ソリダオン   作:真将

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13.弱者の聲

 雪の量が増し、風が強くなる。

 

 『赤沙』の屋敷から『シランス』の洞窟へ移動している途中で、単于は踵を返した。

 敵の進行速度が上がった。つまり、こちらの同行を敵は察したと言う事だ。それほどに高性能の索敵が出来るのなら、隠れていても見つかってしまう可能性が高い。

 

 単于はノワールの鞍に得物の刀を落ちない様に取り付けると跨った。

 

 「ユーリ来い」

 「はい」

 

 彼の声に『天使』のユーリは真っ先に反応し、その一言だけで何をするのかを察していた。ノワールの後ろに引っ張り上げて乗せる。

 

 「単于!」

 

 『ドワーフ』のドノフが工房から声と姿を出す。その手には『無月』が握られているが、

 

 「全員を『シランス』に避難させた後に、入り口を固めろ。遅くても一週間で戻る」

 

 しかし、『無月』は受け取らず、ノワールの手綱を握った。

 

 『単于殿、やはり敵は―――』

 「恐らく『魔道機人』がいる。それも、戦いに慣れてる奴だ」

 

 サベットの予想と単于の推測は一致していた。この吹雪で荒れる雪原を、迷い無しに進むには……

 今の環境をものともせず、更に索敵の能力を持った『魔道機人』がいると考えるのが妥当だろう。

 

 「ちょっと! あたしも行くわよ!!」

 

 『吸血鬼』のサーシャがユーリの様子を見て、自分も、と名乗りを上げた。

 

 「戦いに行くわけじゃない。様子を見に行くだけだ。お前が来るとややこしくなる」

 「どういう意味よ!」

 「サーシャさん、私達は大丈夫です。それより、小さい子たちの傍に居てあげてください」

 

 ユーリの言葉に、サーシャは渋々従い、必要なモノを運んでいるクレールとロットを手伝いに行った。

 

 「単于、無茶はするな」

 

 『黒龍族』のシーザーは、彼の容体を気にしていた。

 自分がすぐに駆けつけられない所に居ると、非常事態が発生した時に取り返しのつかない事になると思っているからだ。

 

 「お互いにな。医者のお前が気にする事じゃない」

 

 単于は手綱を一度叩くと、ノワールを走らせた。

 

 

 

 

 風は勢いを増し、雪は視界を遮るように降り注ぐ。その二つがミキサーにかけられたように『匈奴』の天候は荒れ狂っていた。

 10メートル先も見えない不明瞭な視界でも、ソルガは迷いなく歩を進め、一直線に目的地を目指している。

 

 「…………」

 

 少し早めた歩速にて、予測していた進行よりも早く辿り着きそうだった。こんな環境(ところ)に『魔族』が居る事も驚きだったが、それよりも―――

 

 「迎え討ちに出てくるとは思わなかったぞ」

 

 目の前の雪の向こうから現れた黒馬に跨る、一人の『人間』と、一人の『天使』を見て、ソルガは歩を止める。

 

 

 

 

 『魔道機人』のソルガは魔法によって環境耐性を持っていた。

 通常時では、容易く凍りついてしまう環境下でも、エーテルを使用した相殺を行う事で、凍結を回避している。

 今は装甲の表面をエーテルで覆い、寒気に対する凍結防止と、荒れる風による行動阻害を軽減しているため、通常の環境と変わらない性能を発揮できる。

 

 「こんばんは」

 

 ソルガの言葉は、目の前に現れた黒馬に乗る二人へ向いていた。

 二人は吹雪でも良く捉える事の出来る漆黒の馬から降りる。そして馬だけ、来た道を走って帰って行った。

 

 「良い風が吹いている。この大地は『魔の大陸』に相応しい環境だ」

 

 ソルガは馬を追撃しない。この二人の内、どちらかで良いと思っているからである。

 

 「お前は……『人の大陸』出身じゃないな?」

 

 二人の内、『人間』の方から返された言葉は、鋭く、いくつもの情報を得るための意味を含んでいた。

 

 「その通りだ。故に、この環境は対応している。周囲の状況は優劣には左右しない」

 「戦うつもりか?」

 「それを【勇者】が望んでいる。【魔王】を倒すためにな」

 「アナタも『魔族』で在ると言うのに……同族に剣を向けるのですか?」

 

 男の後ろに居る、優しい雰囲気の『天使』が、今度は声を発する。

 

 「命が惜しい。ソレを……造られた『魔道機人』は感じてはいけないのか?」

 

 互いに退く気はなかった。この後ろから【賢者】も向かって来ているのだ。ある意味、彼も監視されているのである。

 

 「戦争になるが?」

 「他国の領土に進行しているのだ。それも承知の上だ」

 「そうか……ユーリ」

 

 『人間』が『天使』に告げる。

 その瞬間、彼女の頭上に“光の輪”が現れ、周囲を円形に囲うように光り出す。

 

 「!!?」

 

 その瞬間、ソルガは地面に異変を感じて跳び上がった。咄嗟の判断で動いたため、後方にて停止している200の軍団に指示を出す暇は無い。

 三人を中心に、直径300メートルほどの雪原が円形に陥没した。そして、かなりの深さを要する大穴が三人の下へ現れる。

 

