使っての移動よりも空を使った運用が主なのだ。

 騎士は、雛から育てたグリフォンを相方として国を駆け、その戦闘力は空の民と言われる『鳥爪族』にも劣らないと言われていた。

 

 軽く頑丈な防具に、三メートルを越える長さの円錐槍を装備した騎士たちは、見事に整列し、その横にグリフォン達も翼を畳んで待機している。

 

 「準備は出来ていますの?」

 

 女王より出動許可を貰ったウィオラは長い髪を結いながら、その場へ現れた。

 

 「ハッ! 『天飛騎士団』、姫様の近衛騎士20、遠征準備完了しています!」

 

 イグナートは敬礼をしながら、隣で自らとウィオラのグリフォンを窘めていた。

 

 「みんな、最初に言っておくことがありますわ」

 

 その言葉に目の前の騎士20人は、一斉に“休め”の姿勢に移る。

 

 「これから『匈奴』に向かいます。あの大地は、強い嵐と吹雪で『天飛騎士団』では侵入は厳しい。無事に帰る事も出来ないかもしれません。加えて、その地に居る【勇者】の従者――【賢者】と交戦します!」

 

 ウィオラの言葉に騎士たちは何一つ動揺しなかった。騒ぎ声一つ上げず、彼女の言葉を最後まで聞き入れる。

 

 「これは、わたくし達の愛する祖国を救う選択ではなく、滅ぼすことになるかもしれません。ですが……これ以上、民を失う訳にはいきません」

 

 国境警備からヴォーグ村の者達は皆死んでいたと連絡を受け取っていた。更に【賢者】の証言からも、生存者は絶望的だ。そして……これ以上の横暴を許すわけにはいかない。

 この国は、『人間』と『魔族』が暮らすなのだ。国民である以上、どんな者でも同胞である。

 

 「わたくしたちは……わたくしたちの意志を貫くのだと! 世界に、【勇者】に知らしめましょう!」

 「総員、乗騎!」

 

 イグナートの言葉にグリフォン達が翼を開く。その背に乗った騎士たちは、月夜の空へ一斉に飛び上がった。

 羽ばたきを始めるグリフォン達の先頭に、ウィオラの乗るグリフォンと、その隣にイグナートとライナスが並ぶ。

 

 「総員に告げる! 関所による二度の休憩を行い、二日の日程で『匈奴』を目指す!」

 

 彼らは兜に一定距離の会話が可能な魔法を施されており、それによって的確な行動と連携を行えるのである。

 

 「了解!」

 

 後方から陣形を乱さずについて来る騎士たちからの返答をイグナートは確認した。後は少しでも早く、『匈奴』に辿り着く事だ。

 しかし、どう急いでも着くのに二日はかかる。せめて、単于たちがそれまで持ちこたえてくれれば良いが……

 

 「大丈夫っすかね……」

 

 ライナスが不安そうにウィオラとイグナートに通信を繋ぐ。彼が気にかけているのは、『赤沙』の屋敷にいる皆の事だった。

 

 「大丈夫。単于殿は何をすれば最良か、わかる人よ。全員、無事に避難しているはず」

 

 イグナートは何度か単于の戦いを見た事があったが、乱戦でも冷静な判断と、退却と前進を瞬時に見極められる人間だと知っていた。

 女王も、彼の事は、ぜひ将軍に加えたいと言ったほどの器量を持ち、自他ともに高い実力を認めている。

 

 「……そうですわね」

 

 イグナートの言うとおり、ウィオラも彼が後れを取るとは思っていない。特に『匈奴』は彼の故郷で、誰よりも地形や天候の事に詳しい。

 しかし、唯一の懸念が……どうしても消えなかった。

 

 “そうなるなら……盛大に歓迎するつもりだ”

 

 あの時の彼の言葉がどうしてもウィオラの頭には引っかかっていた。

 

 「無茶をしていなければ、良いのだけれど――――」

 

 

 

 

 『匈奴』は強く吹雪いていた。

 風は嵐と言う段階を越え竜巻のように荒れ狂い、雪は視界を埋め尽くす様に絶え間なく降り続ける。

 

 災害。今の『匈奴』は……その言葉がしっくりくるほどの、人の立ち入る事の出来ない地獄だった。

 場所は雪原に陥没する様に出来た大穴。その中に、単于と多くの“兵士”たちが対峙している。

 

 周囲には五メートルを越え、易々と上がる事が出来ない白い壁。

 前方には200を越える敵の兵士。

 進行してくる敵に対して、単于は力尽きたように身動き一つしない。

 

 その地獄でアリスは、彼を連れて何とか、この場所から脱出しようとしていた。

 

 「単于さん……単于さん!!」

 

 彼女は必死に語りかけるが、その声は強風にかき消される。

 ノワールも彼の服を引っ張り手伝っているが、上に登るよりも敵が追いつく方が早かった。だが、もし単于の耳に届いていたとしても、彼はもう立ち上がれないのだ。

 

 

 誰かが呼んでいる……誰だったか――――

 ……25年の人生で……最も覚えている事があった……

 

 “二代目『白の巫女』ヴァイスです”

 「…………」

 

 それは……五年前に失った……もう取り戻せない……美しい記憶だった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 数時間前。

 『匈奴』には昼の止んでいた様子が嘘のように、視界を埋め尽くす雪が降り注いでいた。

 

 「…………」

 