 発端である『人間』と『天使』は、何事も無かったかのように穴の底に着地していた。

 ソルガも空中では方向転換できず、跳び上がった分、遅れて着地する。

 

 「…………追い込まれたか――」

 

 咄嗟の判断で動いたため、“兵士”に指示を与える事が出来なかった。

 穴に落ちたのは陥没の範囲に入っていた150ほど。残りの50は穴の上で待機している。しかし―――

 

 「気づいているのか?」

 

 ソルガは『人間』に対して瞬時に間合いを詰めていた。武器を持たない丸腰の彼へ右腕部のギミックを展開し、そこから現れた刃物で斬りつける。

 この状況で、危機に陥ったのは貴様らであると、伝える一撃だった。

 

 「単于様、申し訳ありません」

 「…………」

 「先に、武器を使わせていただきました」

 

 ソルガの一撃は『人間』の前に割り込んできた『天使』によって阻まれていた。彼女の手に持つ得物――刀を鞘から抜き放ち、受け止めている。そして、

 

 「『擬人』開放」

 

 その瞬間、炸裂するような光がソルガを襲い、ギミックを展開している片腕が破壊ではなく“分解”されていく。

 

 「!?」

 

 咄嗟に離れる。だが、ソレでも分解は止まらない。横に飛び、壁を蹴って三角跳びの様に、二人の背後に着地した。

 分解は停止したが、腕は装甲が全て剥ぎ取られたように消え、腕内部の機関部分が露出している。

 

 「『天使』の中でも、力ある存在か……」

 

 ソルガは自分の腕を見て、そして対峙する二人を見直す。彼女は彼の背中を護るようにこちらを向き、刀を構えていた。

 

 

 

 

 『赤沙』の屋敷では、未だに『シランス』への移動が続いていた。

 各々で、必要な物を割出し、どうしても必要な物を選別している為、時間がかかってしまっているのだ。

 

 その中で、『妖精』のアリスは『黒龍族』のシーザーの診察室を『吸血鬼』のフランツと共に手伝っていた。

 そして、単于たちが走って行った方が気になり、手が止まる。

 

 「気になるか?」

 

 アリスの動向に気づいたシーザーは手を動かしながらも、気にかけた。

 

 「……こんな吹雪です。それに、もし敵だったら――」

 「ソレは、誰もが思っている事だ。単于が最低限の防寒服で、ユーリを連れて出るなど今まで無かった事態だ」

 「じゃあ、今から――」

 「かと言って、儂らが行くことは彼の行為を無駄にする事になる」

 

 単于が出て行った理由は恐らく時間稼ぎだ。サベットから聞いたが、敵にも索敵者がいるらしく、それも排除するためだろう。

 

 「大丈夫ですよ。単于さんは強い」

 

 フランツは、自信を持って宣言できた。彼の強さを誰よりも目の当たりにした一人だからである。

 

 「フランツの言うとおりだ。彼は……『人間(ひと)』という種族は……この世界のどの生命よりも、一つの意志を貫くためになによりも強くなれる」

 

 

 

 

 ユーリはソルガに対して戦士の眼で相対していた。

 普段は、おしとやかな雰囲気で、皆と接する彼女だが、こうして敵と対峙した時は躊躇ない行動が出来る。

 

 「ユーリ、そのまま刀(それ)を使え」

 「はい。ここはポイントC1です」

 「少ない地点だな。まぁいい、手が八本もあるわけじゃない」

 

 穴に落ちたのは150前後……予想よりも少し多いが問題あるまい。

 

 「ユーリ、やる事は一つだ」

 

 あのまま隠れて凌いだとしても、索敵に秀でている奴がいるのなら、すぐに見つかってしまう。そうなれば戦えない者も庇いながら『赤沙』で戦わなければならず、危険であると判断していた。

 

 「お前の目の前にいる、不正領地侵入の鉄屑をスクラップにしろ」

 「はい」

 「その間、目の前の150はオレが相手をする」

 

 元々、索敵をしている奴を始末することが狙いだった。残りはこの吹雪の中、進むことも戻る事も出来ずに、勝手に死に絶える。

 ふと、敵の動きが変わった事に気が付く。どこから出したのか、槍を持つ者が前衛に構え、その槍兵の後ろから、何かが単于たちへ飛来した。

 

 矢である。穴の中で多少は風が抑えられているが、正確に単于とユーリを狙って飛んでくる様はかなり洗練された射撃である。

 避ける事の出来ないその数は、固い装甲に覆われたソルガだけが生き残ることが出来る範囲攻撃だった。

 

 「あんまり、本気になるなよ……」

 

 しかし、矢は二人を逸れる様に自分とユーリを避けて、横に広がるように流れて行く。

 単于の行使した風のエーテルにより、無理やり気流の流れを作りだし、矢を逸らしたのだ。

 その様子に、矢は無駄であると判断したのか、矢の雨は止む。そして、前衛の槍兵が一斉に先陣を切って進撃してくる。

 

 「『人間(ひと)』は……弱いんだ」

 

 誰にも聞こえない程の小さな言葉で、単于は呟いた。

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