 単于は部屋から出て、エントランスから更に外へ出ると降り始めた雪を見ていた。この降り方は、積雪が多くなり風はさほど強くはならない。明日は――

 

 「ヴォーグ村に行きたかったが……」

 

 積雪が酷いと、アリスが通ったと言う坑道を見つけるのも難しくなるだろう。

 

 「降ってますね」

 

 と、『天使』のユーリも外の様子を見に出てきた。彼女は眠っていたが、少し身体が冷えてしまったため、湯を浴びる事にしたのだ。

 

 「風呂か?」

 「少し寒いので」

 「風邪をひくなよ。お前が倒れると、他の奴らがうるさい」

 

 半年前にユーリが三日間倒れた時は、仲の良いシャルルやサーシャは付きっきりで看病して、逆に二人が体調を壊したりしてしまった事がある。

 

 「はい。単于様も気を付けてください」

 「……オレは仕方ない。お前がいれば『匈奴』は大丈夫だ」

 

 単于はシーザーから自分の症状の事を包み隠さず聞いていた。

 まさか、敵に殺されるでもなく、病に侵されるでもなく、自分自身に殺されるとは思っていなかったのである。

 

 「いざとなったら、ハザードたちを頼れ。アイツらは信頼できる。それでもどうしようもない時は、『匈奴』を捨てても良い」

 「いいえ。ハザード様たちには頼る事はあるかもしれませんが、『匈奴』は絶対に捨てません」

 

 ユーリは振り返って、エントランスの中に戻った。単于も寒気を屋敷内に入れるわけにもいかず、中に戻って扉を閉める。

 

 「単于様……」

 「なんだ?」

 

 背を向けたまま発するユーリの言葉は、今まで無い真剣味を帯びていた。

 

 「アリスさんの誕生日……なぜ4月19日に?」

 「…………さぁ。オレにも解らん」

 「ありがとうございます」

 

 ユーリは本当に嬉しそうに微笑んだ。彼の気持ちが五年前からずっと変わっていない証明なのだ。無意識で出てきたのだとすれば――

 

 「まだ、愛してくれているのですね。従姉(ねえ)さんの事―――」

 

 それだけが、たまらなく嬉しかった。彼はまだ大丈夫だ。従姉(あね)に対する強い気持ちを持っている。だから……

 

 「私も、ずっと貴方の傍にいます。単于さん」

 

 その時、単于だけ違和感を覚えた。

 風が絶え間なく吹き荒れる今の『匈奴』に、五年の間にどのような風が流れるのか測るため、自らの風のエーテルも流していたのである。

 そのおかげで、今では一定の流れを持つ風を把握することが可能となっていた。

 

 その一定の流れが乱れたのだ。

 自然に流れ続けているなら気に止めなかったが、“何か”に遮られるような風の流れに、異変を感じ取ったのである。

 

 「……ユーリ、サベットを連れて来い」

 「単于様?」

 「急げ」

 「はい」

 

 ユーリは理由を聞きたかったが、単于の急いでいる様子に、まずはサベットを連れて来ることを優先した。

 その間に、エントランスを出て、再び外へ出る。間違いかどうかを確認するためである。

 

 「……多い。10、20じゃないな……100は超えている」

 

 稀に、迷い込んだ旅人や迷い込んだ『魔族』が引っかかる事もあり、その時はノワールに乗って一人で確認に行く。だが、今回はその必要は無さそうだった。

 

 『単于殿』

 

 と、ユーリが『魔道機人』のサベットを連れて戻る。

 

 「サベット。索敵範囲を最大まで広げてくれ。何がいる?」

 

 サベットは独自に持つ魔道機関をドノフに整備され、ハザードによって性能の設定を切り替えられていた。本人の希望で、近接型から索敵型へ。

 自己紹介で近接型を名乗るのは、本来の設計に準じてである。

 

 『…………最大索敵の15キロ以上で検索しました。しかし、何も引っかかりません』

 「単于様?」

 

 サベットの索敵にも引っかからない。

 だが、『匈奴』の平原を歩く“何か”は、迷うことなく、こちらへ進んでいる。しかも、大軍だ。

 

 「ユーリ、全員を起こせ。荷物を持って『シランス』に避難する様に誘導しろ」

 「はい」

 「サベット、ドノフとシーザーに必要なモノ以外は、隠すように伝え、お前もソレを手伝え」

 『承知』

 

 それを感じ取っているのは単于だけだが、ユーリもサベットもそれを疑う事は無かった。

 

 「…………進行が早い。迎え出るしかないか」

 

 降り始めた吹雪を、ものともしない進行速度から一時間の内に『赤沙』の屋敷を肉薄されると、単于は推測した。

 

 

 

 

 「…………」

 

 雪原を進む『魔道機人』のソルガは、索敵で重なった“波”を感じ取っていた。

 同じ『魔道機人』が放つ、索敵の波。こちらまで届かなかったが、常に出し続けているわけでは無い所を見ると―――

 

 「なぜ感づかれた?」

 

 何かいると判断したからこそ、相手は索敵を行ったのだ。

 この吹雪で、10メートルも前は見えず、大声を張り上げなくては隣同士でも会話の出来ない程の暴風なのである。

 

 「……相当、頭のキレる奴がいるな」

 

 そいつが、何かを起こす前にこちらが先に事を成就する。

 ソルガは後方200の“兵士”の歩速度を上げさせ、対象が態勢を整える前に肉薄を目指す。

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